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13.『想いを閉ざすなかれ』(1)
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求められていないとなれば、カザルの切り替えは早い。必要なことをして、さくさく仕事にかかるまでだ。
「え?」
カザルの申し出に、オウライカは訝しげな顔を机から上げた。
『華街』へ出掛けた翌々日、珍しく家に居たオウライカに甘えるように笑ってみせる。
「だめ?」
「……『華街』に住みたい、そう言ったのか?」
「うん」
「いやしかし」
「だってさ、ここに居ても俺、することないし」
脳裏を背後の書庫が掠める。そこにある膨大な書物をカザルは理解できない。多少は読めるものもあるが、ほとんどは難しくて読めなかったのだ。
「あそこなら、『塔京』でも似たところ知ってるし、何か役に立つかなと思うんだ」
「私を殺すんじゃなかったのか」
「あんた、こうしてても隙、ないんだもん」
へら、と笑い返した。
「少し離れて、気が緩んだところを狙うって手もあるかなと」
「狙いを話してしまってはまずいんじゃないのか」
苦笑しながらオウライカが応じる。
「そんなことお見通しでしょ」
「まあ、そうだが」
「なら、一旦休戦しようかなって。ほら俺も、さすがにいろいろあって、なんだか戸惑って、疲れてきたしさ」
ここは何もかもわけわかんないところばっかりだよ、と続けると、オウライカが生真面目な顔になった。
「辛いのか?」
「え? や、辛くなんかないよ」
にこにこ、と笑う。
「全然辛くなんかない。怪我もしないし、食べ物もあるし、寝るところもあるし」
そうだよね、と言いながら思った。
ここに居ればいい。オウライカから離れない方がいい。ただでさえ、カザルに興味のない男だ、離れてしまえば誘惑する手立ても機会も失いかねない。ましてや、これは明らかに命令違反で、オウライカに張り付き動向を探るということさえできなくなる。
でも、眠れないんだ。
胸の奥が小さく呟く。
どんどん眠れなくなる。
一昨日の夜、オウライカは朝まで帰らなかった。
更けていく夜をじっと待って、朝日が差し込む窓をじっと眺めて、カザルはオウライカのベッドで身体を竦めていた。好き勝手に入っていいと言われている。ベッドも使っていいと言われている。
けれど、いつものように眠り込んでいるカザルを押し退けるようにオウライカが入ってくるまで野放図に転がっていることができなくて、掛け物の下でじっとじっとオウライカが戻ってくるのを待っていた。
戻ってこないとわかっていたから、待っていた。
朝が来て、やっぱり夜中ことりとも音がしなかった屋敷に少しずつ戻ってくる活気が疎ましくて、少しだけうとうとした後、ブライアンが部屋にやってきて、オウライカはもう仕事に出たと聞かされた。
心配しているかもしれないからとおっしゃってましたが、と慇懃に伝えられて、心配してるわけないじゃん、だってここはあの人のテリトリーだし、と笑い返すと、そうですよね、とブライアンも苦笑いした。
『私も無用なことだと思ったのですが』
それでも、もし部屋にあなたが居るようならば伝言しておくようにと命じられましたから。
そう続けられて、かあっと顔が熱くなって、泣きたくなってむかついた。
『ばっかじゃない、何考えてるかわかんないね、ほんとおかしな人だよ、あーあ。俺、朝飯食ってこ』
言い捨てて、それから自室に飛び込んで、ぼろぼろ零れた涙がわけがわからなくて、朝から風呂を仕立ててもらってあちこち擦り立てて、うんと綺麗にして、髪止めつけて簪を刺した。
書庫に入って、天井まである棚を一つ一つ見て回って、そのうち半分も、いや棚一つ分も表題さえも読めなくて、それでもオウライカが読んだことがあるんだろうと指でなぞって形を覚えた。
一体俺は何してんの。
何でこんなこと調べてんの。
棚の隅から辞書を見つけて、『斎京』特有の紋の解説書のようなものを見つけだし、昼も食べずに読みふけっていた。
見つけたのは『蝶』の意味。
転生回帰。
次の世でもまた巡り会う、そういう約束を秘めた紋だと知って、また泣きそうになった。
今オウライカを殺してしまえば、カザルだけがオウライカにもう会えないのだろうか。フランシカやリヤンや、シューラなんかはまた会えても、カザルに与えられた『蝶』は手違いだから、そんな効力はないのだろうか。
