『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
78 / 213

44.『恩情に甘えるなかれ』(2)

しおりを挟む
「『塔京』の下町歩いてるときに攫われてねえ……数日たって何とか逃げだしてきたものの、親兄弟が受け入れなくてさあ」
 何もなかったんだよ、見つけて医者に連れてったんだからそれは確かだ、とガイルは呟きながら体を起こす。のろのろとした仕草でオウライカが注いだ酒に、すまないねえ、と頷いて口をつけた。
「……ぷ……はぁ……っ」
「……それでここに?」
「ここをやってたフランシカ姐御ってのがまたさばけたお人でねえ、女が割を食うばかりで大人しくしていちゃいけない、男を使って踏み台にする器量を持ちなさい、って引き取ってやって」
 一から十まで教えてやって。けど、それが気に入らないってのも居てねえ。
「今度は姐さんが槍玉にあがって」
 ひっ攫われて惨いことがあったんだろうねえ、もうここには居られなくなったから、店をあげるって。
「どこに行っちまったかなあ」
 綺麗な人だったから、どっかで気持ちよく暮らしてくれればいいんだけど、それもほら、気風が許さないってところもあるしねえ、また辛い思いをしてなきゃいいんだが。
 ガイルは器からちくわを指ではさんでぱくりとくわえた。もぐもぐ呑み込んで、ふと思いついたように、
「話に聞く『斎京』のオウライカってのは豪儀な人らしい、『塔京』のカークを敵にしても引かねえ男気があると聞いた」
 その人ぐらいが拾って囲ってやっててくれればなあ……。
 ガイルの柔らかい溜息にルワンが妙な咳をした。
「………いろいろあるんだな、『塔京』も」
「ああ、いろいろあるよ、また近頃じゃ、上のカークってのがもう、そりゃ色狂いでさぁ」
「色狂い?」
 相手のコップに酒を注ぐのを止めたせいで、おい、もっと、と促されてオウライカは徳利をゆっくり傾ける。
「ひでえらしいぜ、レグルを腹上死させただの、シュガットに足舐めさせてるだの」
「腹上死……」
 女じゃないのか、とオウライカが呟いたのを聞き付けて、ガイルがくつくつ笑う。
「ネコらしい、だが、ただのネコじゃねえ、あれは化けネコよ」
 『塔京』中央庁に棲みついた破滅もたらす魔性の猫、いやひょっとすると『竜』も喰らうような地獄の虎かも知れないねえ。
「『竜』……? 『塔京』に『竜』がいるのか?」
 こんな下町にまで流れる情報ではない、とそこは素知らぬ顔で探ってみると、ガイルは今度は大根を口に運んで咀嚼しながら、横目で見た。
「噂だけどな、しかもそいつは100年に一人、人を喰うんだとよ」
 都市伝説ってやつだがね、とガイルは酔いの回ってきた上機嫌さでぺらぺらしゃべった。
「おまけにぼちぼちその100年が巡ってきてて、カークはそのための人間を探してるんじゃないかともっぱらの評判だ。色狂いは実は隠れみので、カークがその餌の選定をしていてだな」
 『竜』に気に入らないとなると自分で喰っちまうんだよ。となると、カークも100年に一度、いや、あれだけ派手にやってんだから50年に一度、人を喰わなくちゃならない『竜』なのかもな。
 わははは、と大笑いするガイルにオウライカは引きつってしまった。
 噂だとはいえ、それは的確に状況を言い当てているからだ。いや、噂だからこそ、人々の無意識の底に刻まれた都市の『竜』が常識の枠を外れて真実を蘇らせたと言うべきか。
 ルワンもさすがに苦笑しながら昆布巻を口に放り込んで、そろそろ行きますか、と声をかけてきた。
「そうだな」
 じゃあ代金はここに置こう、そう言った声をちゃんと聞き付けて、奥からシャイレンが戻ってきた。
「ありがとうございます……わあ、こんなにたくさん! いいんですか?」
「騒がせたな、おでん、おいしかった」
「ならよかったです」
 にこにこ笑う明るい笑顔には悲惨な過去の影はない。
 その笑顔に『斎京』で待つカザルのことをだぶらせた。
 調べたところでは、カザルの過去も似たりよたりの酷いものだ。それでも失われなかったあの明るさは天性のものなのだろう。ならば、もうその明るさが曇ることのないようにしてやりたい。
 レシンにそれとなくカザルを誘って仕事を教えてくれないかと頼んだのも、できることならオウライカに万が一のことがあっても、後50年あればそれなりにいい人生を全うできるだろう、そのために周囲を整えておいてやりたい、そう思ったからだ。
 レシンにはいろいろと気づかってもらいよくしてもらった、その恩情に甘えっぱなしになってしまうが、カザルが側にいれば、それはそれで賑やかでいいかもしれない、とも思う。
 後はライヤーがカークまで辿り着き、荒れている相手を宥めて押さえ、できればカザルの体にあるセンサーの解除方法を手に入れてもらえば、オウライカには思い残すこともない。
「さっき……」
「ん?」
 お金を受け取ったシャイレンが嬉しそうな顔で片付けていた手をふと止めた。
「『竜』のこと、話してました?」
「……ああ、そうだな、都市伝説だと」
「……最新版、あるんですよ」
 シャイレンは悪戯っぽい顔になった。
「どんなのだ?」
「『竜』は100年に一度人を喰らっていたら大人しくなるけど、今『塔京』はやばいんですって」
「どうやばい?」
「実は100年前、本当なら喰われるはずの人が、その人を大事にする人に匿われて喰われてなくて、そのまま『竜』は力まかせに押さえられてて、もう限界寸前だ、って」
 普通なら聞き逃せもするその噂を、オウライカは目を見開いて聞いた。
「最近あれこれ物騒だから、かもしれないですけど! ………面白くなかったですか」
「……いや……面白かった」
 オウライカはにこりと目を細めた。
「ごちそうになった、ありがとう」
「またどうぞ!」
 またなー、あんちゃん。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

処理中です...