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52.『幻影』
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一瞬、カークは何を言われたのかわからなかった。
今の今まで優しく舌を遊ばせてくれたのに、急に冷やかに扱われて、混乱と困惑に相手を見上げたまま瞬きする。
ここまで来てカークを拒んだ人間などいない。シュガットは元より、ブルーム、マジェスだって、正面からの誘惑には揺らがなかったものの、頼りなげな不安定な様子で誘えば、それなりにじわりと落とされてきた。
「聞こえましたか?」
相手は冷然と繰り返す。
「確かに僕はあなたの欲望の処理係ですが」
淡々とした声で男はカークに言い聞かせる。
「他の男の精液の匂いを振り撒いてる相手に襲いかかるほど飢えてませんし」
「……っ」
ふいに視界がはっきりした。
同時に相手の顔に広がっている軽蔑の色にも気がついた。
この男はこれまで連れてこられた相手とは違う。カークを恐れてもいないし、欲情しているわけでもない。今ここに居て、さっきまでカークを抱きとめていて、水をくれたのも『仕事』としての範疇、そういう発想で居るのだ。
つまり、さきほどの、柔らかく背中を撫でてくれた仕草さえも。
ずきり、と胃の奥が傷んだ。
「……贅沢だな」
まだ側に侍っている男を、今度は自分で突き放しながら何とか立ち上がる。
「名前はなんと言う」
「……」
沈黙に振り返ると、相手は水差しとコップを手にしたまま、どこか訝るような顔で見上げている。
「名前は」
「……ミシェル・ライヤーです」
「ライヤー……」
ミ、シェル。
口の中でその名前を一瞬ひどく甘く感じて、首を振る。
「誰が手配した」
「エバンスくんです」
「エバンスくん?」
「ああ……ごめんなさい、エバンスさん、ですね」
くす、と軽く笑って立ち上がった相手の柔らかな微笑に見愡れた。部屋の中の日射しを思わせる温かな笑み、けれど、それを意識したとたん、泣きたいような絶望感に見舞われる。
その笑みの先に、自分は居ない。
おそらくは、永久に。
「……エバンスが、よこしたのか」
「ええ、僕は『貢ぎ物』なんですって」
「……たいした『貢ぎ物』だな。エバンスらしい」
「期待はずれですか」
「期待はずれだ」
いつもすがりかけては砕け落ちる期待を、私は何度味わえば気がすむのか、と虚ろに笑った。
「だが、枕としては優秀だ」
「ありがとうございます」
皮肉にもしらっとしている相手を少し振り返る。
「風呂を準備していると言ったな」
「はい」
「スポンジの役目はできるのか」
目を細めて挑発する。
「できなければ不要だ」
「それは困るなあ」
しらっと笑ったライヤーはカークの後を追ってきた。
ライヤーの掌の中で丁寧に泡立てられた白い泡が盛り上がる。
「どうぞ」
「ん」
促されてジャグジーから上がる。ざっと汚れを洗い落とした身体に、今度はためらいなくライヤーが泡に塗れた手で触れてくる。始めは両手で頬を包まれた。それから首筋と耳をゆっくり撫で摩られ、肩へと指が滑っていく。
「……どうしたんです」
「?」
「この蝶」
胸まで来て、ライヤーの指が乳首の側で止まった。指先を意識して尖ってしまったのを嘲笑われるのかと思ったがそうではなくて、いつぞやの薔薇の棘で切り裂いた蝶の崩れた入れ墨をそろりと撫でられて、思わず軽く身体を竦める。
「触れるな」
「なぜ」
「……っ」
ぬるりとした感触が傷と入れ墨を混ぜ込むように撫でてくるのに思わず息を呑んだ。そんなところが過敏になっているとは知らなくて、思わず身体を引くと、いつ間に回っていたのか腰の後ろをもう片方の手で押さえられて逃げ場を失う。
「綺麗なのに、こんなにめちゃくちゃにして」
「……もう……飽きた…っ」
声が震えたのを必死に堪えて睨みつけると、ライヤーは楽しそうに微笑んでいる。
「弱いんですね、ここ」
「…、あっ」
はっとする間もなく、指先で乳首を強く摘まみ上げられて声を上げる。走った震えがまともに腰に駆け抜けて、思わず唇を噛んだ。
が、それ以上の愛撫はしてくれずに、そのまま興味を失ったように泡を塗り立てながら、掌は下へ動いていく。腹を撫で、臍の中を何度かゆっくりと探り、もう片方の手で背中の隅々を摩りながら腰へ降りていく。
