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26.『挑発』(1)
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「あ~、おいしかった、ごちそうさまでした」
『隊長』の煮物はファローズが保証するだけあって確かに旨かった。このところずっと人に作ってばかりだったので、久しぶりに誰かの手作りを食べると気持ちも満たされる。
「……ったくよぉ…」
逆にファローズは食べ終わるあたりから口数が減ってきて、店を出て中央庁に向かって歩いている今、憔悴していると言っていいほど疲れた表情だ。
「てめえには緊迫感とか緊張感とか圧迫感とか言うもんはねえのかよ」
「んー」
そうですねえ、とファローズの隣を歩きながら、ライヤーは灰色に濁った空を見上げた。
「結構緊張してると思うんですが」
「見えねえよ」
「そうか~、ならあんまり緊張してないのかな」
「これからどこに乗り込むと思ってやがんだ」
「中央庁、ですね」
「『塔京』の一番怖えとこだぞ」
「そうでしょうね」
『斎京』でも一番怖いのはオウライカさんとこですからね、と笑い返すと、はぁあ、と大きく溜め息をつかれる。
「………始めはそうは思わなかったけどよ」
「はい」
「今は何となく、わかる気がすんな」
「はい?」
「……てめえが『斎京』の刺客……だってこと」
「そう」
「……よく似た奴を知ってる」
「……」
「そいつも、いざって時まで全然緊張してやがらねえ。いやいざって時も緊張してねえかもしんねえな。へらへらへらへら笑いやがって、カーク直属、ブルーム配下にいやがるのに、どう見ても街のチンピラに見える」
それはひょっとしてあの人のことかな。
ライヤーの脳裏を掠めたのは、オウライカが『塔京』から拾ってきた妙に華やかな気配をたたえた男のことで。
「……けどよ、一度だけそいつが仕留めんのを見たことがあんだけどよ」
まるで獣みたいだったぜ。
ファローズがぼそりと呟いて、寒そうに首を竦めた。前方にゆっくり見えてくる中央庁の高い建物を凝視しながら、ちょうどあの大階段の下だったかな、と続ける。
ライヤーも視線を上げて、巨大なニ対のビルディングが上に行くほど寄り添っていく、その一番下の部分を埋めるような正面の入り口に続く大階段を見つめた。
「たまたま、煮え詰まった馬鹿が居てよ、ブルームにいきなり襲いかかったんだ」
夜の闇に紛れていた、側のSPはすぐに反応できないほど素早かった、けれどそれよりも早く、まるで影がいきなり動き出したみたいにブルームの背後から滑り出てきた男が、一瞬で襲ってきた男を羽交い締めにした、と見えた。
「けどよ、羽交い締めじゃなかったんだ、その瞬間に殺っちまってたんだよ」
ぐたりと崩れ落ちた男にブルームはどうして殺した、と軽く咎めた。男はひょいと肩を竦めてみせて、
『ごめんなさい。けど、たぶん捕まえても何も話さなかったと思うよ、ほら』
襲ってきた男の口をこじ開けてみれば、自害用のカプセルを含んでいて、それを噛み割ると同時に体に付けた爆薬で自爆するようになっていた。
「なんでわかったんだ、と言われてそいつは不思議そうに言ったもんだ、『だって、見えたよ、腹に付けた爆薬と口から伸びたコード。もうちょっとぎりぎりまで待ったほうが、スリルあった?』だとよ」
彼なら言いそうだな、と思った。
『斎京』でオープンカーに乗ったまま握手をした瞬間、無邪気に見張っていた瞳の奥にぞっとするほど冷たいものが光っていた。オウライカだから平気で側に置いている、ライヤーならば無難に避けた類の男だ。
「カザル、って奴だけどな……そういや、ここんとこ姿を見ねえな」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「あ、いえ、こっちの話」
やっぱり僕と同じタイプの人だったんだ。あの人を相手にしてたら、もっときつい仕事になってたなあ、それを見越してオウライカさん、カザルさんを押さえておいたんだろうか。
それなら一番怖いのはやっぱりオウライカさんだよね、そう思ったとたん、
「お……エバンスぅ!」
隣のファローズが声を張り上げた。
「エバンス?」
ライヤーが繰り返した矢先、大階段を上がっていた細身の男がゆっくりと振り返る。
金髪、銀縁の眼鏡、スラックスにシャツ、ノーネクタイでジャケットのようなものを羽織っている。
「……ファローズさん」
「おう、ちょっとそこで待ってろ!」
走り出したファローズにライヤーも付き添う。駆け寄ってくる二人を数段上がった状態でエバンスが薄笑いを浮かべて見下ろしがら、唇を歪める。
「相変わらず、柄の悪いツラ…」
「るせっ、てめ」
「会議は休みかと思ってましたよ」
「ちょっと遅れただけだろが、ばかやろ」
「……なんですか、そいつは」
「あ、ああ、こいつ? こいつ、な、その」
ファローズが微かに息を切らせて立ち止まる、その隣でエバンスを見上げて、ライヤーは微笑んだ。
