42 / 213
22.『生まれを呪うなかれ』
しおりを挟む
「カザルくーん」
「んーー」
「こっちもお願いー」
「んんーー……ちょっとぉ」
唇に銜えていた釘を取って、カザルは振り返った。
「ねえ、幾つ棚直せばいいの、俺」
「えーとね、後三つ、かな」
リヤンがにっこり笑って奥の方を指差す。
「三つ……朝から水屋でしょ、雨樋でしょ、文机に違い棚……もう五つぐらい直してない?」
「ああ、忘れてた」
ぱん、とリヤンは桜色の袖を翻して手を打った。
「南のふすま、立て付け悪かったからついでに見てくれる?」
「うぁ……まだこき使う気…」
げんなりしたカザルににっこりと笑いかける。
「なんですって? 踊りも謡いもドベタなカザルくん?」
「う」
「言っときますけど、今夜からは見世に出てもらいますからね。取り柄ないならないなりに、他のところで役に立ちなさい」
「う……ん」
リヤンがあっさり言い放って、カザルは急いで釘を口に銜え直して背中を向けた。右手の金槌を振り上げて、とんとん、と再び斜めに傾いだ棚を直しにかかる。
もう、一週間、たっちゃったよ、オウライカさん。
胸を過った呟きを聞くまいとして勢いよく金槌を振り降ろしたとたん。
ごちんっ。
「ってえええ!」
「カザルさん!」
側で釘の箱を抱えていたシューラが驚いて蹲ったカザルを覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「うん……ってえ」
「役に立たない男ねえ」
リヤンが呆れたように溜め息をついた。
「自分の指を打ちつけろなんて言ってないのに」
「カザルさん、これ」
「あ、ありがと…」
シューラが小さな貝殻と包帯を差し出して、涙目を瞬きながらカザルは指で貝殻に入った軟膏を掬う。
「そんな傷ぐらい舐めときゃ治るって。甘やかさないのよ、シューラさん」
「でも」
「シューラさんと違って、このおにーさんは芸事一つできないんだから。後は身体で稼いでもらうしかない」
「なら、指だって大切じゃありませんか」
「あ、そっか。じゃ、カザルくん、それ、夜までに治して」
「夜までに治して、じゃないでしょう」
ふうふうと腫れて血が滲んだ指を吹き、軟膏を塗りつけながらカザルは呆れた。
「なにげに二人で酷いこと言ってない?」
「何言ってんの、ここは置き屋よ?」
リヤンが大仰に驚いてみせた。
「遊ばせる人間は置かないわよ、たとえ無能で引き取り手なさそうな男でも」
「うわぁ」
そこまで言う、とむくれてみせたが、リヤンはしらっとした顔で身を翻す。
「じゃ、手当て済んだら、奥の棚もよろしくねー」
「鬼」
「何か言った?」
「いえ、はい、わかりました、頑張ります」
くるりと振り返った黒い瞳が煌めいて、慌ててカザルは頭を下げた。よろしい、と満足そうに頷いて、リヤンはだらりに締めた濃紺の帯を揺らせて離れていく。
「リヤンさま、今日は飾ってんね」
「トラスフィさま、がいらっしゃるそうですよ」
シューラが釘の箱と金槌を差し出す。
「トラスフィって……あのオウライカさんの知り合いって言う」
「遠出されて疲れてらっしゃるだろうからってお気を遣われておいでです。それに」
「ん?」
とんとん、とんとん、と包帯を巻いた人さし指を浮かせて残りの指で釘を支えながら金槌を打つカザルに、シューラがそっと言い添える。
「カザルさんが『塔京』ものだって知られてますから、あんまりいい顔をしない人もいるそうで……あたしがこき使ってれば、少しは当たりもましになるって笑ってらっしゃったんですよ」
「……ん」
それは何となく気づいている。フランシカほど露骨ではないが、周囲に『塔京』ものへの警戒が全くないわけではない。聞けば無理もないことで、『塔京』で酷い目に合って逃げのびてきたものとか、こちらでも『塔京』ものに人間扱いされなかったとかあったりして、『斎京』でようやく平穏を得たものも多く、『塔京』の匂いには他の街より過敏で厳しいと言えるかもしれない。
だからこそ、この『華街』に『塔京』ものが出入りしても、防御が崩れることがない、言い換えれば、『塔京』に恨みを抱く人間達をこの中立地帯に配置したオウライカの思惑こそ、したたかだと言える。
