『DRAGON NET』

segakiyui

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11.『生業を嘲笑うなかれ』(2)

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 くすくすと今度は明らかに嗤われて、カザルはむっとした。唇をねじ曲げて顎を突き出し、フランシカを睨み付ける。
「あんたに文句言われる筋合いないね」
 第一、これはそこに立ってるおっさんが注文したんだぞ、と続けると、フランシカがびっくりしたように瞬きする。
「カザル、俺が注文したのは」
「まあ、オウライカさま、リヤンさまは御存知ですか」
「……まだだ」
「おまけに蝶じゃありませんか」
「……多少手違いがあって」
 手違い。
 オウライカのことばに一瞬ずきりと胸が痛んで、カザルは口を噤んだ。
 ふいに飛び込んできたのは、フランシカの髪をまとめた紅簪で、よく見ればそれにもくっきりと黒と白の蝶が彫り込まれている。
 カザルの視線に気づいたように、フランシカはそっと髪に指をあてた。簪の赤に白い指先、茶色の艶やかな髪がきらきらと日を跳ねる。カザルの視線を引いたのを確認してオウライカを振り返る。
「お優しいから付け込まれるんですよ」
「フランシカ」
「それとも」
 たしなめる口調にくすり、と嘲笑を響かせてカザルを見遣り、フランシカが大きな目を細める。
「こちらへ預かれとでも? 娼妓にしては、ちょっと華が足りませんねえ」
「フランシカ」
「ばっかじゃないの」
 あからさまに挑発されて、カザルはふん、と鼻で笑った。
「誰がこんなとこの安女郎になんかなりたいもんか」
「っ」
「でれでれでれでれ、どうせあんただって男と見たら身体を開いて誘ってるんだろ、上品ぶるのもいい加減にしろよな」
「カザル」
 オウライカが眉を寄せて困った顔になる。それがひどく悔しくて言い募った。
「俺はこの人が来いと言ったから付いてきたの、でなきゃ、こんなとこに誰が」
「なんて?」
 ふいに背後から低い声が響いて、カザルは口を噤んだ。目の前のオウライカがぎょっとした顔になって、慌てたように向き直る。
 その視線を追い掛けて振り返ると、真後ろに小柄な女が一人、真っ赤な着物に真っ黒な帯、さらさらの黒髪は肩で揃えて、つるんとした白い顔に黒い瞳を見開いている。
 娼妓にしては幼い顔だち、けれどその気迫器量は逸品で。
「なんて言ったの」
 ぷくんとした赤い唇がもう一度尋ねて、カザルは戸惑いながらオウライカを振り返った。
「オウライカさん、この人…」
「リヤン」
 オウライカが溜め息まじりに応じた。
「リヤン? ………この人がリヤンさん?」
「答えてよ。なんて言ったの」
 三度尋ねられて、カザルは振り向き、その黒髪に留まった髪止めに気づいた。
 銀羽金羽を重ねて広げた蝶の飾り。
 フランシカが咎めた『蝶』の意味、パイルが造った『蝶』の形がふいに頭の中で結びつく。
 蝶、はオウライカさんの徴なんだ。フランシカって人も、このリヤンって人も、オウライカさんの守りがあるってこと。
 再び過ったのはオウライカの困惑した声、『……多少手違いがあって』。
 手違い。
 俺は、手違い、なんだ。
 ずきずきとまた胸の奥が強く痛んだ。
 でも、だって、似合うって。
 首輪だって俺に造ってくれたじゃん。
 必死に反論している自分の声が不安そうに頭に響く。
「………ばっかじゃない、って言ったんだよ」
 気づくとそう答えていた。
「誰がこんなとこの安女郎になんかなりたいもんか、って」
「カザっ」
 はっとしたようにオウライカが呼び掛けた、その矢先。
 ぱんっ!
「てぇっ!」
 目の前のリヤンが袖を押さえて白い手を閃かせた。思いきり左頬を張り飛ばされてカザルは目を白黒させる。
「安女郎?」
 リヤンが冷ややかな目で見据えながら、繰り返す。それからゆっくりとカザルの後ろへ視線を飛ばした。
「オウライカ?」
「いや、私がそう言ったわけではないぞ」
「えらく不躾なのを連れてるじゃない」
 リヤンの声が温度を下げる。
「覚悟はできてるんでしょうね」
「う」
「なんで俺叩かれたの?」
「もう一発欲しいの?」
「わ、や、いいですっ」
 ひらりと手を上げられて、思わずカザルは引きつった。
 
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