45 / 213
24.『祈りを裏切るなかれ』(2)
しおりを挟む
カークの父を掌握したハイトがもし、『斎京』のオウライカを消してカークを入れようとしているとしたら。
制御するのは『斎京』でも『塔京』でも同じことだ、カークの身柄を『塔京』が呑み込むか『斎京』が呑み込むか、ということに過ぎない。制御を得るために『斎京』は、オウライカ亡き後カークを、つまりはハイトの支配を受けざるをえないだろう。それを計算して、カークがハイトからオウライカを逃がそうとした『斎京』行きに同意していたとしたら。
「カークは、自分が私を追い込んだと思っていやしないかと」
「そんないじらしいタマかよ、あいつが」
「……いじらしいんだぞ、カークは」
呆れ返ったトラスフィの顔にオウライカは微笑んだ。
「必死に隠して見えないと思っているところが、な」
「………あんた」
はあ、とトラスフィが溜め息をついた。
「だから、人のことよりてめえのことだろ? 今度の遠征で、別の方法が見つからなかったらどうすんだ?」
「……探すさ」
くすりと笑って、相手を見上げた。
「時間切れになる瞬間まで、いや、時間切れになっても探してもらう」
「は?」
「別の方法が見つかれば、カークに伝えて守ってほしい」
「やなこった」
間髪入れずにトラスフィが唸る。
「俺ぁ、あんたのために働いてんだ。とんがりヤロウのためにじゃねえ」
「じゃあ、私の頼みだ」
ぐ、と詰まったトラスフィをじっと見返す。
「『斎京』の次の贄も不要にするには、その方法を試す必要がある。私に間に合わなければ、カークに試させろ。カークでうまく行けば、こちらも助かる」
「けど、あんたはっ」
トラスフィが顔を強ばらせた。
「あんたは、どうなんだよ!」
「………」
無言で微笑むと高く鋭い舌打ちをして顔を背ける。
「気に食わねえな、その肝心なとこで話さねえの。悪い癖だぜ、止めろって何度言ったと思ってやがる」
「五、六回目か」
「回数聞いてんじゃねえっ!」
「トラスフィ」
「なんだよ」
「……人は死なない方がいい」
「っ」
「犠牲は少ない方がいい」
「……」
「私は自分が何をしているか、よくわかっている」
「……ああ」
「真実はきっと叶う」
「……………ああ………」
トラスフィは顔を背けた。
「……そうだな………それがあんたの仕事……だったな」
「そうだ」
それに、とオウライカは笑った。
「それほど捨てたものじゃないぞ、結構それなりに楽しんでることもある」
その時に脳裏を掠めたのは、カザルの拗ねた顔。
そうだ。オウライカがここを守れれば、カザルもここで暮らしていける。オウライカがここで全うすれば、カザルの仕事もなくなるかもしれない。
自分の身体を道具に使うような生き方をさせなくてすむかもしれない。
「………あんた」
「うん?」
「………あんたは、生きてて楽しいか?」
「……ああ、楽しい」
「……そっか……」
じゃあ、俺ぁ行ってくら、とトラスフィは顔を戻さないまま背中を向けた。
「……」
トラスフィには多少の格好をつけたが、いざここまで来て、まさかこれほどカザルの存在に気持ちを揺さぶられるとは思っていなかった。
「今さら、未練か」
カザルが望んで『華街』を選んだ。自分の欲望を満たすほど抱いてほしいから、と。オウライカはカザルにそうできないから、と。
カザルがオウライカに魅かれていないならまだ抱けたがな、と思う。
カザルが出ていった後、書架を弄った気配に気づいて確かめると、紋章を調べていたとわかった。書き損じの紙に『蝶』が写し取られかけていて、それを拾って意識を追えば、カザルの潤んだ感覚が伝わってきた。
せめてこれだけ。
せめてこれだけでも、もらおう。
繰り返している幼い声が響いてくるようで、さすがに切なくて辛かった。
オウライカに拒まれ疎まれている、そう思い込んだカザルの誤解を解くに解けない自分が苛立たしかった。
『頑張ってるわよ、覚えが凄くいいの。うちは男舞いはちゃんと教えられないから、うまく仕上がってないけれど、自分の華の売り方は心得てるって感じね。あれは男女問わず買われちゃうと思う。どうすんの、オウライカ。見世に出したら、もうあたしだって庇えない、いいの、本当に』
リヤンの声がまた苛立って耳の奥に響く。
「……いいわけないだろが」
そんなにあっさり諦められるなら、そもそも『塔京』から攫っていない、この家から出すのを許していない。
「こっちにも、限界がある」
