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15.『憂いに胸を塞ぐなかれ』(2)
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「え?」
今度はリヤンがきょとんとした。
「オウライカさん、あんたを抱いてんの?」
「う、うん」
「いつ」
「あ、あの、その、『塔京』で会った、とき」
まじまじと覗き込まれて、何だか無性に恥ずかしい。
「あんたが誘ったの?」
「いや、あの、俺をこっちへ連れてきてくれる交換条件で」
「じゃあオウライカさんから?」
「う、うん」
「なんで?」
「なんで?」
思いもかけない聞き方をされて、瞬きしながらおうむ返しに尋ねた。
「なんで、って……」
「なんでオウライカさんはあんたを抱いたの?」
「知らないよ」
「暇だったの?」
「知らないって」
「誰でもよかったの?」
「だから、知らないって!」
どんどん顔が熱くなっていって、なぜ自分がこんなに恥ずかしいのかわからなくて、カザルは喚いた。
「俺は知らないの! オウライカさんが男に抱かれたことあるか、って聞くから、他の奴とおんなじで、俺を欲しいんだって思っただけだって!」
「ふぅん………」
リヤンは考え込んだ顔でひょいと腕を組んで、片方の指で顎を叩いた。
「何だよ一体」
「初音、も聞いてもらってないんだ?」
「だからっ、俺は、オウライカさんが初めてじゃなくてっ」
ほんとは。
ほんとは今は、オウライカさんが初めてだったらよかったって思ってるけど。うんとうんと思ってるけど。最初からあの腕であの指で、あやされて煽られて啼きたかったと思うけど。でも、そんなことは不可能で。どれだけ願っても不可能で。
それを思うたびに、どうして俺は『塔京』に生まれちゃってたんだろうと思うぐらいには苦しくて。『斎京』の端っこにでも生まれていたら、ひょっとしたら何かのはずみで、オウライカさんに会えていたかもしれないのに。こんな俺、になる前に。
胸の声が堰を切って溢れそうになって、カザルは必死に堪えた。
だが、リヤンはひどく不思議なものを見るような顔でカザルを見返した。
「初めて……って、何?」
「だからっ、初音って、その、初めての時、の声でしょっ」
「違うわよ?」
「はぁあ?」
さらりとリヤンが否定してカザルは思わず間抜た声を上げた。
「違う?」
「違う」
「……じゃあ……初音って……何?」
「んー、どう言えばいいのかなあ……打ち明け話?」
「はぁい?」
「ここへ来る娘って大抵辛い事情を抱えてるのよね」
リヤンが小さく息を吐いた。
「あたしだってアイラだって、シューラさんだってそう」
あ、アイラってのはフランシカのことだからね、と念を押される。
「でも、そのままじゃ塞いで仕事にならないし、第一『夢喰い』を呼ぶからね」
「『夢喰い』…?」
そのことばが『飢峡』と同じ響きを持って聞こえて、カザルはぞくりとした。
「ああ、そっか、あんたは知らないのよね。じゃあ教えといてあげる。へたに気塞ぎしてるとね、『斎京』じゃ『夢喰い』が来るのよ?」
リヤンがにんまりと笑う。
「夜中にうつうつして眠れない日が何日もあるとするでしょう? そうしたら、心身ともに疲れてくるから、格好の餌になっちゃうの。気をつけないと攫われて、そりゃあ酷いことになるんだから。生きながら貪られて、そのうち干涸びて死んじゃうから」
「う…ぇ…え」
『飢峡』に出くわすまではそんなことなどお伽話だと笑い飛ばしただろうが、一瞬にしてあの蔓に囚われた感覚が戻ってきて、カザルは血の気が引いた。
「で、そういうことにならないように、ここへ来た事情を一番最初にオウライカさんに聴いてもらうのよ。オウライカさんにすっくり聴いてもらって、あれこれ慰めてもらって、さあやり直しだって気持ちを変える。それが初音」
「あ……ああ」
ふいに、ひっかかっていたものがすとんと別の意味でカザルの胸に落ちた。