ほんと、食えない人だよね。
緩くて無防備かと思えば、容赦がなくて激しくて。
『飢峡』で見た鮮血を振りまく光景の鮮やかさ強烈さは、過熱した身体の感覚と一緒に忘れられない。ここへ来てからも繰り返し夢に見て、そのうち酷く煽られて、血に塗れた腕でもいいから抱き寄せてほしい、求めて暴いて入ってきてほしい、そんな欲望に何度か息を弾ませて目を覚ました。
でも。
オウライカは来ない。
来てくれない。
もうすぐカザルは見世に出されて、どこかの誰かに買われて、好き放題に抱かれるかもしれないのに。
「もう……一週間、ですね」
「……ん」
シューラが静かに小さく囁いて、たんたん、たんたん、と金槌を高く打つ。
「オウライカさま………来られませんね」
「………『塔京』ものだしね」
口の釘を取り、次の場所に打ち込んでいく。
「男、だしね」
シューラは事情を知っている。同じ日にここへ来たからと、それとなく身の上話をしあって、もっともカザルのほうは半分は作り話だったけれど、それでもオウライカとの関係はそれとなく何となく話してしまっていて。
「……要らないんだよ」
たんたん、たんたん。
「俺はあの人に要らないの」
たんたん、たんたん。
「そゆ、こと」
たんたん、たんっ。
「よしっ」
「だから」
「え?」
「今日一日、夜までに終わらないぐらいのあちこちの修理を見つけてきたのに、ってリヤンさまが」
「は?」
思わぬことをシューラが言い出して、カザルは相手を見下ろした。
「何?」
「妙なところで能力発揮しちゃって、と困っておられましたよ」
「……」
「この分じゃ夜までに終わっちゃう、って」
「……そ……か」
リヤンはリヤンなりに、表立ってカザルを庇わぬように、けれどカザルが見世に出ないですむように配慮してくれていたのだ。
「……じゃ、俺、見世に出なくちゃ」
「え?」
きょとんとしたシューラに笑いかける。
「そこまでしてもらったんだもん、見世に損させるわけにはいかない、もんね」
さっさと終わらせて、張り切ってお商売いたしましょうか、と続けると、シューラが切ない顔になった。
「んーー」
「こっちもお願いー」
「んんーー……ちょっとぉ」
唇に銜えていた釘を取って、カザルは振り返った。
「ねえ、幾つ棚直せばいいの、俺」
「えーとね、後三つ、かな」
リヤンがにっこり笑って奥の方を指差す。
「三つ……朝から水屋でしょ、雨樋でしょ、文机に違い棚……もう五つぐらい直してない?」
「ああ、忘れてた」
ぱん、とリヤンは桜色の袖を翻して手を打った。
「南のふすま、立て付け悪かったからついでに見てくれる?」
「うぁ……まだこき使う気…」
げんなりしたカザルににっこりと笑いかける。
「なんですって? 踊りも謡いもドベタなカザルくん?」
「う」
「言っときますけど、今夜からは見世に出てもらいますからね。取り柄ないならないなりに、他のところで役に立ちなさい」
「う……ん」
リヤンがあっさり言い放って、カザルは急いで釘を口に銜え直して背中を向けた。右手の金槌を振り上げて、とんとん、と再び斜めに傾いだ棚を直しにかかる。
もう、一週間、たっちゃったよ、オウライカさん。
胸を過った呟きを聞くまいとして勢いよく金槌を振り降ろしたとたん。
ごちんっ。
「ってえええ!」
「カザルさん!」
側で釘の箱を抱えていたシューラが驚いて蹲ったカザルを覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「うん……ってえ」
「役に立たない男ねえ」
リヤンが呆れたように溜め息をついた。
「自分の指を打ちつけろなんて言ってないのに」
「カザルさん、これ」
「あ、ありがと…」
シューラが小さな貝殻と包帯を差し出して、涙目を瞬きながらカザルは指で貝殻に入った軟膏を掬う。
「そんな傷ぐらい舐めときゃ治るって。甘やかさないのよ、シューラさん」
「でも」
「シューラさんと違って、このおにーさんは芸事一つできないんだから。後は身体で稼いでもらうしかない」
「なら、指だって大切じゃありませんか」
「あ、そっか。じゃ、カザルくん、それ、夜までに治して」
「夜までに治して、じゃないでしょう」
ふうふうと腫れて血が滲んだ指を吹き、軟膏を塗りつけながらカザルは呆れた。
