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51.『愛撫』(2)
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カークをそろりと床に滑らせて寝かせ、男は滑らかな動作で立ち上がりながら素早くベルトを締め直した。一瞬翻ったシャツに何かの記憶が戻りそうな気がしたが、それを追い掛けるのも疲れてできなくて、カークはうつぶせになったまま、顔をねじって遠ざかる男の後ろ姿をじっと見つめる。
細身だ。全体的に薄い身体で、性的に満足させてくれるとは思えない。動きもどこかふわふわと頼りない。髪を掻きあげた指はこじんまりした感じがあるが、背中に当てられた掌の感触は見えているより大きかった。
「……」
その掌の感触が背中にないのが、ふいに急に寂しくなる。
部屋を出ていって、プライベートルームに消える男はここの造りをよく知っているようだ。すぐに戻ってきた手にはミネラルウォーターの水差し、ジャグジー近くに備えておいたのをカットグラスのコップごと持って戻ってくる。
「お風呂も準備し始めました。ああ、ブルームさんが本日の午前中の予定はキャンセルにしているとのことです」
いつの間にそれだけのことをしてのけたのか、ごろりと仰向いて寝そべったカークに跪き、ミネラルウォーターを注いだコップを掲げてみせる。
「美しいですね。よく冷えていますよ」
「………飲ませろ」
「………よろしいんですか?」
「構わない」
一瞬、そんなものはもういいから、もう一度抱き締めて背中を撫でてくれ、そう言いそうになってかろうじて自制した。
男は微笑み、コップから水を含んでカークに屈み込んでくる。濡れた唇が静かに重ねられて、カークが唇を開くとそのまま中身を流し込んできた。
「……冷たい…?」
最後の一滴まで啜って飲み終え、戸惑って眉を顰める。男の口に含まれていたはずなのに、確かにミネラルウォーターはよく冷えたままで喉を潤して滑り落ちた。
「ええ、ですからよく冷えていますよ、と」
「違う」
寝そべったままカークは顎をしゃくった。起こせ、の合図をやはり的確に読み取った男が、するりとまた背中に温かな手を差し込んで抱え起こしてくれ、そのまま立てた膝にカークをもたれさせたまま、またコップを掲げてみせる。
頷くとすぐ、男はコップの中の氷を先に含んでから水を吸った。
「………やっぱり」
「む?」
カークが呟くのに不思議そうに振り向くから、指先で呼んで再び唇を重ねる。男の口の中で氷で冷やされた水がまたゆっくりと染み渡ってきて、思わず喉を鳴らして吸いつく。つるつると滑らかな舌触りが腫れたような口を優しく撫でていく。
目を閉じてその感覚に酔っていると、水はすぐになくなった。全然足りなくてカークは舌を差し出して唇を潜り、男の口の氷を探し回った。
「んっ……ん」
氷は幾度も舌に触れる。ひやりと痛い感覚が触れては離れていく。
それが男が巧みに舌で遠ざけているのだとはすぐに気付いた。追い掛けて舌を伸ばすと一瞬触れる。けれどやっぱり男の舌に遠ざけられて奪われてしまうから、カークは夢中になって追い掛けた。やがて、触れる氷がどんどん小さくなって消えていき、甘い愛撫の終わりを教えてくる。
ああ、終わる。
終わってしまう。
「ん、や…」
離れかけた唇に思わずねだってすがりついた。
巧みでしたたかな誘惑、慣れたやり方に期待が高まる。
この舌で。
もっと深く、嬲られたい。
閉じたままでも潤んでくる視界に眉を寄せ、相手の手を探して熱を含んだ場所に導いた。
誰であろうと構わない、傷みを忘れさせてくれるなら、誰でもいい、何をされてもいい。たぶんこの男なら、確実にカークに我を失わせてくれるはずだ。
「…、は」
喘ぎながら、もっと、そう囁いたとたん、ふいに手を払われた。
「え…?」
