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11.『生業を嘲笑うなかれ』(1)
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オウライカがゆっくりと歩いていくのに、カザルは肩を竦めて足を速める。寒いわけではないけれど、また見知らぬ場所へ連れていかれるのかと思うと、つい体が引ける。
何、馬鹿馬鹿しいこと考えてんの。俺はシュン・カザルだよ? 『塔京』でリフト・カーク直属カザルが来たって聞けば、急いで身を竦める奴らだって大勢いる。
なのに、なんで俺はこの人に、こんなに不安になっちゃうの。
胸の中でぼやいて首を振ると、慣れない髪型の後れ毛が首にかかってくすぐたっい。
似合ってるんだって。
髪に留まっている蝶の簪を意識してかすかに笑った。
オウライカさん、目ぇ見開いて俺を見てた。
ひょっとして、ひょっとしたらさ、と思う。
ひょっとして、ひょっとしたら、今夜とか抱いてくれない、かな。
満更じゃない顔をしていた。この間みたいなわけわかんないのは困るけど、人間の欲情してる顔はなじみだ。オウライカの黒い瞳の中に動いた熱は、たぶん欲望で。
「ふふっ」
とくんと揺れた胸に笑い声をたてる。
「?」
「なんでもない」
訝しそうに振り向いたオウライカにまたくくっ、と笑った。
まさかあんなに慣れてて激しくされるとは思ってなかったから、初めての時はあっさり主導権を渡してしまったけれど、今度はそうはいかない。次も絶対抱こうと思うようにきっちりしっかり誘惑して。
「今度こそ、絶対落としてやって」
それから隙を見つけて殺してやって。
「……え?」
くすくす笑ってそこまで思ったとたん、目に飛び込んできた巨大な朱塗りの門に呆気に取られて立ち止まる。
「……何……ここ……」
「ん? 『塔京』にもあっただろう」
オウライカが門を通り抜けながら唇の片端を上げて笑う。
「ないよ、こんなの」
「あったぞ? なんていったかな、名前は違ったが…」
「オウライカさま!」
「あったかなあ…?」
首を傾げた矢先、門の側から嬉しそうな声が響いた。
薄茶色の艶やかな髪を紅簪で留めたすらりとした女が、柔らかな仕立てのいい着物の裾を乱して、姿の落ち着きに不似合いな幼さで駆け寄ってくる。白い素足に黒塗りの下駄、鼻緒の朱色が目を奪うほど鮮やかだ。
「まあ、どうして今どきこちらへ?」
ぱあっと少女のように綻んだ顔は甘えるようにオウライカを覗き込んでいる。オウライカより背丈があるようだが、振舞いはまるで愛しくてたまらない相手にあったような嬉しさを満たしてひどく可愛い。
「フランシカ」
オウライカがちょっと驚いた顔から、こちらも目を細めて笑った。いつも見ている、苦笑ではない優しい顔にカザルはどきりとする。
なに、あれ。
「まだお昼前ですよ、お仕事はどうなさったんですか」
「ああ、野暮用でな。皆変わりないか」
「はい、おかげさまで無事に張らせて頂いております。この前はトラスフィさまがおいでになって、そりゃあもう賑やかでございました」
「ああ、シードか……大勢引き連れてきたんだろう」
楽しそうにオウライカが笑い、フランシカと呼ばれた女も紅の口元に指先をあてて、ほほ、と笑う。
「はい、お仲間うちだけではなく、別口のお嬢様連中も御一緒で、こちらの妓と張り合わせての大判振るまい、見世も賑やかで楽しゅうございました」
「女も連れてきたのか」
さすがに呆気に取られたようにオウライカが呟き、ああ、と頷く。
「なるほど、あっちの女、な」
「はい、皆様、よく心得ておられまして、こちらの妓と好いた男の色談義、まあ、それは姦しいほどで………ああ、そうだ」
フランシカはふと生真面目な顔になって居住まいを正した。
「もし、よろしければ、また一人、新しい妓をお迎え頂けませんか。シューラ・リーンと申しまして、『塔京』からの流れものですが、器量も気立てもいい妓になると……初音はオウライカさまにお聞き届け頂くようにと、リヤンさまから」
「リヤンから……ああ、だが、しかし」
ちら、とオウライカがようやく横目を使ってきて、カザルは気づいた。
「ああ、ここって歓楽街、か」
「……こっちでは『華街』と言う」
「……お連れさまでしたか、それは……あら」
