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105.『決意を翻すなかれ』(1)
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一瞬光が視界を奪い、目が灼かれたのかと思った。
激痛走る両眼をこぶしで覆い、それはまるで幼子が道に迷って泣くような様であると気づいて、のろのろと手を降ろし、目を開ける。
赤竜の洞窟は膨大な熱量と底知れぬ輝きに満ちたものだった。
ならばこの空間は何と表現すれば良いのだろう。
きらきらと。
きらきらきらと。
音にならない微かな音色が響き渡っている。
「ここは…」
我が住処。
うわぁん、と内側から細胞を震わせるように届く声。
「誰だ」
知っているはず。
「私が?」
誰もがここを知っているし、誰もが我を知っている。
「誰もが?」
訝しむオウライカを、声の主はからからと笑った。
ここから生まれここに戻る、命の道と言えば思い出そうか。
「いのちの、みち」
聴こえた声を繰り返した途端、きらきら眩いだけだった世界に陰影が生まれた。空中に文字を描くように踊ったのは黒蝶、再び封じ込められるのかと体を強張らせた次の瞬間には寄り集まりみるみる遠ざかって周囲の黄金色を削る影となる。遠く近く濃淡が刻まれて見えたきたのは。
「……金の滝、か」
周囲を取り囲むように黄金の流れが遥か高空より降り落ちてきて、彼方の下方へ吸い込まれて行く。見上げても見下ろしても、降り落ちる場所吸い込まれる場所は光の消失点となり霞んでいる。
「凄い量の水だな」
水ではない。よく見てみろ。
促されて目を凝らすと、時が歩みを緩めたのか、落ちて行く一粒一粒が見えた。
「…砂…?」
よく知っているだろう。
「ああ…ライヤーの『紋章』に見た…」
いや、もっと昔、あの星で。
「星…?」
それはつどつど蘇る記憶の、頭上の月の光景か、と尋ねかけた瞬間に皮膚が粟立った。
「いや…違う…」
違うことなどあるものか。
「そんな、風には」
見ていなかった、とでも?
「私は…」
呼吸が速くなる。
生存するものは5%、うまく行けば8%。
「俺は…」
脳裏によぎる『桜樹』の計画、人類存続の切り札を考えていた、唯一無二の救いの計画だとばかり。
周囲に雪崩れ落ちていた、黒蝶に縁取られた黄金の砂粒の一粒が、突然流れから飛び出し目の前に迫る。
その一粒が、遠方に見えていたからこその砂であって、近づいてくるに従って人の形を取り目鼻がはっきりしてくるのに歯の根が合わなくなる。
「俺、は」
そら。
車椅子に乗っている。四肢は拘縮し、食事はスープのようなものを介助されて数口。生きること全てに人の手がいる、小さな老婆。それでも艶やかに澄む黒い瞳に自分が映っていると気づいて、目をそらせた。
『そら』
『問題ない』
『彼女は救助対象に入っていない』
『必要がない』
『しかし』
『彼女の遺伝子は俺が保持している』
『そら』
『救うわけにはいかない、だって「SORA」の設計者はこいつなんだぞ!』
突き刺す指を止められなかったのは、非情な運命に抗いたかったから。
『あんな人殺しの道具に息子の名前を使うような親を救う必要なんてない!』
世界が破滅して行くのを見守るしかなかった、圧倒的な破壊力の前に屈するしかなかった、その名前を嘆きと恐怖で呼ばれるたびに、どれほど心は傷つけられたか。
まるで己が滅亡の鍵であるかのように。
「…なぜだ…」
オウライカは喘いだ。
「なぜ、あんなことを……あんなものを…考えて…」
母親と同じ遺伝子が、別の形で人類を消滅させることを望んだのか。
『SORA』と『桜樹』に何の違いがあったのか。
あかねを放つわけにはいかなかった、自らの遺伝子こそが害悪ならば、新しい世界に残すわけにはいかなかった、断じて。
だから、もりとを…?