身体もいきなり突き放されて、茫然と相手を見上げる。
「お風呂の準備ができています」
相手は冷やかに笑った。
「誘うなら、他の男の匂いぐらい落としてからにしてもらえませんか?」
細身だ。全体的に薄い身体で、性的に満足させてくれるとは思えない。動きもどこかふわふわと頼りない。髪を掻きあげた指はこじんまりした感じがあるが、背中に当てられた掌の感触は見えているより大きかった。
「……」
その掌の感触が背中にないのが、ふいに急に寂しくなる。
部屋を出ていって、プライベートルームに消える男はここの造りをよく知っているようだ。すぐに戻ってきた手にはミネラルウォーターの水差し、ジャグジー近くに備えておいたのをカットグラスのコップごと持って戻ってくる。
「お風呂も準備し始めました。ああ、ブルームさんが本日の午前中の予定はキャンセルにしているとのことです」
いつの間にそれだけのことをしてのけたのか、ごろりと仰向いて寝そべったカークに跪き、ミネラルウォーターを注いだコップを掲げてみせる。
「美しいですね。よく冷えていますよ」
「………飲ませろ」
「………よろしいんですか?」
「構わない」
一瞬、そんなものはもういいから、もう一度抱き締めて背中を撫でてくれ、そう言いそうになってかろうじて自制した。
男は微笑み、コップから水を含んでカークに屈み込んでくる。濡れた唇が静かに重ねられて、カークが唇を開くとそのまま中身を流し込んできた。
「……冷たい…?」
最後の一滴まで啜って飲み終え、戸惑って眉を顰める。男の口に含まれていたはずなのに、確かにミネラルウォーターはよく冷えたままで喉を潤して滑り落ちた。
「ええ、ですからよく冷えていますよ、と」
「違う」
寝そべったままカークは顎をしゃくった。起こせ、の合図をやはり的確に読み取った男が、するりとまた背中に温かな手を差し込んで抱え起こしてくれ、そのまま立てた膝にカークをもたれさせたまま、またコップを掲げてみせる。
頷くとすぐ、男はコップの中の氷を先に含んでから水を吸った。
「………やっぱり」
「む?」
カークが呟くのに不思議そうに振り向くから、指先で呼んで再び唇を重ねる。男の口の中で氷で冷やされた水がまたゆっくりと染み渡ってきて、思わず喉を鳴らして吸いつく。つるつると滑らかな舌触りが腫れたような口を優しく撫でていく。
目を閉じてその感覚に酔っていると、水はすぐになくなった。全然足りなくてカークは舌を差し出して唇を潜り、男の口の氷を探し回った。
「んっ……ん」
氷は幾度も舌に触れる。ひやりと痛い感覚が触れては離れていく。
それが男が巧みに舌で遠ざけているのだとはすぐに気付いた。追い掛けて舌を伸ばすと一瞬触れる。けれどやっぱり男の舌に遠ざけられて奪われてしまうから、カークは夢中になって追い掛けた。やがて、触れる氷がどんどん小さくなって消えていき、甘い愛撫の終わりを教えてくる。
ああ、終わる。
終わってしまう。
「ん、や…」
離れかけた唇に思わずねだってすがりついた。
巧みでしたたかな誘惑、慣れたやり方に期待が高まる。
この舌で。
もっと深く、嬲られたい。
閉じたままでも潤んでくる視界に眉を寄せ、相手の手を探して熱を含んだ場所に導いた。
誰であろうと構わない、傷みを忘れさせてくれるなら、誰でもいい、何をされてもいい。たぶんこの男なら、確実にカークに我を失わせてくれるはずだ。
「…、は」
喘ぎながら、もっと、そう囁いたとたん、ふいに手を払われた。
「え…?」
身体もいきなり突き放されて、茫然と相手を見上げる。
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「誘うなら、他の男の匂いぐらい落としてからにしてもらえませんか?」
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