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77.『光砂』(1)
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目を灼くような強い陽射しが照り渡っている。
広がっている砂の平原、一粒一粒がぎらぎらと激しく光り輝いている。
熱気に圧倒される。
陽炎が揺らめいているのか、砂漠は僅かな平坦しかないはずなのに、波打っているように見える。
その中に、一人、誰かが立っていた。
こんな熱量に焼かれている大地、生き物の生存を一瞬たりとも許さないような世界に。
「ああ」
カークは思わず呻いた。
人の形をした影としか見えないようなその姿を、けれどカークは見誤ることなどなかった。
「ライヤー」
ほっそりとしたいつもの見慣れたスーツ姿だ。まるでここは砂漠ではなく、カークのオフィスであるかのように平穏で淡々とした横顔は、静かに俯いて砂の面を見つめている。
唐突にカークは理解する。
これは『紋章』だ。
一度だけ、オウライカがカークにも手解きしてくれようとしたことがあるが、その時は見えなかったし感じなかった。
人の心には『紋章』があり、それはその者の存在の奥深くまで繋がっている。『紋章』をひとたび掌握してしまえば、人はその相手を容易く操ることができる。
『だからこれは破滅の技だ』
オウライカは苦笑いしながら付け加えた。
『こんなもので人の命が左右されてはたまらん、そうだろう?』
けれど『斎京』では、その技は日常として生きている。
だからこそ『塔京』は『斎京』を、そこに生きる全てのものを警戒し監視対象としなくてはならないと思い仮想敵として考える、自分達の未来を蹂躙する存在として。
『紋章』は言わば、両者を分け隔てる深く大きな河のようなものだ、と。
だが、今カークの視界を覆う、猛々しい死の砂漠はカークとライヤーを隔てるものではなかった。
むしろ、何度体を重ねても何度求め合っても辿り着けなかった最後の壁が壊れたような距離感、ひどく近しい、まるでこの肌身の内側にライヤーの存在があるほどの。
そして、それは、ライヤーがカークには決して望んでみせることはない姿だ。
砂漠のライヤーはゆっくりと空を見上げる。
青いはずだが、光が眩し過ぎて白くさえ感じるその空に、小さな小さな何かが舞っている。
「…黒蝶…」
カークはそれを見てとれた。か細い脚も羽根の先までくっきりと。そしてそれが何であるかも理解出来た。
「オウライカさん…」
ライヤーは見上げている。
飛び去る蝶を身じろぎもせず。
見失うことさえ許さないように見上げ続ける、その華奢な姿にカークは胸が詰まった。
「ライヤー…」
詰まった胸を満たしたものがことばと同時に視界を歪ませて溢れ落ちる。
「お前は…これほど餓えていたのか…」
これほどの砂漠。
これほどの孤独。
その痛みをカークは今まで気づかなかった。
「なのに…私に…くれたのか…」
脳裏に過ったのは明るい陽射しの中で、紅茶のカップを手に微笑むライヤーの姿。ベッドの中で自分を見下ろす甘い瞳、静かに頬を撫でてくれる優しい指。
「そんなもの……お前には……なかったじゃないか…」
きっとおそらく、ただの一度も、カークが受け取ったものをライヤーは味わったことがないはずだ。満たされ安らぎ希望に胸を膨らませて迎えた朝が、数えるほどしかなかったはずだ。
「なのに…どうして……くれた…?」
彼方に向かってカークは問い続ける。
「どうして……くれることが……できたんだ……?」
いつの間にか砂漠に寝転び、同じ陽射しに灼かれながら、カークはライヤーを見つめ続け、尋ね続ける。
ふい、とライヤーが体を動かした。
何かに呼ばれたように振り返る。
その視線がまっすぐカークを捉えたかと思うと、ライヤーがふいに駆け寄ってきた。その背中の空に、黒蝶が舞い上がってもっと小さくなり消えていく。
「……見失う…」
「カークさん!」
「……行ってしまうぞ…ライヤー…」
「どうしてここに!」
不安と恐怖に体を震わせながら呟くカークは、消え失せていく蝶を必死に目で追う。その視界を遮るように屈み込んだライヤーが両腕を伸ばして自分を抱き上げてくれる。
「ライヤー…っ」
「カークさん…っ」
抱き締められた瞬間にわかる、ライヤーのこの豊かな反応を引きずり出したのはオウライカだ。オウライカが消え失せる自分の身を削ってライヤーを満たした。そして、そのライヤーが、今自分の願いの星を振り切って、カークを抱きに来てくれている。
「お前……っ」
また失ってしまうのに。
またこの砂漠にたった一人、残されていってしまうというのに。
これほど渇いた孤独な場所を唯一満たしてくれた存在を、カークを抱き締めるためにライヤーは捨ててしまった。
