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25.『盟友』
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「ちょっと腹ごしらえしてから行こうぜ」
ファローズがそう誘ったのは、中央庁に行くまでにある行きつけの店、会議はいいんですか、とライヤーが尋ねると、ばかやろ、察しろよ、と叱られた。
「てめえは違っても」
ひょいと背けたファローズの、わずかに紅潮した頬がまた少し赤くなる。
「こっちには未練もあんだ、ばかやろ」
「すみません」
ほんと可愛い人だよねえ、とくすくす笑いながら、店の名前を見て、ああ、そっか、この人が居たな、と思い出す。
「いらっしゃ……おう、ユン」
『ダルク』と殴り書きされたような店名にふさわしい、ごつくて険しい顔の男が狭い店のカウンターから睨みつけ、次の一瞬にひょいと眉を上げた。
「おう」
「なんだなんだ、久しぶりじゃねえか。忙しいのかよ」
「おう、その、ま、ちょっとな、すまねえな」
「全然最近来てくれねえから、ついにレッグの飯でも慣れたのかと思ったぜえ」
「よせや、あんなのに慣れるか」
ごそごそとカウンターに滑り込みながら、ファローズがライヤーを振り返る。
「おい、ほら、こっち来い、ここは煮物が旨いんだ」
「……連れ付きかよ」
じろりと見遣ってきた男は『隊長』とあだ名で呼ばれていて、ライヤーもフルネームを知らない。
僕が来るまでご飯はどうしてたんですか、と聞くと、行きつけの店があるんだ、手先の器用な男で元々の仕事は違うんだが、暇を持て余してとうとう自分の名前をつけた店を開いちまったんだ、と笑っていた。
「初めまして。ライヤーと言います」
「飯、食うのかよ」
「おいおい、ここ連れてきてんのに、飯食うのかよ、はねえだろ」
呆れた顔でファローズが見上げるが、『隊長』は振り向きもせずにライヤーをねめつけている。
「お前もいいから座れって、ライヤー」
「……親しげじゃねえか」
「あ、ま、その、な」
『隊長』が突っ込むとファローズがうっすら赤くなり、慌てて出されたおしぼりでサングラスを外して顔を拭いた。ちらっと一瞬大事そうにその顔を見遣った『隊長』が、
「ふぅん」
不愉快一色で塗りつぶした声で唸る。
「……そこなら空いてるぜ」
顎で指したのは背後のテーブル。
「あ、はぁ」
どうしたものかな、と首を傾げてファローズを見ると、相手はぽかんとした顔で『隊長』を見つめた。
「え、なんだよ、予約入ってんのかよ」
それならそうと言ってくれねえと俺が恥かくだろ、とおしぼりとお茶のコップを掴んで立ち上がろうとする。
「ユンはいいんだよ」
ふわりと声を和らげて『隊長』が横目で笑った。
「ユンはそこでいいんだ」
「ああ、えーと、じゃ、僕、こっちに座りますね」
「え? なんで? なんでライヤーがこっちじゃ駄目なんだよ」
ファローズはきょとんと『隊長』に首を傾げて尋ねている。ライヤーがファローズの後ろのテーブルに腰を降ろすのを冷たい目で見ていた『隊長』がぼそりと唸る。
「いいんだよ、ライヤーだってわかってら、なあ?」
「ええ、はい、そうですよね」
にこ、とライヤーは笑ってみせた。
なんでだよ、わけわかんねえだろ、と繰り返しながら首を捻っているファローズに、この人も大概鈍いよねえ、とライヤーは苦笑する。
『隊長』の元々の仕事はファローズと組んで危険な仕掛けを専門に処理するものだ。自分のチームも持っていて、ただその仕事は不定期で突発的、しょちゅう従事して詰めてる必要もないが、のんべんだらりと日々を送っていてはいざという時動けない。
『ファローズさんがほっとくと碌なもの食べないからってのもあって、趣味にしてた料理で店を開くってことにもなったらしいですよ』
