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104.『胡蝶を厭うなかれ』(2)
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だん、と強く一歩踏み込んで振り下ろした刃に黄金の霧が纏い付く。
月光に輝く舞台でただ一人、刃をかざして舞いながら、くらくら揺れる視界にいくつもの光景がよぎる。
真っ黒な草原の廃墟に佇み滅びゆく未来と忌むべき出生を嘲笑している。
香気含む風に吹かれながら山中で剣を抜き合わせている。
白い衣を翻し次々運び込まれる病人に指示を出している。
雪舞う路地で倒れた仲間を飛び越え銃を構えている。
地下に花開く巨大な桜に見守られ祈りながら踊っている。
「は…」
呼吸が乱れた。運動量に体力がついていかない。
それでも体は勝手に刃を旋回させ、導かれた流れを追うように光を円に弾いていく。
全ては真実、全ては幻、全ては時の彼方に語られ終わった物語、けれどその全ては今オウライカの裡にあり、黄金の光に呼び出され引き出されながら願いを凝縮させていく。
望んでいた、意味のない命が生かされる場所を。
探していた、断ち切られようとする絆を保つ術を。
祈っていた、奪われようとする魂を引き止める瞬間を。
願っていた、何もできない無能を超える力を。
知っていた、今差し伸べるこの指先が愛しい存在の未来を紡ぐことを。
「カザル…」
汗が滴る。
がつりと切っ先が舞台に食い込む。そのまま鋭い音を響かせて、天空へと切り裂き上げる。刃が天空へ差し上げられるにつれて、今までよりも明瞭な黄金の道が描きだされる。
「戻ってこい」
ピシ、と微かな破裂音が響いた。
切っ先が食い込んだ場所からみるみる四方に亀裂が走り、周囲に漂っていた黄金の霧が円弧を描きながら亀裂に吸収されて行く。
「戻ってこい、カザル、俺の元へ」
亀裂が広がった。光に割かれ耐えかねて舞台が砕け散り始める。がっ、と足元にいきなり暗黒の空間が口を開き、舌打ちする間もなく、オウライカが刃を掲げたまま吸い込まれる、その瞬間。
「っっ」
眼下に巨大な顎門が見えた。
巨大で真っ黒な瞳が二つ、燃え上がるような黄金の鱗を纏い、青黒く輝く無数の牙を煌めかせて、オウライカの体を丸呑みにばくりと口を閉じる。
「ぐ、っ!」
激痛に意識が千切れる、その警戒を裏切って哄笑が耳を塞いだ。
ああはははははははははああっ!
続いて吹き出す奔流に叩きつけられるように巻き込まれて、一気に虚空に飛ばされて行く。
「くっ」
必死に柄を握ったがあっという間に奪われた。黄金の渦に巻かれながらまっすぐ彼方の空へ弾き飛ばされて行く。
呼吸ができているのかどうか。
そもそも自分が生きているのかどうか。
レシンと黒蝶の群れを見上げていた記憶が頭を掠め、いつの間にか閉じていた目を見開く。
「…ここは…」
オウライカは漆黒の闇に居た。
「……どこだ…?」
月の台はどこへ行ったのか。
黄金の奔流はどこに消えたのか。
「俺は……死んだのか…?」
訝りながら体を見る。
カザルの体の側に侍った時の衣装のまま、左半身が薄赤く見えるのは傷を負っているのか『赤竜』がまだ潜んでいるのか、それとも右半身がほの明るく輝いているためにそう見えるだけか。
「カザル…?」
どこかに居るのか、と声を上げて呼んでみたが返答はない。
「……レシン……リヤン…?」
前方に何かが蠢いた気がした。
「誰か…居るのか?」
オウライカさん?
微かな低い呼びかけに、明かりを灯されたように理解した。
「カーク……ライヤーか?」
もちろんそうだ、よくわからないが繰り返しよぎってくる記憶に出てくる存在が、自分とカザルだけではないのなら、同じように何かの繋がりを持った存在が、今この世界にも居るはずだ。
「俺は…一人じゃないのか…?」
周囲の漆黒がざわざわと蠢く。
単に暗闇なのではない。目を凝らせばそれは、黒蝶が無数に舞い飛び視界を遮り空間を埋めているだけだとわかる。
「この…運命を……一人で凌ぐのでは……ない…?」
カザルを求めてここまで来たように、ここから次の場所に進むためにオウライカが為すべきは。
「……助けを求めろ、と言うことか」
もし、あの時、自分の不安を打ち明け、誰かに助けを求めていたら。
ひょっとすると、そらが計画し構築したよりももっと優しい、もっと豊かな未来を導くことができたのか。
もりとを不安の解消に『使う』のではなく、もりとともに未来の姿を『探せ』たら、別の世界が待っていたのか。
「今さら…?」
いや違う。
今だからこそ。
重なる記憶を抱える今だからこそ、選んだことがない、試したことがない、新しい可能性を見つけられると言うことではないのか。
「『西京』のオウライカが」
苦笑する。
「助けて下さいと縋るのか」
この黒蝶の闇の中、一人死ぬのはもう嫌なのだと。
「誰か、と願うのか」
それもまた違う。
「願うなら」
この願いを叶えてくれる相手に。
真実、命を委ねられる、その存在に。
「……カザル………」
吐いた声は弱々しかった。
「助けてくれ……動けない……」
自分の声には思えないほど。あのオウライカの願いとは思えないほど。
「……カーク……俺を…探してくれ…」
周囲の禍々しい羽ばたきがわずかに弱まった。
「………ライヤー……俺は……ここだ……」
頼む。
