『DRAGON NET』

segakiyui

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66.『龍を縛るなかれ』

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「ん、ぅっ」
 きり、と白い歯が唇を噛み締める。
「きついですか」
「へ…いき…っ」
 ルワンがちらりとくすぐったそうな笑みを浮かべて、ベッドの端を握りしめて脂汗を流しているカザルを見遣ってくる。
「なに…っ」
「麻酔、使った方がいいですよ」
「慣れ…てるもん……それ…に……っ、」
 こんなの、オウライカさんが背負ってるものに比べれば、たいしたことじゃない。
 眉を寄せ、きつく眼を閉じたカザルの呟きに、やれやれ、とルワンが嘆息した。
「意外に古風ですねえ」
「……ほっと、いて……」
 筋彫りの済んだところに少しずつ陰影と立体感を加えていくボカシの作業はこれで三日目、始めはぼんやりとしていた図柄は今、カザルの膝上から脚に絡み付いて這い上がる一匹の龍になって、右胸に向かって猛々しく口を開いている。右の乳首の下には繊細な線で描かれた黒蝶一頭、龍は白い花弁を体に散らしていて、さしづめ蝶を喰らう花龍というところだ。
 やや濃いめの肌に浮き上がる濃淡はカザルが痛みを堪えて体をうねらせるたびに蠢いて、まるでカザルそのものが龍に喰われていくようだ、とルワンは喜んだ。
「……いい仕事になりました」
「っ、ん」
「彫り上がりもいいし」
「は、っ」
 指を滑らせて内股の方へ龍の図柄を追っていくルワンが、静かにカザルのセンサーを撫でる。
「これも初めてまともに触った」
「や…っ」
「感じるんですね、ここ」
「…よ、せよっ」
「背中が震えてる」
「……っく」
 ひょっとしてまだ抱いてもらってないんですか。
 柔らかく確認されて、カザルは溢れそうになった涙を堪えた。
「……無理、だもん」
 まだオウライカは丸一日床を離れられない。
 あまりにも長過ぎるわね、とリヤンが不審がったのを、トラスフィは片目見えなくちゃいろいろ大変なんだよ、と笑って流していたが、左目を覆った黒い眼帯の向こうに何かががさりと欠けているのを、カザルは感じる。
 なくなってる。
 入れ墨をされる痛みより、それが胸を貫く。
 オウライカさんの中身、半分、いやもっとたくさん、なくなってる、きっと俺のせいで。
 『夢喰い』の一件から戻って、カザル自体は以前よりも人の気配や内側にあるものに敏感になった。リヤンや雪乃や、沖田の不安さえわかるし、トラスフィが緊張と警戒を耐えている厳しさも感じる。自分の中にある不可思議な闇の部分や、センサーがどんなふうに自分の神経を支配しているのかも感じ取れるようになった。
 オウライカは語らない。戻る前と変わらず朴念仁ぶりを発揮して、カザルが側に居ても居なくても、静かに穏やかに冷えきった湖のように醒めている。
 もっと近くに寄り添って、もっと深くに入り込んで、オウライカの存在を確かめたいのに、それは体の表面で軽く流され拒まれている。
 抱いて、とねだるには、オウライカの体調が悪すぎるし、カザルの負い目が重すぎた。
「無理、なんだもん」
 掴めない、縛られない、側に居ることさえかなわない。
 『夢喰い』の世界であれほど縮まったと思った距離が、オウライカが失った中身の分だけ、いやそれ以上に遠ざかってしまったようで、ましてやセンサーに自分がどれほど固く縛られているかを理解した後では、そんなカザルをオウライカが求めるはずはないとさえ思えてきて、身動きとれなくなってしまった。
「やっぱりオウライカさんは男に興味はないんでしょう」
 ルワンがあっさりと突き落とす。
「カザルさんは確かに色っぽいですが」
「ル、ワっ」
 針を置いた指が布で覆った中心をゆっくりと撫でる。びくりと震えたカザルは、刺激されたそこが急に熱を持つのに唇を噛んだ。
「ずいぶん放っておかれてるんですね」
「続けろ、よ」
「何を」
 これを、ですか。
「はぁっ…」
 彫りを、と促したつもりが、明らかに意図を持って勃ちあがり始めたものを摩り上げられ、思わず息を吐いた。眉を寄せて仰け反った視界に、ルワンが薄く笑みを浮かべている。
「私はあなたが嫌いなんです」
「っく、」
「あの人を現世に呼び戻してしまうでしょう?」
「ん、んうっ」
 指先で弄ばれながら、それを拒む前に腰が動く。
「誰にでもそうやって堕ちるあなたが、あの人を手に入れるなんて許せない、そう思ってた」
「や…め」
 傷ついた半身の熱と、中心から煽られる熱に感覚が溶けていく。
「でも……あなたは本気らしい」
「あ…、あ…あっ」
 カザルは喘ぎながら目を閉じた。駆け上がれる寸前に追い詰められて、視界が潤み、流れ落ちる。シーツを掴んだまま腰を振り、包まれる指に蒼銀の輪を重ねた。
 イかせて、オウライカさん。
 胸の中で甘えてねだる。
 ねえ、オウライカさん。
 絶対口にできない一言を。
 俺を、抱いて。
「も…っと…」
「いい顔をしますね」
「ひ…っ」
 ひんやりとしたもう片方の指が入れ墨のどこかに触れて、カザルは息を引いた。閃光のような痛み、同時に抵抗できない強烈な快感に意識を飛ばしそうになって目を見開く。
「い、や……っ」
「じっとして、そのままで堪えて下さい、今だけ」
「う、ぁ、あ、あ、あ、っ」
 ぐしゃり、と体の中心で何かが潰れた。ぞっとする寒気に襲われて怯える。
「こ…われ……る…っ」
「もう少し。あなたなら、大丈夫、なはずだ」
「あ、が…っう…っうう、ううっ」
 よだれが伝った。涙が溢れ落ちた。全身が痙攣して硬直する。ぶつっ、と体の中で太いものが切れた感覚があった。がたがたがたっ、と激しく勝手に跳ね上がった体をルワンが押さえつける。同時に中心をきつく絞り込まれて視界が爆発する。
「っっっっ」
 がんっ、と大きな音がした。
 世界が真っ暗になる。静まり返り、遠ざかる。
 俺、死ぬの……?
 頭の中で小さな声がした。
 オウライカさん……。
 …………最後に一度……。
 会いたかったな……。
 ふいに闇の中に白い手が浮かんだ。
 すうっと目の前で下に指を降ろして、何かをそっと拾い上げる。
 それはいつかかかっていたカザルの心にかけられた薄物だ。
 オウライカさん……?
 オウライカさんでしょ?
 なんで手だけ……なんで……全身来てくんないの……。
 手だけじゃ満足なんてできないのに、そう呟いて熱くなった息を吐くと、いきなり薄物が燃え上がった。
 う、わっ。
 悲鳴をあげるカザルの前で、オウライカの手がみるみるその炎に焼かれていく。
 やだ…っ!
 大丈夫だ。
 静かな声が告げた。
 もう、大丈夫だ、カザル。