レッグ・ルインはそう話してくれた。
何のことない、『隊長』は身辺管理にぴりぴりするほどファローズに惚れているらしいが、ファローズは昔からのなじみでもある、自分がネコだと知られたくない、そういうあたりで『隊長』の気持ちには全く気づいてないということだ。
「本日のお勧め煮物二つな」
「……一つしかねえな」
「へ? あ、じゃあ俺はアジフライ定食でいいや」
「……ああ、やっぱ二つあったわ」
「……なんだよ」
「何が」
「なんか変だぞ」
「そうか?」
「ライヤーが気に入らねえのか?」
「……挑むにゃハードなシロモノだよな……」
『隊長』が目を細めてライヤーを睨みつけた。
「は?」
「あの」
どんどん警戒心を高めていく『隊長』にライヤーはちょっと手を上げてみせた。
「何だよ」
「僕、定食でいいですけど」
「…おう」
「……なんだよ」
満足そうな『隊長』に今度はファローズが眉を顰め、悔しそうに唸る。
「…んだよぉ、せっかく一番旨い煮物、食わしてやろうと思ったのによ!」
「……何?」
ぴく、と『隊長』が支度の手を止めた。
「何だと?」
「だからさ、ライヤーはもう帰ってこねえからっ、旨いもん食わしてやってだなあっ」
「あ、じゃあこれって、別れの盃ってことなのか、いや、別れの煮物?」
いやー、ファローズさんってやっぱり可愛いなあと一人頷いているライヤーとファローズを見比べて、『隊長』がライヤーを見た。
「……もう帰ってこねえ?」
「……」
ライヤーは少し肩を竦めてみせる。『隊長』は今度はファローズを見下ろす。
「……一番旨い煮物?」
「お、おう。ここのが一番旨えだろ?」
にや、と『隊長』が笑った。
「……わかってんじゃねえか」
「お、おう」
「おう、ライヤー、こっち来てもいいぞ、ただし」
ああ、はいはい、とファローズの隣に座ろうとするライヤーに『隊長』は冷ややかに言い捨てた。
「一個離れろ」
ファローズがそう誘ったのは、中央庁に行くまでにある行きつけの店、会議はいいんですか、とライヤーが尋ねると、ばかやろ、察しろよ、と叱られた。
「てめえは違っても」
ひょいと背けたファローズの、わずかに紅潮した頬がまた少し赤くなる。
「こっちには未練もあんだ、ばかやろ」
「すみません」
ほんと可愛い人だよねえ、とくすくす笑いながら、店の名前を見て、ああ、そっか、この人が居たな、と思い出す。
「いらっしゃ……おう、ユン」
『ダルク』と殴り書きされたような店名にふさわしい、ごつくて険しい顔の男が狭い店のカウンターから睨みつけ、次の一瞬にひょいと眉を上げた。
「おう」
「なんだなんだ、久しぶりじゃねえか。忙しいのかよ」
「おう、その、ま、ちょっとな、すまねえな」
「全然最近来てくれねえから、ついにレッグの飯でも慣れたのかと思ったぜえ」
「よせや、あんなのに慣れるか」
ごそごそとカウンターに滑り込みながら、ファローズがライヤーを振り返る。
「おい、ほら、こっち来い、ここは煮物が旨いんだ」
「……連れ付きかよ」
じろりと見遣ってきた男は『隊長』とあだ名で呼ばれていて、ライヤーもフルネームを知らない。
僕が来るまでご飯はどうしてたんですか、と聞くと、行きつけの店があるんだ、手先の器用な男で元々の仕事は違うんだが、暇を持て余してとうとう自分の名前をつけた店を開いちまったんだ、と笑っていた。
「初めまして。ライヤーと言います」
「飯、食うのかよ」
「おいおい、ここ連れてきてんのに、飯食うのかよ、はねえだろ」
呆れた顔でファローズが見上げるが、『隊長』は振り向きもせずにライヤーをねめつけている。
「お前もいいから座れって、ライヤー」
「……親しげじゃねえか」
「あ、ま、その、な」
