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29.『子どものように食らうなかれ』(1)
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「で、何、これは?」
用意された部屋におそるおそる足を踏み入れたカザルは、そこにてっきり敷かれているものだと思っていた布団がなく、向かい合わせに座布団と夕餉が準備された猫足膳が並べられているのに呆気に取られた。
「何って……夕飯だが」
「……あんた何しに来たのさ」
「腹は減ってないか?」
「あのね、俺は……」
眉をしかめて言いかけると、さっきの立ち回りのせいか、突然腹が鳴った。
くすり、と微かに笑ったオウライカが、先に席につく。
「何」
「いや……初めて君を拾った時のことを思い出した」
「っ」
何だか急に恥ずかしくなって、むっと唇を尖らせたまま、ずかずかと部屋の中へ入る。気づいて背後の襖を閉めようとしたら、滑るように閉ざされて、その向こうで細い密かな声が「おあがりぃ」と呼ばわった。
「ほら、おあがり、だそうだぞ?」
「……意味が違うでしょ」
オウライカがからかうように見上げてくるのに、まだ余韻で体が震えているのを悟られまいと、ことさら手荒く座布団の上に座り込んだ。顔を逸らせて唇を曲げたまま、いつもの調子で胡座を組むと、こほ、とオウライカが咳払いをする。
「……何」
「悪くはないが」
オウライカが面白そうに瞳を煌めかせた。
「飯を先にしたい」
「っっ!」
ちろ、と視線を落とされて、ふいに自分が襦袢一枚、その下が素肌なのを思い出し、慌てて膝を揃えて正座した。
「そんなつもりないからっ」
「ん?」
「俺、そんなつもりないからっ」
「……そうか」
あれこれ言っても、てっきりカザルを買いに来たのかと嬉しさ半分、こんなに待たせて、すぐには応じてやらないと悔しさ半分で思わず意地を張ると、オウライカが軽く頷いて、まあ飯を食おう、旨そうだぞ、と箸を取り上げる。
「あ…うん」
なんだか少し外されて、それでもごそごそと急いで一緒に箸を取り上げると、今までそれほどなかった食欲がふいに湧いてくるのを感じた。
「旨い…」
「だろう? ここの飯は旨い」
はくはく、と見ているこちらまでおいしい気持ちが伝わるように、オウライカが白飯を口に運ぶ。きちんと正座して乱れない背筋、滑らかに動く指先や腕、この人って食べてる時も整ってて綺麗だよねと見愡れてしまい、はたと我に返って香の物をぱりりと噛んだ。
「……よく来るの?」
「ああ、そうだな」
「……ふぅん」
そのたびに、飯だけじゃなくて誰かも一緒に食べてくの。
ついそう尋ねそうになって、カザルは慌てて汁物の蓋を開けた。ふわりと上がった湯気に瞬間指先が触れて、それほどの熱もなかったのに、何だかかまってほしくてあつ、と小さく声をあげる。
「どれ」
見せてみろ、と手を伸ばされて、無言で指先を差し出した。
「大丈夫だな」
「ん…」
「痛いか」
「……ちょっと」
痛くなんかない。けど、もう少しだけ、握られていたい。
「大丈夫そうだがな」
「……あの」
オウライカさん。さっきの取り消しで、この後どこへも行かないなら、このまま家に帰るなら、ちょっと、ちょっとさ、ちょっとだけ、一緒に。
「カザル」
「っ、な、なに」
「飯粒」
「え?」
指先を握ったまま、ひょいと顔を上げたオウライカが、もう片方の手で唇を撫でてきた。その指先に口を開いて含みそうになったのを、あっさり逸らされ離されて、ほら、と見せられる。確かに白飯が一粒、オウライカの指に載っている。
いい雰囲気だったのに、なんだよ、俺のばか、飯粒なんてつけてさ、そう思った次の瞬間、その飯粒を当然のことのようにぱくりとオウライカが自分の口に入れて、一気に顔が熱くなった。
「オっ、オウっ」
「ん?」
「っ、あんた、なんつー恥ずかしいことすんのっ!」
指を振り解いて顔を覆おうとして、ぎゅ、と強く握りしめられどきりとする。
「なんで恥ずかしい?」
「や、だって、大の男が飯粒つけて、それをあんたが事もあろうに、へ、へーきな顔して食ってっ」
「おかしいか?」
「おかしいでしょっ」
「なら」
「なら?」