「違う……違う……違う……」
違う違う違う。
オウライカは老婆の前に崩れ落ち座り込む。
何が違う、どこが違う、どうして違う。
運命を背負っている顔をして、救いの手を差し伸べているつもりで、自分こそが望んでいたのではないか。
人よ滅べ。
世界よ消えてなくなれ。
こんなに醜くこんなに無様な姿ならば、残す意味などないはずだ。
そうして誰よりも自分を憎んでいた。
誰よりも自分を殺したかった。
けれど自分では選ぶことなどできなかった、そんなに愚かな自分でも、愛しくて。
だから、誰かに望まれたかった、生きていて欲しいと、ただそれだけを。
激痛走る両眼をこぶしで覆い、それはまるで幼子が道に迷って泣くような様であると気づいて、のろのろと手を降ろし、目を開ける。
赤竜の洞窟は膨大な熱量と底知れぬ輝きに満ちたものだった。
ならばこの空間は何と表現すれば良いのだろう。
きらきらと。
きらきらきらと。
音にならない微かな音色が響き渡っている。
「ここは…」
我が住処。
うわぁん、と内側から細胞を震わせるように届く声。
「誰だ」
知っているはず。
「私が?」
誰もがここを知っているし、誰もが我を知っている。
「誰もが?」
訝しむオウライカを、声の主はからからと笑った。
ここから生まれここに戻る、命の道と言えば思い出そうか。
「いのちの、みち」
聴こえた声を繰り返した途端、きらきら眩いだけだった世界に陰影が生まれた。空中に文字を描くように踊ったのは黒蝶、再び封じ込められるのかと体を強張らせた次の瞬間には寄り集まりみるみる遠ざかって周囲の黄金色を削る影となる。遠く近く濃淡が刻まれて見えたきたのは。
「……金の滝、か」
周囲を取り囲むように黄金の流れが遥か高空より降り落ちてきて、彼方の下方へ吸い込まれて行く。見上げても見下ろしても、降り落ちる場所吸い込まれる場所は光の消失点となり霞んでいる。
「凄い量の水だな」
水ではない。よく見てみろ。
促されて目を凝らすと、時が歩みを緩めたのか、落ちて行く一粒一粒が見えた。
「…砂…?」
よく知っているだろう。
「ああ…ライヤーの『紋章』に見た…」
いや、もっと昔、あの星で。
「星…?」
それはつどつど蘇る記憶の、頭上の月の光景か、と尋ねかけた瞬間に皮膚が粟立った。
「いや…違う…」
違うことなどあるものか。
「そんな、風には」
見ていなかった、とでも?
「私は…」
呼吸が速くなる。
生存するものは5%、うまく行けば8%。
「俺は…」
脳裏によぎる『桜樹』の計画、人類存続の切り札を考えていた、唯一無二の救いの計画だとばかり。
周囲に雪崩れ落ちていた、黒蝶に縁取られた黄金の砂粒の一粒が、突然流れから飛び出し目の前に迫る。
その一粒が、遠方に見えていたからこその砂であって、近づいてくるに従って人の形を取り目鼻がはっきりしてくるのに歯の根が合わなくなる。
「俺、は」
そら。
車椅子に乗っている。四肢は拘縮し、食事はスープのようなものを介助されて数口。生きること全てに人の手がいる、小さな老婆。それでも艶やかに澄む黒い瞳に自分が映っていると気づいて、目をそらせた。
『そら』
『問題ない』
『彼女は救助対象に入っていない』
『必要がない』
『しかし』
『彼女の遺伝子は俺が保持している』
『そら』
『救うわけにはいかない、だって「SORA」の設計者はこいつなんだぞ!』
突き刺す指を止められなかったのは、非情な運命に抗いたかったから。
『あんな人殺しの道具に息子の名前を使うような親を救う必要なんてない!』
世界が破滅して行くのを見守るしかなかった、圧倒的な破壊力の前に屈するしかなかった、その名前を嘆きと恐怖で呼ばれるたびに、どれほど心は傷つけられたか。
まるで己が滅亡の鍵であるかのように。
「…なぜだ…」
オウライカは喘いだ。
「なぜ、あんなことを……あんなものを…考えて…」
母親と同じ遺伝子が、別の形で人類を消滅させることを望んだのか。
『SORA』と『桜樹』に何の違いがあったのか。
あかねを放つわけにはいかなかった、自らの遺伝子こそが害悪ならば、新しい世界に残すわけにはいかなかった、断じて。
だから、もりとを…?
「違う……違う……違う……」
違う違う違う。
オウライカは老婆の前に崩れ落ち座り込む。
何が違う、どこが違う、どうして違う。
運命を背負っている顔をして、救いの手を差し伸べているつもりで、自分こそが望んでいたのではないか。
人よ滅べ。
世界よ消えてなくなれ。
こんなに醜くこんなに無様な姿ならば、残す意味などないはずだ。
そうして誰よりも自分を憎んでいた。
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