「や、…あ…っ」
「…ザルさん」
「……っ」
「わかりますか、カザルさん」
「…………ふ」
 ふいに、さっきの音は、感覚の暴走に耐え切れなくなって自分が頭を打ちつけたものだと気がついた。
 どのぐらい気を失っていたのだろう、体が熱くて重い。のろのろと目を開けると、ルワンが白い顔で覗き込んでいる。
「……わかりますね?」
「……ル……ワン……」
「体は動きますか?」
「動くよ…」
 いくら抱き尽くされて拷問されても、そんなことで動けなくなることなんてない、『塔京』のカザルは。
 冷えた心で笑って頷いて、違和感に気付いた。
「あ…れ?」
「……わかるんですね?」
「……センサー……ない……?」
 呟いて、その意味に気づいた。
「え、え…っ」
 ぐったりしている全身を無理矢理起こすと、始めにルワンの施術室で着ていた上っ張りをまた丁寧に着せられて、濡れた股間も浄められている。半身入れ墨のせいか熱くはあるものの、何より脚の付け根にあった塊がない。
「電子部品だと思っていたら、生体だったとは驚きました」
「生体……?」
「カザルさんの体に特殊な加工を施し、異種化してセンサーにしてたってことです」
 だから切り離すという方法はまずかったんですね、とルワンは納得した顔だが、カザルには何がなんだかわからない。
「オウライカさんから頼まれていました」
「オウライカさんから?」
「カザルの中に『ガード』をつくってみたから、今ならセンサーを外せるかも知れない、何かの折りに試してみてほしいと」
「じゃあ……あれは…」
 オウライカが設えた『ガード』だったのか。でも、ならば、あの燃え上がった手は、つまり。
「おめでとうございます、晴れて自由の身ですね」
「嬉しく……ない」
「は?」
 カザルは泣き笑いしながら俯いた。
「俺……もう………オウライカさんに構ってもらえなく……なっちゃった……」
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