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24.『祈りを裏切るなかれ』(2)
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カークの父を掌握したハイトがもし、『斎京』のオウライカを消してカークを入れようとしているとしたら。
制御するのは『斎京』でも『塔京』でも同じことだ、カークの身柄を『塔京』が呑み込むか『斎京』が呑み込むか、ということに過ぎない。制御を得るために『斎京』は、オウライカ亡き後カークを、つまりはハイトの支配を受けざるをえないだろう。それを計算して、カークがハイトからオウライカを逃がそうとした『斎京』行きに同意していたとしたら。
「カークは、自分が私を追い込んだと思っていやしないかと」
「そんないじらしいタマかよ、あいつが」
「……いじらしいんだぞ、カークは」
呆れ返ったトラスフィの顔にオウライカは微笑んだ。
「必死に隠して見えないと思っているところが、な」
「………あんた」
はあ、とトラスフィが溜め息をついた。
「だから、人のことよりてめえのことだろ? 今度の遠征で、別の方法が見つからなかったらどうすんだ?」
「……探すさ」
くすりと笑って、相手を見上げた。
「時間切れになる瞬間まで、いや、時間切れになっても探してもらう」
「は?」
「別の方法が見つかれば、カークに伝えて守ってほしい」
「やなこった」
間髪入れずにトラスフィが唸る。
「俺ぁ、あんたのために働いてんだ。とんがりヤロウのためにじゃねえ」
「じゃあ、私の頼みだ」
ぐ、と詰まったトラスフィをじっと見返す。
「『斎京』の次の贄も不要にするには、その方法を試す必要がある。私に間に合わなければ、カークに試させろ。カークでうまく行けば、こちらも助かる」
「けど、あんたはっ」
トラスフィが顔を強ばらせた。
「あんたは、どうなんだよ!」
「………」
無言で微笑むと高く鋭い舌打ちをして顔を背ける。
「気に食わねえな、その肝心なとこで話さねえの。悪い癖だぜ、止めろって何度言ったと思ってやがる」
「五、六回目か」
「回数聞いてんじゃねえっ!」
「トラスフィ」
「なんだよ」
「……人は死なない方がいい」
「っ」
「犠牲は少ない方がいい」
「……」
「私は自分が何をしているか、よくわかっている」
「……ああ」
「真実はきっと叶う」
「……………ああ………」
トラスフィは顔を背けた。
「……そうだな………それがあんたの仕事……だったな」
「そうだ」
それに、とオウライカは笑った。
「それほど捨てたものじゃないぞ、結構それなりに楽しんでることもある」
その時に脳裏を掠めたのは、カザルの拗ねた顔。
そうだ。オウライカがここを守れれば、カザルもここで暮らしていける。オウライカがここで全うすれば、カザルの仕事もなくなるかもしれない。
自分の身体を道具に使うような生き方をさせなくてすむかもしれない。
「………あんた」
「うん?」
「………あんたは、生きてて楽しいか?」
「……ああ、楽しい」
「……そっか……」
じゃあ、俺ぁ行ってくら、とトラスフィは顔を戻さないまま背中を向けた。
「……」
トラスフィには多少の格好をつけたが、いざここまで来て、まさかこれほどカザルの存在に気持ちを揺さぶられるとは思っていなかった。
「今さら、未練か」
カザルが望んで『華街』を選んだ。自分の欲望を満たすほど抱いてほしいから、と。オウライカはカザルにそうできないから、と。
カザルがオウライカに魅かれていないならまだ抱けたがな、と思う。
カザルが出ていった後、書架を弄った気配に気づいて確かめると、紋章を調べていたとわかった。書き損じの紙に『蝶』が写し取られかけていて、それを拾って意識を追えば、カザルの潤んだ感覚が伝わってきた。
せめてこれだけ。
せめてこれだけでも、もらおう。
繰り返している幼い声が響いてくるようで、さすがに切なくて辛かった。
オウライカに拒まれ疎まれている、そう思い込んだカザルの誤解を解くに解けない自分が苛立たしかった。
『頑張ってるわよ、覚えが凄くいいの。うちは男舞いはちゃんと教えられないから、うまく仕上がってないけれど、自分の華の売り方は心得てるって感じね。あれは男女問わず買われちゃうと思う。どうすんの、オウライカ。見世に出したら、もうあたしだって庇えない、いいの、本当に』
リヤンの声がまた苛立って耳の奥に響く。
「……いいわけないだろが」