何だか居てもたってもいられなくて、描かれていた『蝶』の紋を幾つか丁寧に紙に写し取って、そっと仕舞い込んである。
『塔京』もののカザルが使える力ではなかっただろうけど、形だけでも欲しかった。
「え?」
カザルの申し出に、オウライカは訝しげな顔を机から上げた。
『華街』へ出掛けた翌々日、珍しく家に居たオウライカに甘えるように笑ってみせる。
「だめ?」
「……『華街』に住みたい、そう言ったのか?」
「うん」
「いやしかし」
「だってさ、ここに居ても俺、することないし」
脳裏を背後の書庫が掠める。そこにある膨大な書物をカザルは理解できない。多少は読めるものもあるが、ほとんどは難しくて読めなかったのだ。
「あそこなら、『塔京』でも似たところ知ってるし、何か役に立つかなと思うんだ」
「私を殺すんじゃなかったのか」
「あんた、こうしてても隙、ないんだもん」
へら、と笑い返した。
「少し離れて、気が緩んだところを狙うって手もあるかなと」
「狙いを話してしまってはまずいんじゃないのか」
苦笑しながらオウライカが応じる。
「そんなことお見通しでしょ」
「まあ、そうだが」
「なら、一旦休戦しようかなって。ほら俺も、さすがにいろいろあって、なんだか戸惑って、疲れてきたしさ」
ここは何もかもわけわかんないところばっかりだよ、と続けると、オウライカが生真面目な顔になった。
「辛いのか?」
「え? や、辛くなんかないよ」
にこにこ、と笑う。
「全然辛くなんかない。怪我もしないし、食べ物もあるし、寝るところもあるし」
そうだよね、と言いながら思った。
ここに居ればいい。オウライカから離れない方がいい。ただでさえ、カザルに興味のない男だ、離れてしまえば誘惑する手立ても機会も失いかねない。ましてや、これは明らかに命令違反で、オウライカに張り付き動向を探るということさえできなくなる。
でも、眠れないんだ。
胸の奥が小さく呟く。
どんどん眠れなくなる。
一昨日の夜、オウライカは朝まで帰らなかった。
更けていく夜をじっと待って、朝日が差し込む窓をじっと眺めて、カザルはオウライカのベッドで身体を竦めていた。好き勝手に入っていいと言われている。ベッドも使っていいと言われている。
けれど、いつものように眠り込んでいるカザルを押し退けるようにオウライカが入ってくるまで野放図に転がっていることができなくて、掛け物の下でじっとじっとオウライカが戻ってくるのを待っていた。
戻ってこないとわかっていたから、待っていた。
朝が来て、やっぱり夜中ことりとも音がしなかった屋敷に少しずつ戻ってくる活気が疎ましくて、少しだけうとうとした後、ブライアンが部屋にやってきて、オウライカはもう仕事に出たと聞かされた。
心配しているかもしれないからとおっしゃってましたが、と慇懃に伝えられて、心配してるわけないじゃん、だってここはあの人のテリトリーだし、と笑い返すと、そうですよね、とブライアンも苦笑いした。
『私も無用なことだと思ったのですが』
それでも、もし部屋にあなたが居るようならば伝言しておくようにと命じられましたから。
そう続けられて、かあっと顔が熱くなって、泣きたくなってむかついた。
『ばっかじゃない、何考えてるかわかんないね、ほんとおかしな人だよ、あーあ。俺、朝飯食ってこ』
言い捨てて、それから自室に飛び込んで、ぼろぼろ零れた涙がわけがわからなくて、朝から風呂を仕立ててもらってあちこち擦り立てて、うんと綺麗にして、髪止めつけて簪を刺した。
書庫に入って、天井まである棚を一つ一つ見て回って、そのうち半分も、いや棚一つ分も表題さえも読めなくて、それでもオウライカが読んだことがあるんだろうと指でなぞって形を覚えた。
一体俺は何してんの。
何でこんなこと調べてんの。
棚の隅から辞書を見つけて、『斎京』特有の紋の解説書のようなものを見つけだし、昼も食べずに読みふけっていた。
見つけたのは『蝶』の意味。
転生回帰。
次の世でもまた巡り会う、そういう約束を秘めた紋だと知って、また泣きそうになった。
今オウライカを殺してしまえば、カザルだけがオウライカにもう会えないのだろうか。フランシカやリヤンや、シューラなんかはまた会えても、カザルに与えられた『蝶』は手違いだから、そんな効力はないのだろうか。
何だか居てもたってもいられなくて、描かれていた『蝶』の紋を幾つか丁寧に紙に写し取って、そっと仕舞い込んである。
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