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12.『初音を悔いるなかれ』(1)
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「安女郎っていうけどね」
リヤンの冷ややかな声が響く。
「そういうあんたは一体どんなお偉い仕事をなさってるの」
詰まったカザルに、リヤンは目を細めてうっすらと笑った。猛々しい猫科の獣を思わせる笑みに、抑えて制御しているはずのカザルの機械の部分が、派手に警告音を鳴らして立ち上がろうとする。
「まさか、いい歳した男がオウライカに可愛がられてよし、なんてしてやしないでしょうねえ?」
何も応えられず黙り込むカザルに、オウライカがいいかげんにしろ、リヤン、と割って入った。
「庇うんですか」
「庇うも何も、カザルは『塔京』から連れてきたばかりだ、許してやれ、何も知らない」
「知らないからって、言っていいことと悪いことがあるでしょう?」
なおも強い目の光でねめつけたリヤンが、冷たい声で言い放つ。
「確かにここは『華街』だけど、お金でしか女を買えない男に用はないわ」
おやめなさい、どうせ『塔京』ものですから、とフランシカが嗤う。人の心なぞわかりゃしませんよ。
「カザル、戻っていいぞ」
溜め息まじりにオウライカが話を引き取った。
「……あんたはどうすんの」
また『飢峡』に突っ込んだらどうするの、とは、あまりに甘えているようで口に出せなかった。
「ちょっと……用ができた」
ちらりとオウライカが目を動かしたのはフランシカの方で。相手がにっこり笑って少し頭を下げる。
「あ、そう」
じゃあ帰るよと身を翻して外に向かってどんどん進み、門を潜ったとたんに、どこにいたのかブライアンが現れて、カザルは少なからずぎょっとした。
「居たの?」
「私の仕事ですから」
「ふぅん」
肩越しに振り返ってみれば、オウライカは朱塗りの門の向こう、リヤンに従ってフランシカに侍られ、奥へと静かに歩み去っていくまま、振り向きもしない。むしろ、側のリヤンを気にかけているように、やっぱりさっきフランシカに見せたような優しい笑顔で見下ろしていて、それにむっとして踵を返して歩き出した。
「……ねえ、ブライアンさん」
「はい」
「………初音、って何?」
「は?」
「なんか、さっきさ」
わかるような気はするけれど、それでも確かめないと落ち着かない気がして尋ねてみると、ブライアンは居心地悪そうに口ごもった。
「ああ、それは、ですね……」
「………ひょっとしてさ、初めての相手に聞かせる声、ってこと?」
「………」
「………ふぅ、ん」
『シューラ・リーンと申しまして、「塔京」からの流れものですが、器量も気立てもいい妓になると……初音はオウライカさまにお聞き届け頂くようにと、リヤンさまから』
フランシカの声が耳の奥に澱んでいる。
カザルを啼かせたように、フランシカやリヤンも啼かせたのだろうか。新しく来る娼妓は全部、オウライカが初めて啼かせるのだろうか。
そのまま黙って屋敷に戻り、カザルはすぐに自室に引っ込んだ。
部屋の中には床から天井まで届く大きな鏡が一枚嵌められている。一度、いやらしいことに使うんでしょう、と突っ込んでみたが、身支度をきちんとしなくちゃならないときもあるだろう、と流されたものだ。
「ふ、ぅ」
その鏡の前に立って、カザルはじっと自分の全身を検分する。
勢いよく歩いてきたから、髪はほつれて乱れている。フランシカの輝くような艶はなくて、ばさばさしたのを引っつめた印象が強い。シャツは汗で湿って肌をわずかに透かしているが、きわどいというほどのものでもない。スラックスは地味な濃い灰色、特に腰が細くてなよやかというのでもない。
表情は思っていたよりきつく尖って暗かった。
眉をしかめ気味にして、鼻の頭がうっすら汗で濡れている。目は自分の取り柄だと思っているが、今はどっちかというとぎらぎらと殺気立っていて、への字に曲げた唇同様、愛らしい、からはほど遠い。
ましてや険しい膨れっつらは、抱いてみるとかみないとかより、むしろ関わると喧嘩をふっかけられそうにも見える。
「何…やってんの、俺」
こんな顔で、こんな姿で、どうやってオウライカを、いやオウライカどころかどこの誰を落とせるというのだろう。
「……ちぇ……」
艶やかなフランシカの姿や、清冽な気配のリヤンの側で、さぞかしみっともなく見えただろうと思うと、今さらながら恥ずかしくなって不安が広がる。
「……俺連れてて………まずいとか……思ったかな」
何が堪えたと言って、リヤンに頬を張られたことより、オウライカに恥をかかせたかもしれないと、そちらの方が気になった。