『君が聞かせてくれるとは思えない。というか、そもそも初音というのはありえないだろう、君の場合』
確かに尋ねられたけれど、カザルが『斎京』に来たがったわけとかオウライカに近づいた経過については話していない。いや、そもそも、刺客が殺す相手にどうして殺すことになったかを話して聞かせるわけなどない。
「あ、は、そっか……そ、なんだ……」
ふわっと気持ちが緩んで、カザルはくすぐったくなって微笑んだ。
じゃあ、俺の『初音』もちゃんと聴いてくれようとしたんだ。
あの時、カザルはどうやってオウライカの懐に入り込もうかとそればっかり考えていて、なのにそれがあっさり見抜かれて、もう屠られるだけだと思い込んでいた。だからひたすらノーコメントを繰り返してて。
「何笑ってんのよ」
リヤンが機嫌を損ねた顔で唸った。慌てて笑みを引っ込めると、
「とにかく、抱かれてもだめだったわけね」
「……え?」
素っ気無く言い放たれてどきりとした。
「どういう……」
「オウライカさんがあんたに執着してるんじゃないかと思ったんだけどなあ……読み違ったか。オウライカさんも誰か一人ぐらい側に置くといいと思ったのになあ」
「………」
そうか。
カザルは舞い上がっていた気持ちが一気に沈んでいくのを感じた。
結局オウライカがカザルを手放したということは、それほど執着されていないということなのだ、と気づいた。
だって、ここは『華街』だもんね?
カザルが他の誰に抱かれてもいい、そうオウライカは了承したということだ。
「なんだ……結局」
同じことじゃん。
「じゃあ、賭はあたしの負けかなあ。アイラの読みが正しかったかなあ」
「賭?」
「そう。あんたを一週間たったら見世に出すってオウライカさんに言って、それまでに引き取りにくるかどうかを賭けたんだけど、この分じゃあオウライカさん、来ないかもしれないわねえ」
「……俺、頑張って働きます」
にこ、とカザルは笑った。
胸の中で俯いてしまった自分を気持ちを閉じて見ないまま、もう一度きちんと頭を下げた。
「よろしく、お願いします、リヤンさま」
今度はリヤンがきょとんとした。
「オウライカさん、あんたを抱いてんの?」
「う、うん」
「いつ」
「あ、あの、その、『塔京』で会った、とき」
まじまじと覗き込まれて、何だか無性に恥ずかしい。
「あんたが誘ったの?」
「いや、あの、俺をこっちへ連れてきてくれる交換条件で」
「じゃあオウライカさんから?」
「う、うん」
「なんで?」
「なんで?」
思いもかけない聞き方をされて、瞬きしながらおうむ返しに尋ねた。
「なんで、って……」
「なんでオウライカさんはあんたを抱いたの?」
「知らないよ」
「暇だったの?」
「知らないって」
「誰でもよかったの?」
「だから、知らないって!」
どんどん顔が熱くなっていって、なぜ自分がこんなに恥ずかしいのかわからなくて、カザルは喚いた。
「俺は知らないの! オウライカさんが男に抱かれたことあるか、って聞くから、他の奴とおんなじで、俺を欲しいんだって思っただけだって!」
「ふぅん………」
リヤンは考え込んだ顔でひょいと腕を組んで、片方の指で顎を叩いた。
「何だよ一体」
「初音、も聞いてもらってないんだ?」
「だからっ、俺は、オウライカさんが初めてじゃなくてっ」
ほんとは。
ほんとは今は、オウライカさんが初めてだったらよかったって思ってるけど。うんとうんと思ってるけど。最初からあの腕であの指で、あやされて煽られて啼きたかったと思うけど。でも、そんなことは不可能で。どれだけ願っても不可能で。
それを思うたびに、どうして俺は『塔京』に生まれちゃってたんだろうと思うぐらいには苦しくて。『斎京』の端っこにでも生まれていたら、ひょっとしたら何かのはずみで、オウライカさんに会えていたかもしれないのに。こんな俺、になる前に。
胸の声が堰を切って溢れそうになって、カザルは必死に堪えた。
だが、リヤンはひどく不思議なものを見るような顔でカザルを見返した。
