211 / 213
112.『四天』(1)
しおりを挟む
数十年後。
「はい、皆さん、ここがどこかわかりますかあ?」
教師が指し示すボードの位置に、はいはい、はい、と慌ただしく子どもたちが手を上げた。
「はい、あなた」
「『月下の桜』、黄金都市です!」
「はい、よくできました。では、ここは?」
「はい、赤竜治める『斎京』です!」
「はい、では『斎京』の役割は?」
「心を制御する術を学びます!」
子ども達が誇らしげに答えるさまを見守っていたオウライカは、近づいてくる姿に振り向いた。
「視察か」
「たまたまだ」
相変わらず冷ややかに言い捨てたのはカーク、杖をついている姿にオウライカは眉を潜める。
「怪我? どうした、何か制御に問題でも」
「いや…」
「そんなことあるはずないじゃありませんか!」
薄赤くなったカークと言う世にも珍しいものを眺めたオウライカの視界に、能天気な笑い声と共に懐かしい顔が割り込んでくる。
「僕がついていながら、カークさんに問題を起こすような事象が起きるはずもない」
満面の笑みを浮かべたライヤーがウィンクしながら、
「実はちょっと昨日無理な体位を…ぎゃ!」
ばきゃ、と派手な音とともに杖を叩きつけられたライヤーが沈んだ。遊歩道に倒れる相手を、カークが容赦なく踏みつける。
「聞かなかったことにしろ」
「そうしよう…仲が良くて結構だな」
「っ」
カークがわなわなと震える後ろで、そうなんですよ、と起き上がってまた惚気にかかるライヤーの朗らかな顔にオウライカはほっとする。紋章を探らなくとも、殺伐とした砂漠は人の熱で潤い満たされて、これほど生き生きとした力を周囲に振りまいている、それだけで十分だ。
「『塔京』はほぼ戻りました。『斎京』もうまくいっています」
カークが表情を改めた。
「『獄京』と『伽京』はお任せください」
ライヤーも側から付け足した。
「黒竜と白竜が居てくれるんだから、安心している」
頷いて安堵を知らせる。
「…」
一瞬お互いを横目で見やった二人は、気がかりそうにオウライカを見返した。
「それで、カザルは」
「無事ですか」
「…『黄金竜』が手放したがらなくてな」
オウライカは苦笑した。
「ここから離せない」
「…そうですか」
「やっぱり…」
案じる顔の二人に、心配するな、とオウライカは笑う。
「好きなだけ『遊んだら』、またあいつも眠るだろう」
「そうだといいんですが」
「ああ、それより」
エバンスな、と名前を出すと、ライヤーが顔を引き締めた。真面目になれば、これほどいい顔ができるのに、どうしてこの男はいつまでも半人前の顔でいたがるのか、とオウライカは吐息する。
「なんとか持ち直してるぞ」
「…よかった」
彼は立派な門番でした。
「彼を壊したのは僕ですから」
ライヤーが苦笑する。
「でも、僕は治せないし」
自分を見上げる不安げなカークの視線に気づいたのだろう、軽いキスをカークの額に落として、
「治せるのはあなただけ」
二人にそれぞれ通じることばを巧みに操って返答した。
「はい、では、『塔京』はどういう場所ですか」
「白竜治める、本能を制御する学び舎です!」
教室の中で子ども達が一斉に答える。
「『獄京』は能力を制御することを学べる場所ですが、治めるのは誰ですか」
「黒竜です!」
カザルが作り上げた都市は未知の部分も数多く、『塔京』『斎京』から派遣された研究者達によって今も解明が続けられている。新たな技術、新たな思想、それらが過去に悲惨な結末を迎えたことを知っている四人は、夢だと考えていた互いの記憶を照合し、一つの結論に達した。
この『記憶』は単なる夢や妄想ではない。
今この世界ではないかもしれないが、カザルが引っ張り出したこの都市のように、いつかどこかの時間帯において存在したもので、しかも素晴らしい技術や知識は、その文明を崩壊させる方向にしか実らなかった。その傷みと苦しみを、おそらく竜は覚えており、それがエネルギーを滞らせ、破壊と滅亡を願わせている。
