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63.『支配を望むなかれ』
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「高いのよ」
割れた茶碗を前にリヤンが目を据えてカザルを睨む。
「ごめん、なさい」
ぺこりと頭を下げて、それでも相手の視線が冷やかなままなのに、カザルは首を竦めて、慌てて付け加えた。
「俺、働いて返します」
「当たり前でしょ」
取り付くしまもなく言い放ったリヤンに、リーンがおろおろしている。
「どれぐらい……働けばいいのかなあ」
俺、こういうものの値段わかんなくて。
ぶつぶつ呟きながら首を捻るカザルに、リヤンがぶすっとした顔で続けた。
「その前に、どうやって働く気」
「え?」
「家の修理はほとんど終わってるし、他に男手がいるものって『華街』にないわよ?」
「え、だけど、俺、見世に」
「殺されたいの?」
「は?」
「あれほど命がけで連れ戻ったあんたを見世なんかに出したら、オウライカさんがぶち切れるじゃない」
「あ…」
思い出したのは夢の中、輿で貪られた感覚。一気に身体が熱くなってリヤンと目を合わせられなくなる。
「何よ」
「いや、あの」
「何思い出してんの」
「な、何って」
「いやらしい顔しちゃって」
「い、いやらしい…っ」
思わず零れそうになった息を慌てて掌で覆うと、耳の奥で余計に自分の喘ぎが響き渡った。
「それとも何? ぶち切れたオウライカさんに好き放題なことされたいの?」
あれでも十分気が狂いそうだったのに。
「そん、な」
「むかつくわね、もう。なんで女のあたしより華やかな顔してんのよ」
「リ、リヤンさん」
「自覚してないようだから言っとくけど、今みたいな顔晒してへたな場所歩いてたらすぐ攫われるからね」
よっぽどいい思いしたのねー、とあてこすられてカザルはますます熱くなった顔で俯いた。
「それで?」
「は?」
「抱いてもらったの?」
「う……うん」
「あんな体調でよく抱けたわね……執念かしら」
リヤンが眉を潜めるのに、オウライカの名誉を守ろうと口を挟む。
「あの、実際にじゃなくて、夢の中だけど」
「は?」
「夢の、中」
「……あんたねえ」
呆れたようにリヤンが細い腕を組んで睨み付けた。
「ふざけんのもいい加減にしなさい。それって単にあんたの妄想って可能性もあるんじゃない」
「う」
「あんたの夢の中にオウライカさんが出てきてあんたを抱いてくれたって、オウライカさんの方はどうだかわかんないでしょ」
「う…うん」
目覚めたとは言え、オウライカの疲労は強くて、まだ寝たり起きたりが続いている。それはひょっとするとトラスフィ言うところの「中身を失った」状態に慣れるためなのかもしれないけれど、時々真っ青になっていることもあって、とても夢の内容について尋ねたり確認したり、ましてや抱いてくれとねだることなどできない。
「で、でも」
あの感触は。
あの感覚は。
あの。
「……う」
蒼銀の輪が頭を掠めてカザルはくらりとした視界に息を呑む。
目覚めてみれば当然自分のものにそれは嵌められてはいなくて、その後オウライカが戻ってきたからばたばたしていて忘れていたけど、張り詰めたものを縛られた感覚がまだそこに残っている。
まるでオウライカの所有を示されるようで。
嬉しくて切なくて、駆け上がることさえオウライカの声一つでと命じられたようで。
それはブルームに快感を制御されるのとは全く違った安心感だった。
どこまで狂ってもどこまで壊れても、きっとオウライカが掬い上げ拾い上げてくれる。だからカザルは心のままに解放されてかまわない。泣きながらねだって、腰を振って求める、その手技でさえカザルのものと愛しんでくれるような視線に包まれながら抱かれるのは、味わったことのない幸福感だったのに、それを象徴する蒼銀の輪は、今カザルには与えられていない。
欲しい。
オウライカが、オウライカの与えてくれる支配が欲しい。
「俺……おかしくなっちゃったかも…」
「は?」
「なんか……オウライカさんに……縛られたい」
「………こら」
リヤンがうっそりと目を細めた。
「それが刺客の言うことなの?」
「だって」
想像するだけで視界が潤みそうになるよ。
「言っとくけど、オウライカさんにそういう趣味はないわよ」
むしろ、さあ離れろって突き出されるんじゃない?