「脚を開いて」
「……汚いんじゃないのか」
「お仕事ですから……僕は今スポンジなんでしょう?」
「……ぁ」
するりと入り込んだ指先は寸分違わずにカークの後ろを探し当てた。ぬるぬるした指の腹がさんざん何度もこじ開けられた部分を押してくる。柔らかで遠い感触にどうしても受け入れようとするように開くのを、そっけなく通り過ぎられて、腰が揺れてしまう。
「……揺れてますね」
「っ…」
「足りないの」
「……構うな」
まるで何かの実験動物の反応を読むように指摘されて顔が熱くなった。
「ここも」
「…ん…っ」
勃ち上がってきた前をライヤーの掌が包み込み、ごくりと唾を呑み込む。だが、ライヤーは積極的に手を動かそうとしない。
「スポンジですからね」
「っく」
「隅々まできれいにするのがお仕事」
「……っあ」
じれったさに跪いているライヤーの肩を掴む。その瞬間に後ろに指が入ってきて思わず仰け反った。
「ここも」
「あ…っあ」
緩やかに前も指先で責められ始める。シュガットと同じようなやり方、けれど、カークが望んで押しつけた部分はしっかり力を強めてくれて、見る見る快感が高まっていく。
「ほら、もっと動いて」
「は、うっ」
促されて腰を振り、指を受け入れ、指に押し付け揺さぶっていく。やがて信じられないほどあっさりと、限界が脳裏を走った。
「あ、あっ」
紅に染まる視界に密やかにはっきりと命じられる声。
「僕の名前を呼びなさい」
「ラ……イヤ…っ」
「……いい声ですね」
「っは、あ、あっ」
駆け上がった後、崩れるように倒れ込んだのをしっかり抱き止められて、思わずすがりついた。
その身体を温かな湯で流されて、抱きかかえられながらもう一度ジャグジーに入る。とろりと蕩けた感覚、繰り返す自分の呼吸が抱いている男の呼吸とゆっくり重なっていくのを静かに味わっていると、
「………テストはいかがでしたか?」
「え…?」
見上げた相手の瞳が波立ってもいないのを見つけてようやく気がついた。
「そうか…」
これは、採用試験、だったということか。
「満足だ」
カークは目を閉じた。忘れかけた血の味が口の中一杯に広がって吐きそうになったが、それを飲み下しながら嗤った。
「今日から私の身の回りの世話をしろ」
今の今まで優しく舌を遊ばせてくれたのに、急に冷やかに扱われて、混乱と困惑に相手を見上げたまま瞬きする。
ここまで来てカークを拒んだ人間などいない。シュガットは元より、ブルーム、マジェスだって、正面からの誘惑には揺らがなかったものの、頼りなげな不安定な様子で誘えば、それなりにじわりと落とされてきた。
「聞こえましたか?」
相手は冷然と繰り返す。
「確かに僕はあなたの欲望の処理係ですが」
淡々とした声で男はカークに言い聞かせる。
「他の男の精液の匂いを振り撒いてる相手に襲いかかるほど飢えてませんし」
「……っ」
ふいに視界がはっきりした。
同時に相手の顔に広がっている軽蔑の色にも気がついた。
この男はこれまで連れてこられた相手とは違う。カークを恐れてもいないし、欲情しているわけでもない。今ここに居て、さっきまでカークを抱きとめていて、水をくれたのも『仕事』としての範疇、そういう発想で居るのだ。
つまり、さきほどの、柔らかく背中を撫でてくれた仕草さえも。
ずきり、と胃の奥が傷んだ。
「……贅沢だな」
まだ側に侍っている男を、今度は自分で突き放しながら何とか立ち上がる。
「名前はなんと言う」
「……」
沈黙に振り返ると、相手は水差しとコップを手にしたまま、どこか訝るような顔で見上げている。
「名前は」
「……ミシェル・ライヤーです」
「ライヤー……」
ミ、シェル。
口の中でその名前を一瞬ひどく甘く感じて、首を振る。
「誰が手配した」
「エバンスくんです」
「エバンスくん?」
「ああ……ごめんなさい、エバンスさん、ですね」
くす、と軽く笑って立ち上がった相手の柔らかな微笑に見愡れた。部屋の中の日射しを思わせる温かな笑み、けれど、それを意識したとたん、泣きたいような絶望感に見舞われる。
その笑みの先に、自分は居ない。
おそらくは、永久に。
「……エバンスが、よこしたのか」
「ええ、僕は『貢ぎ物』なんですって」