「……俺を…見つけてくれ…っ」
その声を、待っていた。
「っっっっ」
黒蝶を吹き散らして、巨大な風がたどり着いた。
月光に輝く舞台でただ一人、刃をかざして舞いながら、くらくら揺れる視界にいくつもの光景がよぎる。
真っ黒な草原の廃墟に佇み滅びゆく未来と忌むべき出生を嘲笑している。
香気含む風に吹かれながら山中で剣を抜き合わせている。
白い衣を翻し次々運び込まれる病人に指示を出している。
雪舞う路地で倒れた仲間を飛び越え銃を構えている。
地下に花開く巨大な桜に見守られ祈りながら踊っている。
「は…」
呼吸が乱れた。運動量に体力がついていかない。
それでも体は勝手に刃を旋回させ、導かれた流れを追うように光を円に弾いていく。
全ては真実、全ては幻、全ては時の彼方に語られ終わった物語、けれどその全ては今オウライカの裡にあり、黄金の光に呼び出され引き出されながら願いを凝縮させていく。
望んでいた、意味のない命が生かされる場所を。
探していた、断ち切られようとする絆を保つ術を。
祈っていた、奪われようとする魂を引き止める瞬間を。
願っていた、何もできない無能を超える力を。
知っていた、今差し伸べるこの指先が愛しい存在の未来を紡ぐことを。
「カザル…」
汗が滴る。
がつりと切っ先が舞台に食い込む。そのまま鋭い音を響かせて、天空へと切り裂き上げる。刃が天空へ差し上げられるにつれて、今までよりも明瞭な黄金の道が描きだされる。
「戻ってこい」
ピシ、と微かな破裂音が響いた。
切っ先が食い込んだ場所からみるみる四方に亀裂が走り、周囲に漂っていた黄金の霧が円弧を描きながら亀裂に吸収されて行く。
「戻ってこい、カザル、俺の元へ」
亀裂が広がった。光に割かれ耐えかねて舞台が砕け散り始める。がっ、と足元にいきなり暗黒の空間が口を開き、舌打ちする間もなく、オウライカが刃を掲げたまま吸い込まれる、その瞬間。
「っっ」
眼下に巨大な顎門が見えた。
巨大で真っ黒な瞳が二つ、燃え上がるような黄金の鱗を纏い、青黒く輝く無数の牙を煌めかせて、オウライカの体を丸呑みにばくりと口を閉じる。
「ぐ、っ!」
激痛に意識が千切れる、その警戒を裏切って哄笑が耳を塞いだ。
ああはははははははははああっ!
続いて吹き出す奔流に叩きつけられるように巻き込まれて、一気に虚空に飛ばされて行く。
「くっ」
必死に柄を握ったがあっという間に奪われた。黄金の渦に巻かれながらまっすぐ彼方の空へ弾き飛ばされて行く。
呼吸ができているのかどうか。
そもそも自分が生きているのかどうか。
レシンと黒蝶の群れを見上げていた記憶が頭を掠め、いつの間にか閉じていた目を見開く。
「…ここは…」
オウライカは漆黒の闇に居た。
「……どこだ…?」
月の台はどこへ行ったのか。
黄金の奔流はどこに消えたのか。
「俺は……死んだのか…?」
訝りながら体を見る。
カザルの体の側に侍った時の衣装のまま、左半身が薄赤く見えるのは傷を負っているのか『赤竜』がまだ潜んでいるのか、それとも右半身がほの明るく輝いているためにそう見えるだけか。
「カザル…?」
どこかに居るのか、と声を上げて呼んでみたが返答はない。
「……レシン……リヤン…?」
前方に何かが蠢いた気がした。
「誰か…居るのか?」
オウライカさん?
微かな低い呼びかけに、明かりを灯されたように理解した。
「カーク……ライヤーか?」
もちろんそうだ、よくわからないが繰り返しよぎってくる記憶に出てくる存在が、自分とカザルだけではないのなら、同じように何かの繋がりを持った存在が、今この世界にも居るはずだ。
「俺は…一人じゃないのか…?」
周囲の漆黒がざわざわと蠢く。
単に暗闇なのではない。目を凝らせばそれは、黒蝶が無数に舞い飛び視界を遮り空間を埋めているだけだとわかる。
「この…運命を……一人で凌ぐのでは……ない…?」
カザルを求めてここまで来たように、ここから次の場所に進むためにオウライカが為すべきは。
「……助けを求めろ、と言うことか」
もし、あの時、自分の不安を打ち明け、誰かに助けを求めていたら。
ひょっとすると、そらが計画し構築したよりももっと優しい、もっと豊かな未来を導くことができたのか。
もりとを不安の解消に『使う』のではなく、もりとともに未来の姿を『探せ』たら、別の世界が待っていたのか。
「今さら…?」
いや違う。
今だからこそ。
重なる記憶を抱える今だからこそ、選んだことがない、試したことがない、新しい可能性を見つけられると言うことではないのか。
「『西京』のオウライカが」
苦笑する。
「助けて下さいと縋るのか」
この黒蝶の闇の中、一人死ぬのはもう嫌なのだと。
「誰か、と願うのか」
それもまた違う。
「願うなら」
この願いを叶えてくれる相手に。
真実、命を委ねられる、その存在に。
「……カザル………」
吐いた声は弱々しかった。
「助けてくれ……動けない……」
自分の声には思えないほど。あのオウライカの願いとは思えないほど。
「……カーク……俺を…探してくれ…」
周囲の禍々しい羽ばたきがわずかに弱まった。
「………ライヤー……俺は……ここだ……」
頼む。
「……俺を…見つけてくれ…っ」
その声を、待っていた。
「っっっっ」
黒蝶を吹き散らして、巨大な風がたどり着いた。
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