それに見合う、自分にいったい何があるというのか。
広がっている砂の平原、一粒一粒がぎらぎらと激しく光り輝いている。
熱気に圧倒される。
陽炎が揺らめいているのか、砂漠は僅かな平坦しかないはずなのに、波打っているように見える。
その中に、一人、誰かが立っていた。
こんな熱量に焼かれている大地、生き物の生存を一瞬たりとも許さないような世界に。
「ああ」
カークは思わず呻いた。
人の形をした影としか見えないようなその姿を、けれどカークは見誤ることなどなかった。
「ライヤー」
ほっそりとしたいつもの見慣れたスーツ姿だ。まるでここは砂漠ではなく、カークのオフィスであるかのように平穏で淡々とした横顔は、静かに俯いて砂の面を見つめている。
唐突にカークは理解する。
これは『紋章』だ。
一度だけ、オウライカがカークにも手解きしてくれようとしたことがあるが、その時は見えなかったし感じなかった。
人の心には『紋章』があり、それはその者の存在の奥深くまで繋がっている。『紋章』をひとたび掌握してしまえば、人はその相手を容易く操ることができる。
『だからこれは破滅の技だ』
オウライカは苦笑いしながら付け加えた。
『こんなもので人の命が左右されてはたまらん、そうだろう?』
けれど『斎京』では、その技は日常として生きている。
だからこそ『塔京』は『斎京』を、そこに生きる全てのものを警戒し監視対象としなくてはならないと思い仮想敵として考える、自分達の未来を蹂躙する存在として。
『紋章』は言わば、両者を分け隔てる深く大きな河のようなものだ、と。
だが、今カークの視界を覆う、猛々しい死の砂漠はカークとライヤーを隔てるものではなかった。
むしろ、何度体を重ねても何度求め合っても辿り着けなかった最後の壁が壊れたような距離感、ひどく近しい、まるでこの肌身の内側にライヤーの存在があるほどの。
そして、それは、ライヤーがカークには決して望んでみせることはない姿だ。
砂漠のライヤーはゆっくりと空を見上げる。
青いはずだが、光が眩し過ぎて白くさえ感じるその空に、小さな小さな何かが舞っている。
「…黒蝶…」
カークはそれを見てとれた。か細い脚も羽根の先までくっきりと。そしてそれが何であるかも理解出来た。
「オウライカさん…」
ライヤーは見上げている。
飛び去る蝶を身じろぎもせず。
見失うことさえ許さないように見上げ続ける、その華奢な姿にカークは胸が詰まった。
「ライヤー…」
詰まった胸を満たしたものがことばと同時に視界を歪ませて溢れ落ちる。
「お前は…これほど餓えていたのか…」
これほどの砂漠。
これほどの孤独。
その痛みをカークは今まで気づかなかった。
「なのに…私に…くれたのか…」
脳裏に過ったのは明るい陽射しの中で、紅茶のカップを手に微笑むライヤーの姿。ベッドの中で自分を見下ろす甘い瞳、静かに頬を撫でてくれる優しい指。
「そんなもの……お前には……なかったじゃないか…」
きっとおそらく、ただの一度も、カークが受け取ったものをライヤーは味わったことがないはずだ。満たされ安らぎ希望に胸を膨らませて迎えた朝が、数えるほどしかなかったはずだ。
「なのに…どうして……くれた…?」
彼方に向かってカークは問い続ける。
「どうして……くれることが……できたんだ……?」
いつの間にか砂漠に寝転び、同じ陽射しに灼かれながら、カークはライヤーを見つめ続け、尋ね続ける。
ふい、とライヤーが体を動かした。
何かに呼ばれたように振り返る。
その視線がまっすぐカークを捉えたかと思うと、ライヤーがふいに駆け寄ってきた。その背中の空に、黒蝶が舞い上がってもっと小さくなり消えていく。
「……見失う…」
「カークさん!」
「……行ってしまうぞ…ライヤー…」
「どうしてここに!」
不安と恐怖に体を震わせながら呟くカークは、消え失せていく蝶を必死に目で追う。その視界を遮るように屈み込んだライヤーが両腕を伸ばして自分を抱き上げてくれる。
「ライヤー…っ」
「カークさん…っ」
抱き締められた瞬間にわかる、ライヤーのこの豊かな反応を引きずり出したのはオウライカだ。オウライカが消え失せる自分の身を削ってライヤーを満たした。そして、そのライヤーが、今自分の願いの星を振り切って、カークを抱きに来てくれている。
「お前……っ」
また失ってしまうのに。
またこの砂漠にたった一人、残されていってしまうというのに。
これほど渇いた孤独な場所を唯一満たしてくれた存在を、カークを抱き締めるためにライヤーは捨ててしまった。
それに見合う、自分にいったい何があるというのか。
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