「……たいした『貢ぎ物』だな。エバンスらしい」
「期待はずれですか」
「期待はずれだ」
いつもすがりかけては砕け落ちる期待を、私は何度味わえば気がすむのか、と虚ろに笑った。
「だが、枕としては優秀だ」
「ありがとうございます」
皮肉にもしらっとしている相手を少し振り返る。
「風呂を準備していると言ったな」
「はい」
「スポンジの役目はできるのか」
目を細めて挑発する。
「できなければ不要だ」
「それは困るなあ」
しらっと笑ったライヤーはカークの後を追ってきた。
ライヤーの掌の中で丁寧に泡立てられた白い泡が盛り上がる。
「どうぞ」
「ん」
促されてジャグジーから上がる。ざっと汚れを洗い落とした身体に、今度はためらいなくライヤーが泡に塗れた手で触れてくる。始めは両手で頬を包まれた。それから首筋と耳をゆっくり撫で摩られ、肩へと指が滑っていく。
「……どうしたんです」
「?」
「この蝶」
胸まで来て、ライヤーの指が乳首の側で止まった。指先を意識して尖ってしまったのを嘲笑われるのかと思ったがそうではなくて、いつぞやの薔薇の棘で切り裂いた蝶の崩れた入れ墨をそろりと撫でられて、思わず軽く身体を竦める。
「触れるな」
「なぜ」
「……っ」
ぬるりとした感触が傷と入れ墨を混ぜ込むように撫でてくるのに思わず息を呑んだ。そんなところが過敏になっているとは知らなくて、思わず身体を引くと、いつ間に回っていたのか腰の後ろをもう片方の手で押さえられて逃げ場を失う。
「綺麗なのに、こんなにめちゃくちゃにして」
「……もう……飽きた…っ」
声が震えたのを必死に堪えて睨みつけると、ライヤーは楽しそうに微笑んでいる。
「弱いんですね、ここ」
「…、あっ」
はっとする間もなく、指先で乳首を強く摘まみ上げられて声を上げる。走った震えがまともに腰に駆け抜けて、思わず唇を噛んだ。
が、それ以上の愛撫はしてくれずに、そのまま興味を失ったように泡を塗り立てながら、掌は下へ動いていく。腹を撫で、臍の中を何度かゆっくりと探り、もう片方の手で背中の隅々を摩りながら腰へ降りていく。
「脚を開いて」
「……汚いんじゃないのか」
「お仕事ですから……僕は今スポンジなんでしょう?」
「……ぁ」
するりと入り込んだ指先は寸分違わずにカークの後ろを探し当てた。ぬるぬるした指の腹がさんざん何度もこじ開けられた部分を押してくる。柔らかで遠い感触にどうしても受け入れようとするように開くのを、そっけなく通り過ぎられて、腰が揺れてしまう。
「……揺れてますね」
「っ…」
「足りないの」
「……構うな」
まるで何かの実験動物の反応を読むように指摘されて顔が熱くなった。
「ここも」
「…ん…っ」
勃ち上がってきた前をライヤーの掌が包み込み、ごくりと唾を呑み込む。だが、ライヤーは積極的に手を動かそうとしない。
「スポンジですからね」
「っく」
「隅々まできれいにするのがお仕事」
「……っあ」
じれったさに跪いているライヤーの肩を掴む。その瞬間に後ろに指が入ってきて思わず仰け反った。
「ここも」
「あ…っあ」
緩やかに前も指先で責められ始める。シュガットと同じようなやり方、けれど、カークが望んで押しつけた部分はしっかり力を強めてくれて、見る見る快感が高まっていく。
「ほら、もっと動いて」
「は、うっ」
促されて腰を振り、指を受け入れ、指に押し付け揺さぶっていく。やがて信じられないほどあっさりと、限界が脳裏を走った。
「あ、あっ」
紅に染まる視界に密やかにはっきりと命じられる声。
「僕の名前を呼びなさい」
「ラ……イヤ…っ」
「……いい声ですね」
「っは、あ、あっ」
駆け上がった後、崩れるように倒れ込んだのをしっかり抱き止められて、思わずすがりついた。
その身体を温かな湯で流されて、抱きかかえられながらもう一度ジャグジーに入る。とろりと蕩けた感覚、繰り返す自分の呼吸が抱いている男の呼吸とゆっくり重なっていくのを静かに味わっていると、
「………テストはいかがでしたか?」
「え…?」
見上げた相手の瞳が波立ってもいないのを見つけてようやく気がついた。
「そうか…」
これは、採用試験、だったということか。
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