ならばあの月を破壊するに至るエネルギーは、絶望を遮ること、新たな希望に結びつけることで浄化され昇華していくかもしれない。
カザルが行なった都市の創造は、その方法の一つでしかないのだろう。
オウライカ達は既に都市の形だけあっても意味がないことを理解している。
都市はそこに生きる人々こそが姿を作り上げ変化させていくものだ。
人口が増え、都市は新たに二つ増えた。
『獄京』と『伽京』の二都市を、今はライヤーとカザルが平常時は治めている。『塔京』はカークが、『斎京』はオウライカが治めるのは変わらない。
ただ、カザルが時々『呼ばれる』ようになった。
夢で呼ばれ、無意識に、この『中央宮』のある黄金都市に引き寄せられる。
「『伽京』の青竜の名は」
「シュン・カザルです!」
「その役割は」
「命を制御する術を教えます!」
「…」
オウライカは『記憶』を思い出して顔を歪める。
そんなことはできやしない、いつの時代、いつの文明においても。
命の制御なんてできはしない、それはただ、存在するものなのだから。
それでも、どのような形で過ちが起きるのか、それを繰り返し学ぶことは必要だ。
「これからどうされますか」
「カザルを迎えに来たんだ。一段落ついたようなら、連れ戻してくる」
ライヤーの顔にオウライカは苦笑いした。
「心配するな、まだこの世界に未練はあるはずだ」
「だといいんですが…げっ」
言いかけたライヤーがカークに肘鉄を食らうのに、オウライカは本当に仲がいいんだな、と笑った。
「皆さんの名前はなんですか」
「『月のうさぎ』です!」
「正解です。皆さんはこの黄金都市を保持するために選ばれた生徒です。誇りを持って、学びを続けてください」
「はい、皆さん、ここがどこかわかりますかあ?」
教師が指し示すボードの位置に、はいはい、はい、と慌ただしく子どもたちが手を上げた。
「はい、あなた」
「『月下の桜』、黄金都市です!」
「はい、よくできました。では、ここは?」
「はい、赤竜治める『斎京』です!」
「はい、では『斎京』の役割は?」
「心を制御する術を学びます!」
子ども達が誇らしげに答えるさまを見守っていたオウライカは、近づいてくる姿に振り向いた。
「視察か」
「たまたまだ」
相変わらず冷ややかに言い捨てたのはカーク、杖をついている姿にオウライカは眉を潜める。
「怪我? どうした、何か制御に問題でも」
「いや…」
「そんなことあるはずないじゃありませんか!」
薄赤くなったカークと言う世にも珍しいものを眺めたオウライカの視界に、能天気な笑い声と共に懐かしい顔が割り込んでくる。
「僕がついていながら、カークさんに問題を起こすような事象が起きるはずもない」
満面の笑みを浮かべたライヤーがウィンクしながら、
「実はちょっと昨日無理な体位を…ぎゃ!」
ばきゃ、と派手な音とともに杖を叩きつけられたライヤーが沈んだ。遊歩道に倒れる相手を、カークが容赦なく踏みつける。
「聞かなかったことにしろ」
「そうしよう…仲が良くて結構だな」
「っ」
カークがわなわなと震える後ろで、そうなんですよ、と起き上がってまた惚気にかかるライヤーの朗らかな顔にオウライカはほっとする。紋章を探らなくとも、殺伐とした砂漠は人の熱で潤い満たされて、これほど生き生きとした力を周囲に振りまいている、それだけで十分だ。
「『塔京』はほぼ戻りました。『斎京』もうまくいっています」
カークが表情を改めた。
「『獄京』と『伽京』はお任せください」
ライヤーも側から付け足した。
「黒竜と白竜が居てくれるんだから、安心している」
頷いて安堵を知らせる。
「…」
