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42.『幻を求めるなかれ』(1)
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「あ、カザルさん」
「何?」
見世を出ようとした矢先にシューラに呼び止められて、カザルは振り返った。
ざくっとした織目のシャツに麻ズボン、どこのがきんちょ、そうミコトにからかわれても苦にならない、いそいそと小間物町へ出かけようとしていたところだ。
「レシンさんのところですよね?」
「うん、昨日の続き、やってくるんだ」
に、と思わず顔が綻んだのはもう少しで本体が仕上がってきそうだから。
「じゃあ、これ持っていってもらえます?」
「……いい匂い」
くんくんと鼻を鳴らすと子犬みたいですね、と笑われてちょっとむっとした。
「かぼちゃと鶏とじゃがいもの煮物です」
「……俺の分もある?」
「ありますよ、おにぎりもつけておきました。梅干しと昆布」
「おし!」
にこにこ笑うと、じっとこちらを見つめていたシューラが微笑んだ。
「元気がでたみたいですね」
「そう?」
もともと俺は元気だよ、そう笑い返すと、いいことあったんですか、と返されて、思わず顔が熱くなった。
「うん、まあね」
じゃ、行ってくるね、とシューラに渡された風呂敷包みと自分の紺の巾着を懐に抱えて、たったか走り出した。
「レシンさぁん!」
「おお、来たな。もうぼちぼちだと思って用意しといたぞ」
「すみません……へへ…」
レシンの隣、作業机の片端にカザル用の椅子が置かれていて、その前に布と細長いぼってりした金属が並んでいる。
蒼銀の棒、ただしでこぼこしていてまだまだ何かに細工するには時間がかかりそうな代物だが、カザルはそれをそっと取り上げて愛しく撫で摩った。
「こらこら、せっかく磨いてんのに、また脂で曇っちまわあ」
「あ、ごめん」
「ほら、始めろよ、今日は夕方まで居られんのか」
「うん、あ、そうだ」
思い出してシューラから受け取った風呂敷包みを差し出した。
「これ、お昼。シューラさんから預かってきました」
「おお……鶏と芋か……山椒がかかってんだな。『塔京』もんのすることは小賢しいや」
「……嫌いなら俺一人で食うけど」
「馬鹿言え、そこ置いて、さっさとかかれや」
「はぁい」
座敷へ包みを置いて、椅子にかかっていたレシンと揃いの前垂れをつける。仕事を習うならいるだろう、そう言ってレシンが仕立ててくれた。
二人並んで細工をしてると、親子みたいだねと通りすがりに声をかけられ、それがほのぼのと嬉しい。こんなこと『塔京』じゃなかった、何だかほっとすると言ったら、レシンが複雑な顔をしたのが印象的だった。
丁寧に蒼銀の棒を取り上げて、細かな目のやすりでまた少しずつ形を整え出したカザルに、レシンが手を休めないまま呟いた。
「おめえ、こういうことの方が向いてんじゃねえのか」
「そう思う? うん、俺も……そう思う」
褒められて嬉しくて笑いながら、それでも棒にやすりを当てると顔を引き締める。指先に意識を集中していくと、癖なのか頭にいろいろなことが浮かんでくる。
『華街』でドゥオンが襲ってきて、オウライカが連れ帰ってくれると言った後、復調したカザルをミコトは見世に出さなくなった。
「オウライカさんのお手付きなんでしょ」
「は?」
いや、俺抱かれてないけど。
そう言いかけたカザルに、
「何言ってんの、あれは私のだから見世には出すな、と珍しくはっきり言ったわよ、あの朴念仁」
ミコトがくすぐったそうに笑って、一気に顔が赤くなったのがわかった。
「私の、って、言ったの、オウライカさん」
「うんうん、気難しい顔しちゃって」
ひょいと人さし指を眉間に当ててくすくす笑う。
「眉間に皺寄せて、絶対誰にも触れさせるな、ですってよ。………よかったわね」
思わず続いた一言は、ミコトなりにずっと案じてくれていたことの現れ、それもしみじみと嬉しくて、うん、と頷いて一瞬泣きそうになった。
ただ、気になっているのはトラスフィのことばで、
『ログ・オウライカは贄になる気だ』
「……どういう……意味かなあ……」
「あん?」
「………トラスフィさんが」
側であれやこれやと指図していたレシンが不審そうに顔を上げる。
「トラスフィが?」
「………オウライカさんは贄になる気だって」
聞いたレシンは厳しい顔で手元に目を戻した。
「……レシンさん?」
「………」
「……何か知ってんの?」
「………人の世は、誰かがあちこちで頑張って、ようやく成り立ってるってこった」
「誰かがあちこちで……」
「時には、負担がでっかすぎる人も居る……オウライカさんみたいにな」
「………オウライカさん、何か背負ってんの?」
レシンは手元の細工を水洗いしてじっくり表面を眺めて応えない。
「レシンさん」
「お前には関係ねえよ」
「……関係あるよ」
「関係ねえ」
「あるって」
「なんで」
「だって、そりゃ、ほ……」
惚れた人のことなら、ほんの小さなことでも絶対きっと関係あるよ。
そう口に出せなかったのは、まだオウライカがカザルを抱いてくれないせいも確かにあって。
「関係ねえ」
レシンはあっさり言い切って、またゆっくりとやすりをかけ始める。
「そんなことない」
「お前がどうこうできるもんじゃねえ」
だからオウライカさんもお前をミコトさんに預けてんだろうが。