『隊長』が突っ込むとファローズがうっすら赤くなり、慌てて出されたおしぼりでサングラスを外して顔を拭いた。ちらっと一瞬大事そうにその顔を見遣った『隊長』が、
「ふぅん」
不愉快一色で塗りつぶした声で唸る。
「……そこなら空いてるぜ」
顎で指したのは背後のテーブル。
「あ、はぁ」
どうしたものかな、と首を傾げてファローズを見ると、相手はぽかんとした顔で『隊長』を見つめた。
「え、なんだよ、予約入ってんのかよ」
それならそうと言ってくれねえと俺が恥かくだろ、とおしぼりとお茶のコップを掴んで立ち上がろうとする。
「ユンはいいんだよ」
ふわりと声を和らげて『隊長』が横目で笑った。
「ユンはそこでいいんだ」
「ああ、えーと、じゃ、僕、こっちに座りますね」
「え? なんで? なんでライヤーがこっちじゃ駄目なんだよ」
ファローズはきょとんと『隊長』に首を傾げて尋ねている。ライヤーがファローズの後ろのテーブルに腰を降ろすのを冷たい目で見ていた『隊長』がぼそりと唸る。
「いいんだよ、ライヤーだってわかってら、なあ?」
「ええ、はい、そうですよね」
にこ、とライヤーは笑ってみせた。
なんでだよ、わけわかんねえだろ、と繰り返しながら首を捻っているファローズに、この人も大概鈍いよねえ、とライヤーは苦笑する。
『隊長』の元々の仕事はファローズと組んで危険な仕掛けを専門に処理するものだ。自分のチームも持っていて、ただその仕事は不定期で突発的、しょちゅう従事して詰めてる必要もないが、のんべんだらりと日々を送っていてはいざという時動けない。
『ファローズさんがほっとくと碌なもの食べないからってのもあって、趣味にしてた料理で店を開くってことにもなったらしいですよ』
レッグ・ルインはそう話してくれた。
何のことない、『隊長』は身辺管理にぴりぴりするほどファローズに惚れているらしいが、ファローズは昔からのなじみでもある、自分がネコだと知られたくない、そういうあたりで『隊長』の気持ちには全く気づいてないということだ。
「本日のお勧め煮物二つな」
「……一つしかねえな」
「へ? あ、じゃあ俺はアジフライ定食でいいや」
「……ああ、やっぱ二つあったわ」
「……なんだよ」
「何が」
「なんか変だぞ」
「そうか?」
「ライヤーが気に入らねえのか?」
「……挑むにゃハードなシロモノだよな……」
『隊長』が目を細めてライヤーを睨みつけた。
「は?」
「あの」
どんどん警戒心を高めていく『隊長』にライヤーはちょっと手を上げてみせた。
「何だよ」
「僕、定食でいいですけど」
「…おう」
「……なんだよ」
満足そうな『隊長』に今度はファローズが眉を顰め、悔しそうに唸る。
「…んだよぉ、せっかく一番旨い煮物、食わしてやろうと思ったのによ!」
「……何?」
ぴく、と『隊長』が支度の手を止めた。
「何だと?」
「だからさ、ライヤーはもう帰ってこねえからっ、旨いもん食わしてやってだなあっ」
「あ、じゃあこれって、別れの盃ってことなのか、いや、別れの煮物?」
いやー、ファローズさんってやっぱり可愛いなあと一人頷いているライヤーとファローズを見比べて、『隊長』がライヤーを見た。
「……もう帰ってこねえ?」
「……」
ライヤーは少し肩を竦めてみせる。『隊長』は今度はファローズを見下ろす。
「……一番旨い煮物?」
「お、おう。ここのが一番旨えだろ?」
にや、と『隊長』が笑った。
「……わかってんじゃねえか」
「お、おう」
「おう、ライヤー、こっち来てもいいぞ、ただし」
ああ、はいはい、とファローズの隣に座ろうとするライヤーに『隊長』は冷ややかに言い捨てた。
「一個離れろ」
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