『DRAGON NET』

segakiyui

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44.『恩情に甘えるなかれ』(1)

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 電話のベルが鳴って受話器を取り上げたオウライカはいぶかしく眉を上げた。
「ルワン?」
 どうしたんだ、そちらから連絡してくるのは珍しいな、とからかうと、
『申し訳ありません』
「あ?」
『カザルさん、に会いました』
「……レシンか」
 二人を繋いだ糸に気付くと同時に相手のことばが蘇って眉根を寄せる。
「まさか」
『カザルさん、御存じなかったんですね』
「……しゃべっちまったのか」
『お側に置いてらっしゃるんで、てっきり何もかも知っておいでかと』
「……甘いことを言うな」
 オウライカは苦笑する。
「半分は『塔京』の刺客がどこまで入り込んでいるかと確認したんだろう」
『いえ、そうではなくて』
 相手は微かに笑みを含んで否定した。
『あなたに里心を出されてはたまらない、と』
「……カークか」
 ルワンの声に『塔京』でのことが蘇った。

「おう、まあ呑めや、あんちゃん!」
 がはははと大笑いした相手は薄汚れたガラスコップになみなみと酒を注ぐ。
 コップの汚さと対照的にうっすら黄金を帯びて光るその酒の色合いをオウライカは知っている。『斎京』の『菊花』でのみ売りに出されている『菊花盛』、ニ都で一、ニを争う名酒、『塔京』のこんな底辺の酒場にどうしてこれがとちらりと目を上げると、ルワンが小さく会釈して目を伏せた。今日はオウライカに合わせて破れジャケットに細めのジーパン、くしゃりと立てた髪で子どものように無邪気に見える。
「俺の酒を断らねえ、そこがますます気に入った!」
「ちょっと、もう、やめときなさいよ、ガイルさん」
 カウンターの中で忙しく煮物を器に盛りつけていた女が顔をしかめた。
「初めてのお客さんに絡まないの。……ごめんなさいね、無理に呑まなくていいのよ」
 ほら、うちはこんなふうにつまんないとこだから、とはにかんで見せる相手はシャイレンといい、この店の女主人、下町の酒場を仕切るにはどうにも若すぎると思っていたら、昔はフランシカという姐御が切り回していたのを譲られたのだと言う。
 ああ、なるほど、そういえば、とオウライカは『華街』で男相手にミコトとは違った意味で一歩も引かないフランシカを思い出し、こういうところでやっていたのかと納得しながら、注がれたコップ酒を一気に煽った。
「んっ!」
 たん、と空のコップをあちこちガタはきているがよく磨かれたカウンターに叩くと、おおお、とガイルが驚いてみせ、やんやと手を打ちながら、まあもう一杯、と注いでくれた。
「その呑みっぷりもいいねえ、酒が旨く呑んでもらって笑ってやがるよ、ええ?」
 ガイルは濡れた手を黒ずんだ元は赤いベストらしき服に擦りつけて笑う。
「かたじけない」
「いいってことよ、ここの勘定はあんた持ちだろ?」
「ガイルさんっ!」
 きりっと眉を逆立てたシャイレンが怒鳴った。
「またそんなことするっ!」
 昔はちゃんとした人だったのに、どうしてそこまで落ちぶれちゃったのよ。
 悔しそうに言い募るシャイレンは、それでもガイルが嫌いではないのだろう、今にも地団駄踏みそうに足をどすん、と叩きつけた。
「おおこわ」
「お客さん、そんなの払わないでいいからっ! ガイルさんとこにつけるからっ!」
「おいおい、そんなことされちゃ」
 ガイルがよろよろばったり、という感じで体を揺らせて倒れてみせ、
「おじさん、五百年ぐらい働かなくちゃならないよ」
「働いてください、だってまだ」
 ぎゅ、とシャイレンが唇を噛む。
「まだ立派にやれるのに、先生」
「先生、はてどこのどなたでしたかねえ」
 ガイルはふわりと酔った眼を天井に向ける。
「だって!」
 昔は『塔京』でも困った人の味方になって、無茶を言ってくる上に立ち向かってくれたのに。だから、あたし頑張ってこれたのに。
「………おじさんはね、もう終わりなんだよ、シャイレンちゃん」
 静かな声でガイルがつぶやいた。
「大きな力に負けて、大事なものを根こそぎ失った、家族も、仕事も、何もかも」
「でも!」
「ネフェルが正しいんじゃない、ただあいつの方が」
 賢かったということさ。
「……っ」
「マジェスの言うなりに尻尾を振って、勇気なんかあてにしないで、さっさと中央庁に抱き込まれておけばよかったんだろうねえ」
「………嫌いです」
「え?」
「そんなこと言うガイルさんなんて……大っ嫌い!」
 ばん、とシャイレンは手にした器を砕けそうな勢いでカウンターに置くと、くるりと身を翻して奥に引っ込んでしまった。その一瞬、髪に隠されていた大きな傷が見え、思わずオウライカが視線で追うと、
「………酷い目に合ってんだよ、あの子」
 カウンターに寝そべったままのガイルが口を開いた。
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