フランシカが少し背筋を伸ばして素早くカザルを見遣った。それからふと気づいたように、かたかた、と側へやってきて、ひょいと覗き込み、くすりと口元で笑う。
「まあ」
「なんだよ」
「可愛い簪」
「っ」
何、馬鹿馬鹿しいこと考えてんの。俺はシュン・カザルだよ? 『塔京』でリフト・カーク直属カザルが来たって聞けば、急いで身を竦める奴らだって大勢いる。
なのに、なんで俺はこの人に、こんなに不安になっちゃうの。
胸の中でぼやいて首を振ると、慣れない髪型の後れ毛が首にかかってくすぐたっい。
似合ってるんだって。
髪に留まっている蝶の簪を意識してかすかに笑った。
オウライカさん、目ぇ見開いて俺を見てた。
ひょっとして、ひょっとしたらさ、と思う。
ひょっとして、ひょっとしたら、今夜とか抱いてくれない、かな。
満更じゃない顔をしていた。この間みたいなわけわかんないのは困るけど、人間の欲情してる顔はなじみだ。オウライカの黒い瞳の中に動いた熱は、たぶん欲望で。
「ふふっ」
とくんと揺れた胸に笑い声をたてる。
「?」
「なんでもない」
訝しそうに振り向いたオウライカにまたくくっ、と笑った。
まさかあんなに慣れてて激しくされるとは思ってなかったから、初めての時はあっさり主導権を渡してしまったけれど、今度はそうはいかない。次も絶対抱こうと思うようにきっちりしっかり誘惑して。
「今度こそ、絶対落としてやって」
それから隙を見つけて殺してやって。
「……え?」
くすくす笑ってそこまで思ったとたん、目に飛び込んできた巨大な朱塗りの門に呆気に取られて立ち止まる。
「……何……ここ……」
「ん? 『塔京』にもあっただろう」
オウライカが門を通り抜けながら唇の片端を上げて笑う。
「ないよ、こんなの」
「あったぞ? なんていったかな、名前は違ったが…」
「オウライカさま!」
「あったかなあ…?」
首を傾げた矢先、門の側から嬉しそうな声が響いた。
薄茶色の艶やかな髪を紅簪で留めたすらりとした女が、柔らかな仕立てのいい着物の裾を乱して、姿の落ち着きに不似合いな幼さで駆け寄ってくる。白い素足に黒塗りの下駄、鼻緒の朱色が目を奪うほど鮮やかだ。
「まあ、どうして今どきこちらへ?」
ぱあっと少女のように綻んだ顔は甘えるようにオウライカを覗き込んでいる。オウライカより背丈があるようだが、振舞いはまるで愛しくてたまらない相手にあったような嬉しさを満たしてひどく可愛い。
「フランシカ」
オウライカがちょっと驚いた顔から、こちらも目を細めて笑った。いつも見ている、苦笑ではない優しい顔にカザルはどきりとする。
なに、あれ。
「まだお昼前ですよ、お仕事はどうなさったんですか」
「ああ、野暮用でな。皆変わりないか」
「はい、おかげさまで無事に張らせて頂いております。この前はトラスフィさまがおいでになって、そりゃあもう賑やかでございました」
「ああ、シードか……大勢引き連れてきたんだろう」
楽しそうにオウライカが笑い、フランシカと呼ばれた女も紅の口元に指先をあてて、ほほ、と笑う。
「はい、お仲間うちだけではなく、別口のお嬢様連中も御一緒で、こちらの妓と張り合わせての大判振るまい、見世も賑やかで楽しゅうございました」
「女も連れてきたのか」
さすがに呆気に取られたようにオウライカが呟き、ああ、と頷く。
「なるほど、あっちの女、な」
「はい、皆様、よく心得ておられまして、こちらの妓と好いた男の色談義、まあ、それは姦しいほどで………ああ、そうだ」
フランシカはふと生真面目な顔になって居住まいを正した。
「もし、よろしければ、また一人、新しい妓をお迎え頂けませんか。シューラ・リーンと申しまして、『塔京』からの流れものですが、器量も気立てもいい妓になると……初音はオウライカさまにお聞き届け頂くようにと、リヤンさまから」
「リヤンから……ああ、だが、しかし」
ちら、とオウライカがようやく横目を使ってきて、カザルは気づいた。
「ああ、ここって歓楽街、か」
「……こっちでは『華街』と言う」
「……お連れさまでしたか、それは……あら」
フランシカが少し背筋を伸ばして素早くカザルを見遣った。それからふと気づいたように、かたかた、と側へやってきて、ひょいと覗き込み、くすりと口元で笑う。
「まあ」
「なんだよ」
「可愛い簪」
「っ」
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