「ほら、もう一つ、飯粒がついてる、それはどうしたらいい?」
「へ?」
我ながら間抜けた声を上げてしまった。
用意された部屋におそるおそる足を踏み入れたカザルは、そこにてっきり敷かれているものだと思っていた布団がなく、向かい合わせに座布団と夕餉が準備された猫足膳が並べられているのに呆気に取られた。
「何って……夕飯だが」
「……あんた何しに来たのさ」
「腹は減ってないか?」
「あのね、俺は……」
眉をしかめて言いかけると、さっきの立ち回りのせいか、突然腹が鳴った。
くすり、と微かに笑ったオウライカが、先に席につく。
「何」
「いや……初めて君を拾った時のことを思い出した」
「っ」
何だか急に恥ずかしくなって、むっと唇を尖らせたまま、ずかずかと部屋の中へ入る。気づいて背後の襖を閉めようとしたら、滑るように閉ざされて、その向こうで細い密かな声が「おあがりぃ」と呼ばわった。
「ほら、おあがり、だそうだぞ?」
「……意味が違うでしょ」
オウライカがからかうように見上げてくるのに、まだ余韻で体が震えているのを悟られまいと、ことさら手荒く座布団の上に座り込んだ。顔を逸らせて唇を曲げたまま、いつもの調子で胡座を組むと、こほ、とオウライカが咳払いをする。
「……何」
「悪くはないが」
オウライカが面白そうに瞳を煌めかせた。
「飯を先にしたい」
「っっ!」
ちろ、と視線を落とされて、ふいに自分が襦袢一枚、その下が素肌なのを思い出し、慌てて膝を揃えて正座した。
「そんなつもりないからっ」
「ん?」
「俺、そんなつもりないからっ」
「……そうか」
あれこれ言っても、てっきりカザルを買いに来たのかと嬉しさ半分、こんなに待たせて、すぐには応じてやらないと悔しさ半分で思わず意地を張ると、オウライカが軽く頷いて、まあ飯を食おう、旨そうだぞ、と箸を取り上げる。
「あ…うん」
なんだか少し外されて、それでもごそごそと急いで一緒に箸を取り上げると、今までそれほどなかった食欲がふいに湧いてくるのを感じた。
「旨い…」
「だろう? ここの飯は旨い」
はくはく、と見ているこちらまでおいしい気持ちが伝わるように、オウライカが白飯を口に運ぶ。きちんと正座して乱れない背筋、滑らかに動く指先や腕、この人って食べてる時も整ってて綺麗だよねと見愡れてしまい、はたと我に返って香の物をぱりりと噛んだ。
「……よく来るの?」
「ああ、そうだな」
「……ふぅん」
そのたびに、飯だけじゃなくて誰かも一緒に食べてくの。
ついそう尋ねそうになって、カザルは慌てて汁物の蓋を開けた。ふわりと上がった湯気に瞬間指先が触れて、それほどの熱もなかったのに、何だかかまってほしくてあつ、と小さく声をあげる。
「どれ」
見せてみろ、と手を伸ばされて、無言で指先を差し出した。
「大丈夫だな」
「ん…」
「痛いか」
「……ちょっと」
痛くなんかない。けど、もう少しだけ、握られていたい。
「大丈夫そうだがな」
「……あの」
オウライカさん。さっきの取り消しで、この後どこへも行かないなら、このまま家に帰るなら、ちょっと、ちょっとさ、ちょっとだけ、一緒に。
「カザル」
「っ、な、なに」
「飯粒」
「え?」
指先を握ったまま、ひょいと顔を上げたオウライカが、もう片方の手で唇を撫でてきた。その指先に口を開いて含みそうになったのを、あっさり逸らされ離されて、ほら、と見せられる。確かに白飯が一粒、オウライカの指に載っている。
いい雰囲気だったのに、なんだよ、俺のばか、飯粒なんてつけてさ、そう思った次の瞬間、その飯粒を当然のことのようにぱくりとオウライカが自分の口に入れて、一気に顔が熱くなった。
「オっ、オウっ」
「ん?」
「っ、あんた、なんつー恥ずかしいことすんのっ!」
指を振り解いて顔を覆おうとして、ぎゅ、と強く握りしめられどきりとする。
「なんで恥ずかしい?」
「や、だって、大の男が飯粒つけて、それをあんたが事もあろうに、へ、へーきな顔して食ってっ」
「おかしいか?」
「おかしいでしょっ」
「なら」
「なら?」
「ほら、もう一つ、飯粒がついてる、それはどうしたらいい?」
「へ?」
我ながら間抜けた声を上げてしまった。
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