「初めて……って、何?」
「だからっ、初音って、その、初めての時、の声でしょっ」
「違うわよ?」
「はぁあ?」
さらりとリヤンが否定してカザルは思わず間抜た声を上げた。
「違う?」
「違う」
「……じゃあ……初音って……何?」
「んー、どう言えばいいのかなあ……打ち明け話?」
「はぁい?」
「ここへ来る娘って大抵辛い事情を抱えてるのよね」
リヤンが小さく息を吐いた。
「あたしだってアイラだって、シューラさんだってそう」
あ、アイラってのはフランシカのことだからね、と念を押される。
「でも、そのままじゃ塞いで仕事にならないし、第一『夢喰い』を呼ぶからね」
「『夢喰い』…?」
そのことばが『飢峡』と同じ響きを持って聞こえて、カザルはぞくりとした。
「ああ、そっか、あんたは知らないのよね。じゃあ教えといてあげる。へたに気塞ぎしてるとね、『斎京』じゃ『夢喰い』が来るのよ?」
リヤンがにんまりと笑う。
「夜中にうつうつして眠れない日が何日もあるとするでしょう? そうしたら、心身ともに疲れてくるから、格好の餌になっちゃうの。気をつけないと攫われて、そりゃあ酷いことになるんだから。生きながら貪られて、そのうち干涸びて死んじゃうから」
「う…ぇ…え」
『飢峡』に出くわすまではそんなことなどお伽話だと笑い飛ばしただろうが、一瞬にしてあの蔓に囚われた感覚が戻ってきて、カザルは血の気が引いた。
「で、そういうことにならないように、ここへ来た事情を一番最初にオウライカさんに聴いてもらうのよ。オウライカさんにすっくり聴いてもらって、あれこれ慰めてもらって、さあやり直しだって気持ちを変える。それが初音」
「あ……ああ」
ふいに、ひっかかっていたものがすとんと別の意味でカザルの胸に落ちた。
『君が聞かせてくれるとは思えない。というか、そもそも初音というのはありえないだろう、君の場合』
確かに尋ねられたけれど、カザルが『斎京』に来たがったわけとかオウライカに近づいた経過については話していない。いや、そもそも、刺客が殺す相手にどうして殺すことになったかを話して聞かせるわけなどない。
「あ、は、そっか……そ、なんだ……」
ふわっと気持ちが緩んで、カザルはくすぐったくなって微笑んだ。
じゃあ、俺の『初音』もちゃんと聴いてくれようとしたんだ。
あの時、カザルはどうやってオウライカの懐に入り込もうかとそればっかり考えていて、なのにそれがあっさり見抜かれて、もう屠られるだけだと思い込んでいた。だからひたすらノーコメントを繰り返してて。
「何笑ってんのよ」
リヤンが機嫌を損ねた顔で唸った。慌てて笑みを引っ込めると、
「とにかく、抱かれてもだめだったわけね」
「……え?」
素っ気無く言い放たれてどきりとした。
「どういう……」
「オウライカさんがあんたに執着してるんじゃないかと思ったんだけどなあ……読み違ったか。オウライカさんも誰か一人ぐらい側に置くといいと思ったのになあ」
「………」
そうか。
カザルは舞い上がっていた気持ちが一気に沈んでいくのを感じた。
結局オウライカがカザルを手放したということは、それほど執着されていないということなのだ、と気づいた。
だって、ここは『華街』だもんね?
カザルが他の誰に抱かれてもいい、そうオウライカは了承したということだ。
「なんだ……結局」
同じことじゃん。
「じゃあ、賭はあたしの負けかなあ。アイラの読みが正しかったかなあ」
「賭?」
「そう。あんたを一週間たったら見世に出すってオウライカさんに言って、それまでに引き取りにくるかどうかを賭けたんだけど、この分じゃあオウライカさん、来ないかもしれないわねえ」
「……俺、頑張って働きます」
にこ、とカザルは笑った。
胸の中で俯いてしまった自分を気持ちを閉じて見ないまま、もう一度きちんと頭を下げた。
「よろしく、お願いします、リヤンさま」
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