「なにげに二人で酷いこと言ってない?」
「何言ってんの、ここは置き屋よ?」
リヤンが大仰に驚いてみせた。
「遊ばせる人間は置かないわよ、たとえ無能で引き取り手なさそうな男でも」
「うわぁ」
そこまで言う、とむくれてみせたが、リヤンはしらっとした顔で身を翻す。
「じゃ、手当て済んだら、奥の棚もよろしくねー」
「鬼」
「何か言った?」
「いえ、はい、わかりました、頑張ります」
くるりと振り返った黒い瞳が煌めいて、慌ててカザルは頭を下げた。よろしい、と満足そうに頷いて、リヤンはだらりに締めた濃紺の帯を揺らせて離れていく。
「リヤンさま、今日は飾ってんね」
「トラスフィさま、がいらっしゃるそうですよ」
シューラが釘の箱と金槌を差し出す。
「トラスフィって……あのオウライカさんの知り合いって言う」
「遠出されて疲れてらっしゃるだろうからってお気を遣われておいでです。それに」
「ん?」
とんとん、とんとん、と包帯を巻いた人さし指を浮かせて残りの指で釘を支えながら金槌を打つカザルに、シューラがそっと言い添える。
「カザルさんが『塔京』ものだって知られてますから、あんまりいい顔をしない人もいるそうで……あたしがこき使ってれば、少しは当たりもましになるって笑ってらっしゃったんですよ」
「……ん」
それは何となく気づいている。フランシカほど露骨ではないが、周囲に『塔京』ものへの警戒が全くないわけではない。聞けば無理もないことで、『塔京』で酷い目に合って逃げのびてきたものとか、こちらでも『塔京』ものに人間扱いされなかったとかあったりして、『斎京』でようやく平穏を得たものも多く、『塔京』の匂いには他の街より過敏で厳しいと言えるかもしれない。
だからこそ、この『華街』に『塔京』ものが出入りしても、防御が崩れることがない、言い換えれば、『塔京』に恨みを抱く人間達をこの中立地帯に配置したオウライカの思惑こそ、したたかだと言える。
ほんと、食えない人だよね。
緩くて無防備かと思えば、容赦がなくて激しくて。
『飢峡』で見た鮮血を振りまく光景の鮮やかさ強烈さは、過熱した身体の感覚と一緒に忘れられない。ここへ来てからも繰り返し夢に見て、そのうち酷く煽られて、血に塗れた腕でもいいから抱き寄せてほしい、求めて暴いて入ってきてほしい、そんな欲望に何度か息を弾ませて目を覚ました。
でも。
オウライカは来ない。
来てくれない。
もうすぐカザルは見世に出されて、どこかの誰かに買われて、好き放題に抱かれるかもしれないのに。
「もう……一週間、ですね」
「……ん」
シューラが静かに小さく囁いて、たんたん、たんたん、と金槌を高く打つ。
「オウライカさま………来られませんね」
「………『塔京』ものだしね」
口の釘を取り、次の場所に打ち込んでいく。
「男、だしね」
シューラは事情を知っている。同じ日にここへ来たからと、それとなく身の上話をしあって、もっともカザルのほうは半分は作り話だったけれど、それでもオウライカとの関係はそれとなく何となく話してしまっていて。
「……要らないんだよ」
たんたん、たんたん。
「俺はあの人に要らないの」
たんたん、たんたん。
「そゆ、こと」
たんたん、たんっ。
「よしっ」
「だから」
「え?」
「今日一日、夜までに終わらないぐらいのあちこちの修理を見つけてきたのに、ってリヤンさまが」
「は?」
思わぬことをシューラが言い出して、カザルは相手を見下ろした。
「何?」
「妙なところで能力発揮しちゃって、と困っておられましたよ」
「……」
「この分じゃ夜までに終わっちゃう、って」
「……そ……か」
リヤンはリヤンなりに、表立ってカザルを庇わぬように、けれどカザルが見世に出ないですむように配慮してくれていたのだ。
「……じゃ、俺、見世に出なくちゃ」
「え?」
きょとんとしたシューラに笑いかける。
「そこまでしてもらったんだもん、見世に損させるわけにはいかない、もんね」
さっさと終わらせて、張り切ってお商売いたしましょうか、と続けると、シューラが切ない顔になった。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる