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88.『航路に惑うことなかれ』(1)
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激しく揺れるジープの助手席で、カザルは乱れる髪の下で考えている。
(何をすればオウライカさんを救える?)
「きつい顔だな」
トラスフィが苦笑しながらこちらをちらりと見やる。
「…失敗できない」
「だな」
「でも、大丈夫なの、こんなところまで引き連れてきちゃって」
体を伸ばして立ち上がり、幌がないのをいいことに座席の背に伸び上がって背後を振り返った。
砂埃を立てて追随する、およそ十数台のジープにはそれぞれ四、五人の屈強な男達が乗り込んでいる。裂けたコート、色褪せたズボン、洗いざらしたシャツ、着ているものこそぼろぼろで各自思いのままだが、その下の体には共通した張りがあった。十分な気力と覇気に満ち満ちた筋肉。重圧に耐え複雑な動きをこなしうる骨格。巧緻性にすぐれ爆発物も細やかに扱える繊細な指先。僅かな変化も見逃さない目と微かな物音も捉える耳。
総勢五十名を越えるトラスフィの遠征隊、通称『紅蓮』。
「俺らは『斎京』の守りのために居るんだよ」
風に髪を靡かせるカザルをちらりと振り仰ぎ、トラスフィはスピードを落とすことなく前方に見え始めた山裾を目指す。
轍がいくつも草原の中を走り抜けている。そのどれもが向かったきり戻った様子がないように見えるが、トラスフィも続く男達も怯んだ気配もない。
「けどな、何よりもまず、オウライカのために居るんだ」
「…」
カザルは思わずトラスフィを見下ろす。
「今までは守りたくともどうもしてやれなかった」
贄になってもらって済まねえ。
俺らの身代わりになってもらって済まねえ。
あんたの命を使っちまって済まねえ。
「済まねえ,済まねえ、そればっかりでよ」
気がついたら、それさえ唱えてりゃ、何かしてる気になっちまってた。
「そんなこたあ、オウライカに関係がねえのによ」
こんな立派な手足持って、お日様の下闊歩してんのによ、おっぱい銜えてなきゃ眠れねえガキみたいに、オウライカの背中にしがみついてよ。
ちいっ、と鋭く険しい舌打ちは、石を踏んで跳ね飛んだ衝撃を越えて響いた。
「情けねえよ」
何が『紅蓮』、何がトラスフィ遠征隊。
「こっそり入ってくる『塔京』の下っ端を狩り集めて、今日は何人捕った、お前は何人、俺は何人、はっ!」
嘲る。
「壁に紙張ってグラフ書いて、人様より働いてるんだって顔拵えてよ」
出る前にトラスフィは事務所を畳んだ。全てを整理し、壁のボードも真っ白にして消してきた。オウライカには話さなかったが、生きて戻れるつもりはないと部下には伝えた。その上で、遠征隊を二つに分け、一隊はこれまで通り『斎京』の守りと『塔京』の撃退に動き、もう一隊は自分とともに南に果てろと言い渡した。
『無茶です駄目です絶対無理』
シャイレンはじたばた手を振りつつ喚いたものだ。
『あたしがトラスフィさんの代わりに隊を仕切るなんて不可能!』
『斎京』の守りは必要ですわかってます、『塔京』の撃退も当然ですもちろん。まして南の竜相手に何かできるとは思ってません、全然。
『けど、人には分相応ってものがあって、あたしの分相応はトラスフィさんの下で走ること! いつもみたいに走れシャイレンって言ってくんなきゃ、走れませんっ! あたしの後ろで何してんだこらあって怒ってくれなきゃ!』
ひとまとめに結んだ髪を揺らし顔を赤くして言い募る女性は、最近『塔京』から流れ着いたのだと言う。元々は『塔京』の一角で店をやっていて、そこそこお客もやってきて、不思議な縁だがフランシカの知り合いでもあった。
『塔京』で何があったのか尋ねると、一瞬苦しい顔をして、ひどいことになってます、とだけ告げた。髪に隠された傷はそのときのものなのかどうかは不明だが、後は『斎京』のオウライカの下で働きたいの一点ばり。
女だてらに足が速くて動きが鋭くて、トラスフィの下に入ってあっという間に頭角を現した。今では『紅蓮の跳ねっ返り』と二つ名までついている。
「シャイレンさん、頑張ってるかなあ」
トラスフィの脳裏を過った顔を思って、カザルはくすりと笑った。
「そこそこやってんじゃねえの?」
言いつつトラスフィが乱暴にハンドルを切る。
「わっ」
姿勢を崩して座席に滑り込むカザルがくすくす笑うと、
「やってくんなきゃ、まかせねえよ」
低く誇らしげな呟きを漏らして、トラスフィは顎を上げた。
「見えてきたぜ」
次第に深くなる草原、不自然に急に樹々が生い茂る山裾の彼方、緑の魔物を思わせる蔦垂れ下がった口を開いた洞窟。
「あそこが……『伽京』への入り口」
「と、されるところ…ほんとかどうか、誰も確かめちゃいねえ」
(何をすればオウライカさんを救える?)
「きつい顔だな」
トラスフィが苦笑しながらこちらをちらりと見やる。
「…失敗できない」
「だな」
「でも、大丈夫なの、こんなところまで引き連れてきちゃって」
体を伸ばして立ち上がり、幌がないのをいいことに座席の背に伸び上がって背後を振り返った。
砂埃を立てて追随する、およそ十数台のジープにはそれぞれ四、五人の屈強な男達が乗り込んでいる。裂けたコート、色褪せたズボン、洗いざらしたシャツ、着ているものこそぼろぼろで各自思いのままだが、その下の体には共通した張りがあった。十分な気力と覇気に満ち満ちた筋肉。重圧に耐え複雑な動きをこなしうる骨格。巧緻性にすぐれ爆発物も細やかに扱える繊細な指先。僅かな変化も見逃さない目と微かな物音も捉える耳。
総勢五十名を越えるトラスフィの遠征隊、通称『紅蓮』。
「俺らは『斎京』の守りのために居るんだよ」
風に髪を靡かせるカザルをちらりと振り仰ぎ、トラスフィはスピードを落とすことなく前方に見え始めた山裾を目指す。
轍がいくつも草原の中を走り抜けている。そのどれもが向かったきり戻った様子がないように見えるが、トラスフィも続く男達も怯んだ気配もない。
「けどな、何よりもまず、オウライカのために居るんだ」
「…」
カザルは思わずトラスフィを見下ろす。
「今までは守りたくともどうもしてやれなかった」
贄になってもらって済まねえ。
俺らの身代わりになってもらって済まねえ。
あんたの命を使っちまって済まねえ。
「済まねえ,済まねえ、そればっかりでよ」
気がついたら、それさえ唱えてりゃ、何かしてる気になっちまってた。
「そんなこたあ、オウライカに関係がねえのによ」
こんな立派な手足持って、お日様の下闊歩してんのによ、おっぱい銜えてなきゃ眠れねえガキみたいに、オウライカの背中にしがみついてよ。
ちいっ、と鋭く険しい舌打ちは、石を踏んで跳ね飛んだ衝撃を越えて響いた。
「情けねえよ」
何が『紅蓮』、何がトラスフィ遠征隊。
「こっそり入ってくる『塔京』の下っ端を狩り集めて、今日は何人捕った、お前は何人、俺は何人、はっ!」
嘲る。
「壁に紙張ってグラフ書いて、人様より働いてるんだって顔拵えてよ」
出る前にトラスフィは事務所を畳んだ。全てを整理し、壁のボードも真っ白にして消してきた。オウライカには話さなかったが、生きて戻れるつもりはないと部下には伝えた。その上で、遠征隊を二つに分け、一隊はこれまで通り『斎京』の守りと『塔京』の撃退に動き、もう一隊は自分とともに南に果てろと言い渡した。
『無茶です駄目です絶対無理』
シャイレンはじたばた手を振りつつ喚いたものだ。
『あたしがトラスフィさんの代わりに隊を仕切るなんて不可能!』
『斎京』の守りは必要ですわかってます、『塔京』の撃退も当然ですもちろん。まして南の竜相手に何かできるとは思ってません、全然。
『けど、人には分相応ってものがあって、あたしの分相応はトラスフィさんの下で走ること! いつもみたいに走れシャイレンって言ってくんなきゃ、走れませんっ! あたしの後ろで何してんだこらあって怒ってくれなきゃ!』
ひとまとめに結んだ髪を揺らし顔を赤くして言い募る女性は、最近『塔京』から流れ着いたのだと言う。元々は『塔京』の一角で店をやっていて、そこそこお客もやってきて、不思議な縁だがフランシカの知り合いでもあった。
『塔京』で何があったのか尋ねると、一瞬苦しい顔をして、ひどいことになってます、とだけ告げた。髪に隠された傷はそのときのものなのかどうかは不明だが、後は『斎京』のオウライカの下で働きたいの一点ばり。
女だてらに足が速くて動きが鋭くて、トラスフィの下に入ってあっという間に頭角を現した。今では『紅蓮の跳ねっ返り』と二つ名までついている。
「シャイレンさん、頑張ってるかなあ」
トラスフィの脳裏を過った顔を思って、カザルはくすりと笑った。
「そこそこやってんじゃねえの?」
言いつつトラスフィが乱暴にハンドルを切る。
「わっ」
姿勢を崩して座席に滑り込むカザルがくすくす笑うと、
「やってくんなきゃ、まかせねえよ」
低く誇らしげな呟きを漏らして、トラスフィは顎を上げた。
「見えてきたぜ」
次第に深くなる草原、不自然に急に樹々が生い茂る山裾の彼方、緑の魔物を思わせる蔦垂れ下がった口を開いた洞窟。
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