そう言い放たれて思わずカザルは口走った。
「っ、けどっ、俺の中に『龍』がいるって!」
「何?」
見世を出ようとした矢先にシューラに呼び止められて、カザルは振り返った。
ざくっとした織目のシャツに麻ズボン、どこのがきんちょ、そうミコトにからかわれても苦にならない、いそいそと小間物町へ出かけようとしていたところだ。
「レシンさんのところですよね?」
「うん、昨日の続き、やってくるんだ」
に、と思わず顔が綻んだのはもう少しで本体が仕上がってきそうだから。
「じゃあ、これ持っていってもらえます?」
「……いい匂い」
くんくんと鼻を鳴らすと子犬みたいですね、と笑われてちょっとむっとした。
「かぼちゃと鶏とじゃがいもの煮物です」
「……俺の分もある?」
「ありますよ、おにぎりもつけておきました。梅干しと昆布」
「おし!」
にこにこ笑うと、じっとこちらを見つめていたシューラが微笑んだ。
「元気がでたみたいですね」
「そう?」
もともと俺は元気だよ、そう笑い返すと、いいことあったんですか、と返されて、思わず顔が熱くなった。
「うん、まあね」
じゃ、行ってくるね、とシューラに渡された風呂敷包みと自分の紺の巾着を懐に抱えて、たったか走り出した。
「レシンさぁん!」
「おお、来たな。もうぼちぼちだと思って用意しといたぞ」
「すみません……へへ…」
レシンの隣、作業机の片端にカザル用の椅子が置かれていて、その前に布と細長いぼってりした金属が並んでいる。
蒼銀の棒、ただしでこぼこしていてまだまだ何かに細工するには時間がかかりそうな代物だが、カザルはそれをそっと取り上げて愛しく撫で摩った。
「こらこら、せっかく磨いてんのに、また脂で曇っちまわあ」
「あ、ごめん」
「ほら、始めろよ、今日は夕方まで居られんのか」
「うん、あ、そうだ」
思い出してシューラから受け取った風呂敷包みを差し出した。
「これ、お昼。シューラさんから預かってきました」
「おお……鶏と芋か……山椒がかかってんだな。『塔京』もんのすることは小賢しいや」
「……嫌いなら俺一人で食うけど」
「馬鹿言え、そこ置いて、さっさとかかれや」
「はぁい」
座敷へ包みを置いて、椅子にかかっていたレシンと揃いの前垂れをつける。仕事を習うならいるだろう、そう言ってレシンが仕立ててくれた。
二人並んで細工をしてると、親子みたいだねと通りすがりに声をかけられ、それがほのぼのと嬉しい。こんなこと『塔京』じゃなかった、何だかほっとすると言ったら、レシンが複雑な顔をしたのが印象的だった。
丁寧に蒼銀の棒を取り上げて、細かな目のやすりでまた少しずつ形を整え出したカザルに、レシンが手を休めないまま呟いた。
「おめえ、こういうことの方が向いてんじゃねえのか」
「そう思う? うん、俺も……そう思う」
褒められて嬉しくて笑いながら、それでも棒にやすりを当てると顔を引き締める。指先に意識を集中していくと、癖なのか頭にいろいろなことが浮かんでくる。
『華街』でドゥオンが襲ってきて、オウライカが連れ帰ってくれると言った後、復調したカザルをミコトは見世に出さなくなった。
「オウライカさんのお手付きなんでしょ」
「は?」
いや、俺抱かれてないけど。
そう言いかけたカザルに、
「何言ってんの、あれは私のだから見世には出すな、と珍しくはっきり言ったわよ、あの朴念仁」
ミコトがくすぐったそうに笑って、一気に顔が赤くなったのがわかった。
「私の、って、言ったの、オウライカさん」
「うんうん、気難しい顔しちゃって」
ひょいと人さし指を眉間に当ててくすくす笑う。
「眉間に皺寄せて、絶対誰にも触れさせるな、ですってよ。………よかったわね」
思わず続いた一言は、ミコトなりにずっと案じてくれていたことの現れ、それもしみじみと嬉しくて、うん、と頷いて一瞬泣きそうになった。
ただ、気になっているのはトラスフィのことばで、
『ログ・オウライカは贄になる気だ』
「……どういう……意味かなあ……」
「あん?」
「………トラスフィさんが」
側であれやこれやと指図していたレシンが不審そうに顔を上げる。
「トラスフィが?」
「………オウライカさんは贄になる気だって」
聞いたレシンは厳しい顔で手元に目を戻した。
「……レシンさん?」
「………」
「……何か知ってんの?」
「………人の世は、誰かがあちこちで頑張って、ようやく成り立ってるってこった」
「誰かがあちこちで……」
「時には、負担がでっかすぎる人も居る……オウライカさんみたいにな」
「………オウライカさん、何か背負ってんの?」
レシンは手元の細工を水洗いしてじっくり表面を眺めて応えない。
「レシンさん」
「お前には関係ねえよ」
「……関係あるよ」
「関係ねえ」
「あるって」
「なんで」
「だって、そりゃ、ほ……」
惚れた人のことなら、ほんの小さなことでも絶対きっと関係あるよ。
そう口に出せなかったのは、まだオウライカがカザルを抱いてくれないせいも確かにあって。
「関係ねえ」
レシンはあっさり言い切って、またゆっくりとやすりをかけ始める。
「そんなことない」
「お前がどうこうできるもんじゃねえ」
だからオウライカさんもお前をミコトさんに預けてんだろうが。
そう言い放たれて思わずカザルは口走った。
「っ、けどっ、俺の中に『龍』がいるって!」
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