「……うん……だよね」
そうだろう、あの人はきっと、俺を縛ってなんかくれない。
切ない気持ちに胸が痛んでカザルは唇を噛んだ。
無意識に束ねた髪の毛を触る。
カザルに与えられたのはこの蝶の簪だけ。強く頭を振れば解け落ちてしまう頼りない絆だけ。
それを留めておくのも外してしまうのもカザルの自由、それがオウライカの思い遣りだと思い込めるほど自惚れてはいない。
「……いっそ、オウライカからもらうか」
「は?」
リヤンが気付いたように呟いて顔を上げた。
「柱の傷も直さなくちゃならないしね」
「う」
「カザルくんは今うちのとこのだし、それを看病に貸し出してるんだから、その手間賃ってことでもらってもいいわよね……」
「リヤンさん……」
それがこの間までオウライカの体を案じていた人間の言うことなの、とカザルが鼻白むと、リヤンがにこりと笑った。
「人間だから御足がないと生きてけないのよ?」
割れた茶碗を前にリヤンが目を据えてカザルを睨む。
「ごめん、なさい」
ぺこりと頭を下げて、それでも相手の視線が冷やかなままなのに、カザルは首を竦めて、慌てて付け加えた。
「俺、働いて返します」
「当たり前でしょ」
取り付くしまもなく言い放ったリヤンに、リーンがおろおろしている。
「どれぐらい……働けばいいのかなあ」
俺、こういうものの値段わかんなくて。
ぶつぶつ呟きながら首を捻るカザルに、リヤンがぶすっとした顔で続けた。
「その前に、どうやって働く気」
「え?」
「家の修理はほとんど終わってるし、他に男手がいるものって『華街』にないわよ?」
「え、だけど、俺、見世に」
「殺されたいの?」
「は?」
「あれほど命がけで連れ戻ったあんたを見世なんかに出したら、オウライカさんがぶち切れるじゃない」
「あ…」
思い出したのは夢の中、輿で貪られた感覚。一気に身体が熱くなってリヤンと目を合わせられなくなる。
「何よ」
「いや、あの」
「何思い出してんの」
「な、何って」
「いやらしい顔しちゃって」
「い、いやらしい…っ」
思わず零れそうになった息を慌てて掌で覆うと、耳の奥で余計に自分の喘ぎが響き渡った。
「それとも何? ぶち切れたオウライカさんに好き放題なことされたいの?」
あれでも十分気が狂いそうだったのに。
「そん、な」
「むかつくわね、もう。なんで女のあたしより華やかな顔してんのよ」
「リ、リヤンさん」
「自覚してないようだから言っとくけど、今みたいな顔晒してへたな場所歩いてたらすぐ攫われるからね」
よっぽどいい思いしたのねー、とあてこすられてカザルはますます熱くなった顔で俯いた。
「それで?」
「は?」
「抱いてもらったの?」
「う……うん」
「あんな体調でよく抱けたわね……執念かしら」
リヤンが眉を潜めるのに、オウライカの名誉を守ろうと口を挟む。
「あの、実際にじゃなくて、夢の中だけど」
「は?」
「夢の、中」
「……あんたねえ」
呆れたようにリヤンが細い腕を組んで睨み付けた。
「ふざけんのもいい加減にしなさい。それって単にあんたの妄想って可能性もあるんじゃない」
「う」
「あんたの夢の中にオウライカさんが出てきてあんたを抱いてくれたって、オウライカさんの方はどうだかわかんないでしょ」
「う…うん」
目覚めたとは言え、オウライカの疲労は強くて、まだ寝たり起きたりが続いている。それはひょっとするとトラスフィ言うところの「中身を失った」状態に慣れるためなのかもしれないけれど、時々真っ青になっていることもあって、とても夢の内容について尋ねたり確認したり、ましてや抱いてくれとねだることなどできない。
「で、でも」
あの感触は。
あの感覚は。
あの。
「……う」
蒼銀の輪が頭を掠めてカザルはくらりとした視界に息を呑む。
目覚めてみれば当然自分のものにそれは嵌められてはいなくて、その後オウライカが戻ってきたからばたばたしていて忘れていたけど、張り詰めたものを縛られた感覚がまだそこに残っている。
まるでオウライカの所有を示されるようで。
嬉しくて切なくて、駆け上がることさえオウライカの声一つでと命じられたようで。
それはブルームに快感を制御されるのとは全く違った安心感だった。
どこまで狂ってもどこまで壊れても、きっとオウライカが掬い上げ拾い上げてくれる。だからカザルは心のままに解放されてかまわない。泣きながらねだって、腰を振って求める、その手技でさえカザルのものと愛しんでくれるような視線に包まれながら抱かれるのは、味わったことのない幸福感だったのに、それを象徴する蒼銀の輪は、今カザルには与えられていない。
欲しい。
オウライカが、オウライカの与えてくれる支配が欲しい。
「俺……おかしくなっちゃったかも…」
「は?」
「なんか……オウライカさんに……縛られたい」
「………こら」
リヤンがうっそりと目を細めた。
「それが刺客の言うことなの?」
「だって」
想像するだけで視界が潤みそうになるよ。
「言っとくけど、オウライカさんにそういう趣味はないわよ」
むしろ、さあ離れろって突き出されるんじゃない?
「……うん……だよね」
そうだろう、あの人はきっと、俺を縛ってなんかくれない。
切ない気持ちに胸が痛んでカザルは唇を噛んだ。
無意識に束ねた髪の毛を触る。
カザルに与えられたのはこの蝶の簪だけ。強く頭を振れば解け落ちてしまう頼りない絆だけ。
それを留めておくのも外してしまうのもカザルの自由、それがオウライカの思い遣りだと思い込めるほど自惚れてはいない。
「……いっそ、オウライカからもらうか」
「は?」
リヤンが気付いたように呟いて顔を上げた。
「柱の傷も直さなくちゃならないしね」
「う」
「カザルくんは今うちのとこのだし、それを看病に貸し出してるんだから、その手間賃ってことでもらってもいいわよね……」
「リヤンさん……」
それがこの間までオウライカの体を案じていた人間の言うことなの、とカザルが鼻白むと、リヤンがにこりと笑った。
「人間だから御足がないと生きてけないのよ?」
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