そんなにあっさり諦められるなら、そもそも『塔京』から攫っていない、この家から出すのを許していない。
「こっちにも、限界がある」
オウライカは彼方の闇を睨み付けた。
制御するのは『斎京』でも『塔京』でも同じことだ、カークの身柄を『塔京』が呑み込むか『斎京』が呑み込むか、ということに過ぎない。制御を得るために『斎京』は、オウライカ亡き後カークを、つまりはハイトの支配を受けざるをえないだろう。それを計算して、カークがハイトからオウライカを逃がそうとした『斎京』行きに同意していたとしたら。
「カークは、自分が私を追い込んだと思っていやしないかと」
「そんないじらしいタマかよ、あいつが」
「……いじらしいんだぞ、カークは」
呆れ返ったトラスフィの顔にオウライカは微笑んだ。
「必死に隠して見えないと思っているところが、な」
「………あんた」
はあ、とトラスフィが溜め息をついた。
「だから、人のことよりてめえのことだろ? 今度の遠征で、別の方法が見つからなかったらどうすんだ?」
「……探すさ」
くすりと笑って、相手を見上げた。
「時間切れになる瞬間まで、いや、時間切れになっても探してもらう」
「は?」
「別の方法が見つかれば、カークに伝えて守ってほしい」
「やなこった」
間髪入れずにトラスフィが唸る。
「俺ぁ、あんたのために働いてんだ。とんがりヤロウのためにじゃねえ」
「じゃあ、私の頼みだ」
ぐ、と詰まったトラスフィをじっと見返す。
「『斎京』の次の贄も不要にするには、その方法を試す必要がある。私に間に合わなければ、カークに試させろ。カークでうまく行けば、こちらも助かる」
「けど、あんたはっ」
トラスフィが顔を強ばらせた。
「あんたは、どうなんだよ!」
「………」
無言で微笑むと高く鋭い舌打ちをして顔を背ける。
「気に食わねえな、その肝心なとこで話さねえの。悪い癖だぜ、止めろって何度言ったと思ってやがる」
「五、六回目か」
「回数聞いてんじゃねえっ!」
「トラスフィ」
「なんだよ」
「……人は死なない方がいい」
「っ」
「犠牲は少ない方がいい」
「……」
「私は自分が何をしているか、よくわかっている」
「……ああ」
「真実はきっと叶う」
「……………ああ………」
トラスフィは顔を背けた。
「……そうだな………それがあんたの仕事……だったな」
「そうだ」
それに、とオウライカは笑った。
「それほど捨てたものじゃないぞ、結構それなりに楽しんでることもある」
その時に脳裏を掠めたのは、カザルの拗ねた顔。
そうだ。オウライカがここを守れれば、カザルもここで暮らしていける。オウライカがここで全うすれば、カザルの仕事もなくなるかもしれない。
自分の身体を道具に使うような生き方をさせなくてすむかもしれない。
「………あんた」
「うん?」
「………あんたは、生きてて楽しいか?」
「……ああ、楽しい」
「……そっか……」
じゃあ、俺ぁ行ってくら、とトラスフィは顔を戻さないまま背中を向けた。
「……」
トラスフィには多少の格好をつけたが、いざここまで来て、まさかこれほどカザルの存在に気持ちを揺さぶられるとは思っていなかった。
「今さら、未練か」
カザルが望んで『華街』を選んだ。自分の欲望を満たすほど抱いてほしいから、と。オウライカはカザルにそうできないから、と。
カザルがオウライカに魅かれていないならまだ抱けたがな、と思う。
カザルが出ていった後、書架を弄った気配に気づいて確かめると、紋章を調べていたとわかった。書き損じの紙に『蝶』が写し取られかけていて、それを拾って意識を追えば、カザルの潤んだ感覚が伝わってきた。
せめてこれだけ。
せめてこれだけでも、もらおう。
繰り返している幼い声が響いてくるようで、さすがに切なくて辛かった。
オウライカに拒まれ疎まれている、そう思い込んだカザルの誤解を解くに解けない自分が苛立たしかった。
『頑張ってるわよ、覚えが凄くいいの。うちは男舞いはちゃんと教えられないから、うまく仕上がってないけれど、自分の華の売り方は心得てるって感じね。あれは男女問わず買われちゃうと思う。どうすんの、オウライカ。見世に出したら、もうあたしだって庇えない、いいの、本当に』
リヤンの声がまた苛立って耳の奥に響く。
「……いいわけないだろが」
そんなにあっさり諦められるなら、そもそも『塔京』から攫っていない、この家から出すのを許していない。
「こっちにも、限界がある」
オウライカは彼方の闇を睨み付けた。
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