一瞬お互いを横目で見やった二人は、気がかりそうにオウライカを見返した。
「それで、カザルは」
「無事ですか」
「…『黄金竜』が手放したがらなくてな」
オウライカは苦笑した。
「ここから離せない」
「…そうですか」
「やっぱり…」
案じる顔の二人に、心配するな、とオウライカは笑う。
「好きなだけ『遊んだら』、またあいつも眠るだろう」
「そうだといいんですが」
「ああ、それより」
エバンスな、と名前を出すと、ライヤーが顔を引き締めた。真面目になれば、これほどいい顔ができるのに、どうしてこの男はいつまでも半人前の顔でいたがるのか、とオウライカは吐息する。
「なんとか持ち直してるぞ」
「…よかった」
彼は立派な門番でした。
「彼を壊したのは僕ですから」
ライヤーが苦笑する。
「でも、僕は治せないし」
自分を見上げる不安げなカークの視線に気づいたのだろう、軽いキスをカークの額に落として、
「治せるのはあなただけ」
二人にそれぞれ通じることばを巧みに操って返答した。
「はい、では、『塔京』はどういう場所ですか」
「白竜治める、本能を制御する学び舎です!」
教室の中で子ども達が一斉に答える。
「『獄京』は能力を制御することを学べる場所ですが、治めるのは誰ですか」
「黒竜です!」
カザルが作り上げた都市は未知の部分も数多く、『塔京』『斎京』から派遣された研究者達によって今も解明が続けられている。新たな技術、新たな思想、それらが過去に悲惨な結末を迎えたことを知っている四人は、夢だと考えていた互いの記憶を照合し、一つの結論に達した。
この『記憶』は単なる夢や妄想ではない。
今この世界ではないかもしれないが、カザルが引っ張り出したこの都市のように、いつかどこかの時間帯において存在したもので、しかも素晴らしい技術や知識は、その文明を崩壊させる方向にしか実らなかった。その傷みと苦しみを、おそらく竜は覚えており、それがエネルギーを滞らせ、破壊と滅亡を願わせている。
ならばあの月を破壊するに至るエネルギーは、絶望を遮ること、新たな希望に結びつけることで浄化され昇華していくかもしれない。
カザルが行なった都市の創造は、その方法の一つでしかないのだろう。
オウライカ達は既に都市の形だけあっても意味がないことを理解している。
都市はそこに生きる人々こそが姿を作り上げ変化させていくものだ。
人口が増え、都市は新たに二つ増えた。
『獄京』と『伽京』の二都市を、今はライヤーとカザルが平常時は治めている。『塔京』はカークが、『斎京』はオウライカが治めるのは変わらない。
ただ、カザルが時々『呼ばれる』ようになった。
夢で呼ばれ、無意識に、この『中央宮』のある黄金都市に引き寄せられる。
「『伽京』の青竜の名は」
「シュン・カザルです!」
「その役割は」
「命を制御する術を教えます!」
「…」
オウライカは『記憶』を思い出して顔を歪める。
そんなことはできやしない、いつの時代、いつの文明においても。
命の制御なんてできはしない、それはただ、存在するものなのだから。
それでも、どのような形で過ちが起きるのか、それを繰り返し学ぶことは必要だ。
「これからどうされますか」
「カザルを迎えに来たんだ。一段落ついたようなら、連れ戻してくる」
ライヤーの顔にオウライカは苦笑いした。
「心配するな、まだこの世界に未練はあるはずだ」
「だといいんですが…げっ」
言いかけたライヤーがカークに肘鉄を食らうのに、オウライカは本当に仲がいいんだな、と笑った。
「皆さんの名前はなんですか」
「『月のうさぎ』です!」
「正解です。皆さんはこの黄金都市を保持するために選ばれた生徒です。誇りを持って、学びを続けてください」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる