『DRAGON NET』

segakiyui

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112.『四天』(1)

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 数十年後。
「はい、皆さん、ここがどこかわかりますかあ?」
 教師が指し示すボードの位置に、はいはい、はい、と慌ただしく子どもたちが手を上げた。
「はい、あなた」
「『月下の桜』、黄金都市です!」
「はい、よくできました。では、ここは?」
「はい、赤竜治める『斎京』です!」
「はい、では『斎京』の役割は?」
「心を制御する術を学びます!」

 子ども達が誇らしげに答えるさまを見守っていたオウライカは、近づいてくる姿に振り向いた。
「視察か」
「たまたまだ」
 相変わらず冷ややかに言い捨てたのはカーク、杖をついている姿にオウライカは眉を潜める。
「怪我? どうした、何か制御に問題でも」
「いや…」
「そんなことあるはずないじゃありませんか!」
 薄赤くなったカークと言う世にも珍しいものを眺めたオウライカの視界に、能天気な笑い声と共に懐かしい顔が割り込んでくる。
「僕がついていながら、カークさんに問題を起こすような事象が起きるはずもない」
 満面の笑みを浮かべたライヤーがウィンクしながら、
「実はちょっと昨日無理な体位を…ぎゃ!」
 ばきゃ、と派手な音とともに杖を叩きつけられたライヤーが沈んだ。遊歩道に倒れる相手を、カークが容赦なく踏みつける。
「聞かなかったことにしろ」
「そうしよう…仲が良くて結構だな」
「っ」
 カークがわなわなと震える後ろで、そうなんですよ、と起き上がってまた惚気にかかるライヤーの朗らかな顔にオウライカはほっとする。紋章を探らなくとも、殺伐とした砂漠は人の熱で潤い満たされて、これほど生き生きとした力を周囲に振りまいている、それだけで十分だ。
「『塔京』はほぼ戻りました。『斎京』もうまくいっています」
 カークが表情を改めた。
「『獄京』と『伽京』はお任せください」
 ライヤーも側から付け足した。
「黒竜と白竜が居てくれるんだから、安心している」
 頷いて安堵を知らせる。
「…」
 一瞬お互いを横目で見やった二人は、気がかりそうにオウライカを見返した。
「それで、カザルは」
「無事ですか」
「…『黄金竜』が手放したがらなくてな」
 オウライカは苦笑した。
「ここから離せない」
「…そうですか」
「やっぱり…」
 案じる顔の二人に、心配するな、とオウライカは笑う。
「好きなだけ『遊んだら』、またあいつも眠るだろう」
「そうだといいんですが」
「ああ、それより」
 エバンスな、と名前を出すと、ライヤーが顔を引き締めた。真面目になれば、これほどいい顔ができるのに、どうしてこの男はいつまでも半人前の顔でいたがるのか、とオウライカは吐息する。
「なんとか持ち直してるぞ」
「…よかった」
 彼は立派な門番でした。
「彼を壊したのは僕ですから」
 ライヤーが苦笑する。
「でも、僕は治せないし」
 自分を見上げる不安げなカークの視線に気づいたのだろう、軽いキスをカークの額に落として、
「治せるのはあなただけ」
 二人にそれぞれ通じることばを巧みに操って返答した。

「はい、では、『塔京』はどういう場所ですか」
「白竜治める、本能を制御する学び舎です!」
 教室の中で子ども達が一斉に答える。
「『獄京』は能力を制御することを学べる場所ですが、治めるのは誰ですか」
「黒竜です!」

 カザルが作り上げた都市は未知の部分も数多く、『塔京』『斎京』から派遣された研究者達によって今も解明が続けられている。新たな技術、新たな思想、それらが過去に悲惨な結末を迎えたことを知っている四人は、夢だと考えていた互いの記憶を照合し、一つの結論に達した。
 この『記憶』は単なる夢や妄想ではない。
 今この世界ではないかもしれないが、カザルが引っ張り出したこの都市のように、いつかどこかの時間帯において存在したもので、しかも素晴らしい技術や知識は、その文明を崩壊させる方向にしか実らなかった。その傷みと苦しみを、おそらく竜は覚えており、それがエネルギーを滞らせ、破壊と滅亡を願わせている。
 ならばあの月を破壊するに至るエネルギーは、絶望を遮ること、新たな希望に結びつけることで浄化され昇華していくかもしれない。
 カザルが行なった都市の創造は、その方法の一つでしかないのだろう。
 オウライカ達は既に都市の形だけあっても意味がないことを理解している。
 都市はそこに生きる人々こそが姿を作り上げ変化させていくものだ。
 人口が増え、都市は新たに二つ増えた。
 『獄京』と『伽京』の二都市を、今はライヤーとカザルが平常時は治めている。『塔京』はカークが、『斎京』はオウライカが治めるのは変わらない。
 ただ、カザルが時々『呼ばれる』ようになった。
 夢で呼ばれ、無意識に、この『中央宮』のある黄金都市に引き寄せられる。

「『伽京』の青竜の名は」
「シュン・カザルです!」
「その役割は」
「命を制御する術を教えます!」

「…」
 オウライカは『記憶』を思い出して顔を歪める。
 そんなことはできやしない、いつの時代、いつの文明においても。
 命の制御なんてできはしない、それはただ、存在するものなのだから。
 それでも、どのような形で過ちが起きるのか、それを繰り返し学ぶことは必要だ。
「これからどうされますか」
「カザルを迎えに来たんだ。一段落ついたようなら、連れ戻してくる」
 ライヤーの顔にオウライカは苦笑いした。
「心配するな、まだこの世界に未練はあるはずだ」
「だといいんですが…げっ」
 言いかけたライヤーがカークに肘鉄を食らうのに、オウライカは本当に仲がいいんだな、と笑った。

「皆さんの名前はなんですか」
「『月のうさぎ』です!」
「正解です。皆さんはこの黄金都市を保持するために選ばれた生徒です。誇りを持って、学びを続けてください」
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