『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
22 / 213

12.『初音を悔いるなかれ』(1)

しおりを挟む
「安女郎っていうけどね」
 リヤンの冷ややかな声が響く。
「そういうあんたは一体どんなお偉い仕事をなさってるの」
 詰まったカザルに、リヤンは目を細めてうっすらと笑った。猛々しい猫科の獣を思わせる笑みに、抑えて制御しているはずのカザルの機械の部分が、派手に警告音を鳴らして立ち上がろうとする。
「まさか、いい歳した男がオウライカに可愛がられてよし、なんてしてやしないでしょうねえ?」
 何も応えられず黙り込むカザルに、オウライカがいいかげんにしろ、リヤン、と割って入った。
「庇うんですか」
「庇うも何も、カザルは『塔京』から連れてきたばかりだ、許してやれ、何も知らない」
「知らないからって、言っていいことと悪いことがあるでしょう?」
 なおも強い目の光でねめつけたリヤンが、冷たい声で言い放つ。
「確かにここは『華街』だけど、お金でしか女を買えない男に用はないわ」
 おやめなさい、どうせ『塔京』ものですから、とフランシカが嗤う。人の心なぞわかりゃしませんよ。
「カザル、戻っていいぞ」
 溜め息まじりにオウライカが話を引き取った。
「……あんたはどうすんの」
 また『飢峡』に突っ込んだらどうするの、とは、あまりに甘えているようで口に出せなかった。
「ちょっと……用ができた」
 ちらりとオウライカが目を動かしたのはフランシカの方で。相手がにっこり笑って少し頭を下げる。
「あ、そう」
 じゃあ帰るよと身を翻して外に向かってどんどん進み、門を潜ったとたんに、どこにいたのかブライアンが現れて、カザルは少なからずぎょっとした。
「居たの?」
「私の仕事ですから」
「ふぅん」
 肩越しに振り返ってみれば、オウライカは朱塗りの門の向こう、リヤンに従ってフランシカに侍られ、奥へと静かに歩み去っていくまま、振り向きもしない。むしろ、側のリヤンを気にかけているように、やっぱりさっきフランシカに見せたような優しい笑顔で見下ろしていて、それにむっとして踵を返して歩き出した。
「……ねえ、ブライアンさん」
「はい」
「………初音、って何?」
「は?」
「なんか、さっきさ」
 わかるような気はするけれど、それでも確かめないと落ち着かない気がして尋ねてみると、ブライアンは居心地悪そうに口ごもった。
「ああ、それは、ですね……」
「………ひょっとしてさ、初めての相手に聞かせる声、ってこと?」
「………」
「………ふぅ、ん」
『シューラ・リーンと申しまして、「塔京」からの流れものですが、器量も気立てもいい妓になると……初音はオウライカさまにお聞き届け頂くようにと、リヤンさまから』
 フランシカの声が耳の奥に澱んでいる。
 カザルを啼かせたように、フランシカやリヤンも啼かせたのだろうか。新しく来る娼妓は全部、オウライカが初めて啼かせるのだろうか。
 そのまま黙って屋敷に戻り、カザルはすぐに自室に引っ込んだ。

 部屋の中には床から天井まで届く大きな鏡が一枚嵌められている。一度、いやらしいことに使うんでしょう、と突っ込んでみたが、身支度をきちんとしなくちゃならないときもあるだろう、と流されたものだ。
「ふ、ぅ」
 その鏡の前に立って、カザルはじっと自分の全身を検分する。
 勢いよく歩いてきたから、髪はほつれて乱れている。フランシカの輝くような艶はなくて、ばさばさしたのを引っつめた印象が強い。シャツは汗で湿って肌をわずかに透かしているが、きわどいというほどのものでもない。スラックスは地味な濃い灰色、特に腰が細くてなよやかというのでもない。
 表情は思っていたよりきつく尖って暗かった。
 眉をしかめ気味にして、鼻の頭がうっすら汗で濡れている。目は自分の取り柄だと思っているが、今はどっちかというとぎらぎらと殺気立っていて、への字に曲げた唇同様、愛らしい、からはほど遠い。
 ましてや険しい膨れっつらは、抱いてみるとかみないとかより、むしろ関わると喧嘩をふっかけられそうにも見える。
「何…やってんの、俺」
 こんな顔で、こんな姿で、どうやってオウライカを、いやオウライカどころかどこの誰を落とせるというのだろう。
「……ちぇ……」
 艶やかなフランシカの姿や、清冽な気配のリヤンの側で、さぞかしみっともなく見えただろうと思うと、今さらながら恥ずかしくなって不安が広がる。
「……俺連れてて………まずいとか……思ったかな」
 何が堪えたと言って、リヤンに頬を張られたことより、オウライカに恥をかかせたかもしれないと、そちらの方が気になった。
「……失敗………した、な」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...