「……失敗………した、な」
リヤンの冷ややかな声が響く。
「そういうあんたは一体どんなお偉い仕事をなさってるの」
詰まったカザルに、リヤンは目を細めてうっすらと笑った。猛々しい猫科の獣を思わせる笑みに、抑えて制御しているはずのカザルの機械の部分が、派手に警告音を鳴らして立ち上がろうとする。
「まさか、いい歳した男がオウライカに可愛がられてよし、なんてしてやしないでしょうねえ?」
何も応えられず黙り込むカザルに、オウライカがいいかげんにしろ、リヤン、と割って入った。
「庇うんですか」
「庇うも何も、カザルは『塔京』から連れてきたばかりだ、許してやれ、何も知らない」
「知らないからって、言っていいことと悪いことがあるでしょう?」
なおも強い目の光でねめつけたリヤンが、冷たい声で言い放つ。
「確かにここは『華街』だけど、お金でしか女を買えない男に用はないわ」
おやめなさい、どうせ『塔京』ものですから、とフランシカが嗤う。人の心なぞわかりゃしませんよ。
「カザル、戻っていいぞ」
溜め息まじりにオウライカが話を引き取った。
「……あんたはどうすんの」
また『飢峡』に突っ込んだらどうするの、とは、あまりに甘えているようで口に出せなかった。
「ちょっと……用ができた」
ちらりとオウライカが目を動かしたのはフランシカの方で。相手がにっこり笑って少し頭を下げる。
「あ、そう」
じゃあ帰るよと身を翻して外に向かってどんどん進み、門を潜ったとたんに、どこにいたのかブライアンが現れて、カザルは少なからずぎょっとした。
「居たの?」
「私の仕事ですから」
「ふぅん」
肩越しに振り返ってみれば、オウライカは朱塗りの門の向こう、リヤンに従ってフランシカに侍られ、奥へと静かに歩み去っていくまま、振り向きもしない。むしろ、側のリヤンを気にかけているように、やっぱりさっきフランシカに見せたような優しい笑顔で見下ろしていて、それにむっとして踵を返して歩き出した。
「……ねえ、ブライアンさん」
「はい」
「………初音、って何?」
「は?」
「なんか、さっきさ」
わかるような気はするけれど、それでも確かめないと落ち着かない気がして尋ねてみると、ブライアンは居心地悪そうに口ごもった。
「ああ、それは、ですね……」
「………ひょっとしてさ、初めての相手に聞かせる声、ってこと?」
「………」
「………ふぅ、ん」
『シューラ・リーンと申しまして、「塔京」からの流れものですが、器量も気立てもいい妓になると……初音はオウライカさまにお聞き届け頂くようにと、リヤンさまから』
フランシカの声が耳の奥に澱んでいる。
カザルを啼かせたように、フランシカやリヤンも啼かせたのだろうか。新しく来る娼妓は全部、オウライカが初めて啼かせるのだろうか。
そのまま黙って屋敷に戻り、カザルはすぐに自室に引っ込んだ。
部屋の中には床から天井まで届く大きな鏡が一枚嵌められている。一度、いやらしいことに使うんでしょう、と突っ込んでみたが、身支度をきちんとしなくちゃならないときもあるだろう、と流されたものだ。
「ふ、ぅ」
その鏡の前に立って、カザルはじっと自分の全身を検分する。
勢いよく歩いてきたから、髪はほつれて乱れている。フランシカの輝くような艶はなくて、ばさばさしたのを引っつめた印象が強い。シャツは汗で湿って肌をわずかに透かしているが、きわどいというほどのものでもない。スラックスは地味な濃い灰色、特に腰が細くてなよやかというのでもない。
表情は思っていたよりきつく尖って暗かった。
眉をしかめ気味にして、鼻の頭がうっすら汗で濡れている。目は自分の取り柄だと思っているが、今はどっちかというとぎらぎらと殺気立っていて、への字に曲げた唇同様、愛らしい、からはほど遠い。
ましてや険しい膨れっつらは、抱いてみるとかみないとかより、むしろ関わると喧嘩をふっかけられそうにも見える。
「何…やってんの、俺」
こんな顔で、こんな姿で、どうやってオウライカを、いやオウライカどころかどこの誰を落とせるというのだろう。
「……ちぇ……」
艶やかなフランシカの姿や、清冽な気配のリヤンの側で、さぞかしみっともなく見えただろうと思うと、今さらながら恥ずかしくなって不安が広がる。
「……俺連れてて………まずいとか……思ったかな」
何が堪えたと言って、リヤンに頬を張られたことより、オウライカに恥をかかせたかもしれないと、そちらの方が気になった。
「……失敗………した、な」
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