『DRAGON NET』

segakiyui

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77.『光砂』(2)

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「ああ……よかった…」
 耳元で低く囁かれる声に、背骨の付け根がぞくりと竦んだ。
 腹の底から淡く熱い、何かが湧き上がり駆け巡り、体を震わせ息を弾ませていく。
「ライヤー…」
 囁き返す声が蕩けるぐらいに甘えている。
 瞬いて、目を閉じる。
 『これ』は何だろう。
 この衝動は欲望と少し違う。いや、違う形の欲望なのか。
 さっきまで目の前で絡み合っていた二体の存在からは感じ取ることができなかった、脈打つ拍動、内側から膨れ上がり、満ちて増え行く熱い塊。
「何だろう…」
「…何が…?」
 カークを抱えたままのライヤーが呟く。
「…私が……増える…」
「増える……?」
「増えて……満ちて……」
 カークは目を閉じ、その感覚に身を委ねる。
 やがて切なく深い溜め息を漏らした瞬間、ふつっと体が弾け飛ぶような気がして、
「…カークさん……っ?」
 悲鳴のような声を上げるライヤーをいきなり眼下に見下ろした。
「どこに…っ」
 うろたえて両腕を開いたり閉じたりしているライヤーが可愛らしく、微笑んで囁く。
「ライヤー…」
「え……っ」
 振り仰いで見上げたライヤーの上に広がった自分が,四方八方に飛び散っていくのを感じる。
「カークさん……?」
 ああ、ここにいるよ。
 驚きに眼を見張るライヤーを包むように、自分の姿が紅の飛沫となって、砂漠の一粒一粒に振りまかれていくのを感じた。

 今こそ満たそう。
 そう声が響く。
 カークの体のそこかしこから、全ての細胞を震わせて。
 うめよふえよちにみてよ。
 それは何の呪文だったのか。
 ひとよほろぶな。
 繰り返されてきた切なく激しいこの祈り。
 願って重ねて、あらゆる手立てを尽くし切って。
 それでも滅ぶしかない失うしかないと知った者の、魂を振り絞る号泣が聴こえる。
 なぜだなぜだなぜだ。
 簡単なことじゃないか。
 カークは微笑む。
 この体は失われる。
 けれど、ライヤーの砂漠は潤い新たな命を芽吹くだろう。
 この想いは消えてしまう。
 けれど、今は嘆き哀しむライヤーがいつかは立ち上がり繋いでくれるだろう。
 なぜ消失を受け入れられる?
 消失ではないからだ。
 消失ではない?
 それは変化に過ぎない。
 この汚れ腐り切った体は既に私が必要とするものではなくなった。
 私が必要としているのは、ライヤーを慰め憩わせ満たす存在としての自分。
 私は今、次の体を作り上げている。
 私の願いに応じることができる、私の祈りを貫ける、強靭で明るく豊かな魂を入れる器を。
『それをくれそれをくれそれをあああああリフなぜくれないそれだリフ』
 ふいに体のどこかから引き戻されて来た悲痛な声が叫んだ。
 ああ、そうか。
 カークは笑みを深める。赤子のように邪気なく、わからなかったことがようやくわかった、ただそれだけの喜びに。
 あなたはこれが欲しかったのか。
「残念だな」
 静かに囁く、のたうつ父の幻に。
「あなたにはこれが見えもしないのだろう」
 さなぎから抜け出す蝶の体は、さなぎでいることを望む心には見つからない。
「あなたは手放せないからな」
 機械仕掛けになっても、美しく妖しく欲望を集めることしか考えつかない、他者の精気を吸い取り自らの餌に仕立て上げることしか思いつかない心は、自分の全てを粉微塵に刻むことなどできはしない。
「これは、その先にあるんだよ」
 体を脱ぎ捨ててわかる、自分はもっと巨大で繊細なのだと。命を受け取り、抱き締めることは、これほどまで快いことなのだと。
 今こそ満ちた。
 声は誇らしげに響き渡る。
 目の前に光り輝く門が現れる。
 開いていく、その門の彼方に、『塔京』の地下に縛られているはずの白竜が浮かび上がってくるのが見えた。
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