「こんにちは、エバンスさん」
「……誰?」
『隊長』の煮物はファローズが保証するだけあって確かに旨かった。このところずっと人に作ってばかりだったので、久しぶりに誰かの手作りを食べると気持ちも満たされる。
「……ったくよぉ…」
逆にファローズは食べ終わるあたりから口数が減ってきて、店を出て中央庁に向かって歩いている今、憔悴していると言っていいほど疲れた表情だ。
「てめえには緊迫感とか緊張感とか圧迫感とか言うもんはねえのかよ」
「んー」
そうですねえ、とファローズの隣を歩きながら、ライヤーは灰色に濁った空を見上げた。
「結構緊張してると思うんですが」
「見えねえよ」
「そうか~、ならあんまり緊張してないのかな」
「これからどこに乗り込むと思ってやがんだ」
「中央庁、ですね」
「『塔京』の一番怖えとこだぞ」
「そうでしょうね」
『斎京』でも一番怖いのはオウライカさんとこですからね、と笑い返すと、はぁあ、と大きく溜め息をつかれる。
「………始めはそうは思わなかったけどよ」
「はい」
「今は何となく、わかる気がすんな」
「はい?」
「……てめえが『斎京』の刺客……だってこと」
「そう」
「……よく似た奴を知ってる」
「……」
「そいつも、いざって時まで全然緊張してやがらねえ。いやいざって時も緊張してねえかもしんねえな。へらへらへらへら笑いやがって、カーク直属、ブルーム配下にいやがるのに、どう見ても街のチンピラに見える」
それはひょっとしてあの人のことかな。
ライヤーの脳裏を掠めたのは、オウライカが『塔京』から拾ってきた妙に華やかな気配をたたえた男のことで。
「……けどよ、一度だけそいつが仕留めんのを見たことがあんだけどよ」
まるで獣みたいだったぜ。
ファローズがぼそりと呟いて、寒そうに首を竦めた。前方にゆっくり見えてくる中央庁の高い建物を凝視しながら、ちょうどあの大階段の下だったかな、と続ける。
ライヤーも視線を上げて、巨大なニ対のビルディングが上に行くほど寄り添っていく、その一番下の部分を埋めるような正面の入り口に続く大階段を見つめた。
「たまたま、煮え詰まった馬鹿が居てよ、ブルームにいきなり襲いかかったんだ」
夜の闇に紛れていた、側のSPはすぐに反応できないほど素早かった、けれどそれよりも早く、まるで影がいきなり動き出したみたいにブルームの背後から滑り出てきた男が、一瞬で襲ってきた男を羽交い締めにした、と見えた。
「けどよ、羽交い締めじゃなかったんだ、その瞬間に殺っちまってたんだよ」
ぐたりと崩れ落ちた男にブルームはどうして殺した、と軽く咎めた。男はひょいと肩を竦めてみせて、
『ごめんなさい。けど、たぶん捕まえても何も話さなかったと思うよ、ほら』
襲ってきた男の口をこじ開けてみれば、自害用のカプセルを含んでいて、それを噛み割ると同時に体に付けた爆薬で自爆するようになっていた。
「なんでわかったんだ、と言われてそいつは不思議そうに言ったもんだ、『だって、見えたよ、腹に付けた爆薬と口から伸びたコード。もうちょっとぎりぎりまで待ったほうが、スリルあった?』だとよ」
彼なら言いそうだな、と思った。
『斎京』でオープンカーに乗ったまま握手をした瞬間、無邪気に見張っていた瞳の奥にぞっとするほど冷たいものが光っていた。オウライカだから平気で側に置いている、ライヤーならば無難に避けた類の男だ。
「カザル、って奴だけどな……そういや、ここんとこ姿を見ねえな」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「あ、いえ、こっちの話」
やっぱり僕と同じタイプの人だったんだ。あの人を相手にしてたら、もっときつい仕事になってたなあ、それを見越してオウライカさん、カザルさんを押さえておいたんだろうか。
それなら一番怖いのはやっぱりオウライカさんだよね、そう思ったとたん、
「お……エバンスぅ!」
隣のファローズが声を張り上げた。
「エバンス?」
ライヤーが繰り返した矢先、大階段を上がっていた細身の男がゆっくりと振り返る。
金髪、銀縁の眼鏡、スラックスにシャツ、ノーネクタイでジャケットのようなものを羽織っている。
「……ファローズさん」
「おう、ちょっとそこで待ってろ!」
走り出したファローズにライヤーも付き添う。駆け寄ってくる二人を数段上がった状態でエバンスが薄笑いを浮かべて見下ろしがら、唇を歪める。
「相変わらず、柄の悪いツラ…」
「るせっ、てめ」
「会議は休みかと思ってましたよ」
「ちょっと遅れただけだろが、ばかやろ」
「……なんですか、そいつは」
「あ、ああ、こいつ? こいつ、な、その」
ファローズが微かに息を切らせて立ち止まる、その隣でエバンスを見上げて、ライヤーは微笑んだ。
「こんにちは、エバンスさん」
「……誰?」
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