オウライカは彼方の闇を睨み付けた。
制御するのは『斎京』でも『塔京』でも同じことだ、カークの身柄を『塔京』が呑み込むか『斎京』が呑み込むか、ということに過ぎない。制御を得るために『斎京』は、オウライカ亡き後カークを、つまりはハイトの支配を受けざるをえないだろう。それを計算して、カークがハイトからオウライカを逃がそうとした『斎京』行きに同意していたとしたら。
「カークは、自分が私を追い込んだと思っていやしないかと」
「そんないじらしいタマかよ、あいつが」
「……いじらしいんだぞ、カークは」
呆れ返ったトラスフィの顔にオウライカは微笑んだ。
「必死に隠して見えないと思っているところが、な」
「………あんた」
はあ、とトラスフィが溜め息をついた。
「だから、人のことよりてめえのことだろ? 今度の遠征で、別の方法が見つからなかったらどうすんだ?」
「……探すさ」
くすりと笑って、相手を見上げた。
「時間切れになる瞬間まで、いや、時間切れになっても探してもらう」
「は?」
「別の方法が見つかれば、カークに伝えて守ってほしい」
「やなこった」
間髪入れずにトラスフィが唸る。
「俺ぁ、あんたのために働いてんだ。とんがりヤロウのためにじゃねえ」
「じゃあ、私の頼みだ」
ぐ、と詰まったトラスフィをじっと見返す。
「『斎京』の次の贄も不要にするには、その方法を試す必要がある。私に間に合わなければ、カークに試させろ。カークでうまく行けば、こちらも助かる」
「けど、あんたはっ」
トラスフィが顔を強ばらせた。
「あんたは、どうなんだよ!」
「………」
無言で微笑むと高く鋭い舌打ちをして顔を背ける。
「気に食わねえな、その肝心なとこで話さねえの。悪い癖だぜ、止めろって何度言ったと思ってやがる」
「五、六回目か」
「回数聞いてんじゃねえっ!」
「トラスフィ」
「なんだよ」
「……人は死なない方がいい」
「っ」
「犠牲は少ない方がいい」
「……」
「私は自分が何をしているか、よくわかっている」
「……ああ」
「真実はきっと叶う」
「……………ああ………」
トラスフィは顔を背けた。
「……そうだな………それがあんたの仕事……だったな」
「そうだ」
それに、とオウライカは笑った。
「それほど捨てたものじゃないぞ、結構それなりに楽しんでることもある」
その時に脳裏を掠めたのは、カザルの拗ねた顔。
そうだ。オウライカがここを守れれば、カザルもここで暮らしていける。オウライカがここで全うすれば、カザルの仕事もなくなるかもしれない。
自分の身体を道具に使うような生き方をさせなくてすむかもしれない。
「………あんた」
「うん?」
「………あんたは、生きてて楽しいか?」
「……ああ、楽しい」
「……そっか……」
じゃあ、俺ぁ行ってくら、とトラスフィは顔を戻さないまま背中を向けた。
「……」
トラスフィには多少の格好をつけたが、いざここまで来て、まさかこれほどカザルの存在に気持ちを揺さぶられるとは思っていなかった。
「今さら、未練か」
カザルが望んで『華街』を選んだ。自分の欲望を満たすほど抱いてほしいから、と。オウライカはカザルにそうできないから、と。
カザルがオウライカに魅かれていないならまだ抱けたがな、と思う。
カザルが出ていった後、書架を弄った気配に気づいて確かめると、紋章を調べていたとわかった。書き損じの紙に『蝶』が写し取られかけていて、それを拾って意識を追えば、カザルの潤んだ感覚が伝わってきた。
せめてこれだけ。
せめてこれだけでも、もらおう。
繰り返している幼い声が響いてくるようで、さすがに切なくて辛かった。
オウライカに拒まれ疎まれている、そう思い込んだカザルの誤解を解くに解けない自分が苛立たしかった。
『頑張ってるわよ、覚えが凄くいいの。うちは男舞いはちゃんと教えられないから、うまく仕上がってないけれど、自分の華の売り方は心得てるって感じね。あれは男女問わず買われちゃうと思う。どうすんの、オウライカ。見世に出したら、もうあたしだって庇えない、いいの、本当に』
リヤンの声がまた苛立って耳の奥に響く。
「……いいわけないだろが」
そんなにあっさり諦められるなら、そもそも『塔京』から攫っていない、この家から出すのを許していない。
「こっちにも、限界がある」
オウライカは彼方の闇を睨み付けた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる