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44.『恩情に甘えるなかれ』(2)
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「『塔京』の下町歩いてるときに攫われてねえ……数日たって何とか逃げだしてきたものの、親兄弟が受け入れなくてさあ」
何もなかったんだよ、見つけて医者に連れてったんだからそれは確かだ、とガイルは呟きながら体を起こす。のろのろとした仕草でオウライカが注いだ酒に、すまないねえ、と頷いて口をつけた。
「……ぷ……はぁ……っ」
「……それでここに?」
「ここをやってたフランシカ姐御ってのがまたさばけたお人でねえ、女が割を食うばかりで大人しくしていちゃいけない、男を使って踏み台にする器量を持ちなさい、って引き取ってやって」
一から十まで教えてやって。けど、それが気に入らないってのも居てねえ。
「今度は姐さんが槍玉にあがって」
ひっ攫われて惨いことがあったんだろうねえ、もうここには居られなくなったから、店をあげるって。
「どこに行っちまったかなあ」
綺麗な人だったから、どっかで気持ちよく暮らしてくれればいいんだけど、それもほら、気風が許さないってところもあるしねえ、また辛い思いをしてなきゃいいんだが。
ガイルは器からちくわを指ではさんでぱくりとくわえた。もぐもぐ呑み込んで、ふと思いついたように、
「話に聞く『斎京』のオウライカってのは豪儀な人らしい、『塔京』のカークを敵にしても引かねえ男気があると聞いた」
その人ぐらいが拾って囲ってやっててくれればなあ……。
ガイルの柔らかい溜息にルワンが妙な咳をした。
「………いろいろあるんだな、『塔京』も」
「ああ、いろいろあるよ、また近頃じゃ、上のカークってのがもう、そりゃ色狂いでさぁ」
「色狂い?」
相手のコップに酒を注ぐのを止めたせいで、おい、もっと、と促されてオウライカは徳利をゆっくり傾ける。
「ひでえらしいぜ、レグルを腹上死させただの、シュガットに足舐めさせてるだの」
「腹上死……」
女じゃないのか、とオウライカが呟いたのを聞き付けて、ガイルがくつくつ笑う。
「ネコらしい、だが、ただのネコじゃねえ、あれは化けネコよ」
『塔京』中央庁に棲みついた破滅もたらす魔性の猫、いやひょっとすると『竜』も喰らうような地獄の虎かも知れないねえ。
「『竜』……? 『塔京』に『竜』がいるのか?」
こんな下町にまで流れる情報ではない、とそこは素知らぬ顔で探ってみると、ガイルは今度は大根を口に運んで咀嚼しながら、横目で見た。
「噂だけどな、しかもそいつは100年に一人、人を喰うんだとよ」
都市伝説ってやつだがね、とガイルは酔いの回ってきた上機嫌さでぺらぺらしゃべった。
「おまけにぼちぼちその100年が巡ってきてて、カークはそのための人間を探してるんじゃないかともっぱらの評判だ。色狂いは実は隠れみので、カークがその餌の選定をしていてだな」
『竜』に気に入らないとなると自分で喰っちまうんだよ。となると、カークも100年に一度、いや、あれだけ派手にやってんだから50年に一度、人を喰わなくちゃならない『竜』なのかもな。
わははは、と大笑いするガイルにオウライカは引きつってしまった。
噂だとはいえ、それは的確に状況を言い当てているからだ。いや、噂だからこそ、人々の無意識の底に刻まれた都市の『竜』が常識の枠を外れて真実を蘇らせたと言うべきか。
ルワンもさすがに苦笑しながら昆布巻を口に放り込んで、そろそろ行きますか、と声をかけてきた。
「そうだな」
じゃあ代金はここに置こう、そう言った声をちゃんと聞き付けて、奥からシャイレンが戻ってきた。
「ありがとうございます……わあ、こんなにたくさん! いいんですか?」
「騒がせたな、おでん、おいしかった」
「ならよかったです」
にこにこ笑う明るい笑顔には悲惨な過去の影はない。
その笑顔に『斎京』で待つカザルのことをだぶらせた。
調べたところでは、カザルの過去も似たりよたりの酷いものだ。それでも失われなかったあの明るさは天性のものなのだろう。ならば、もうその明るさが曇ることのないようにしてやりたい。
レシンにそれとなくカザルを誘って仕事を教えてくれないかと頼んだのも、できることならオウライカに万が一のことがあっても、後50年あればそれなりにいい人生を全うできるだろう、そのために周囲を整えておいてやりたい、そう思ったからだ。
レシンにはいろいろと気づかってもらいよくしてもらった、その恩情に甘えっぱなしになってしまうが、カザルが側にいれば、それはそれで賑やかでいいかもしれない、とも思う。
後はライヤーがカークまで辿り着き、荒れている相手を宥めて押さえ、できればカザルの体にあるセンサーの解除方法を手に入れてもらえば、オウライカには思い残すこともない。
「さっき……」
「ん?」
お金を受け取ったシャイレンが嬉しそうな顔で片付けていた手をふと止めた。
「『竜』のこと、話してました?」
「……ああ、そうだな、都市伝説だと」
「……最新版、あるんですよ」
シャイレンは悪戯っぽい顔になった。
「どんなのだ?」
「『竜』は100年に一度人を喰らっていたら大人しくなるけど、今『塔京』はやばいんですって」
「どうやばい?」
「実は100年前、本当なら喰われるはずの人が、その人を大事にする人に匿われて喰われてなくて、そのまま『竜』は力まかせに押さえられてて、もう限界寸前だ、って」
普通なら聞き逃せもするその噂を、オウライカは目を見開いて聞いた。
「最近あれこれ物騒だから、かもしれないですけど! ………面白くなかったですか」
「……いや……面白かった」
オウライカはにこりと目を細めた。
「ごちそうになった、ありがとう」
「またどうぞ!」
またなー、あんちゃん。
何もなかったんだよ、見つけて医者に連れてったんだからそれは確かだ、とガイルは呟きながら体を起こす。のろのろとした仕草でオウライカが注いだ酒に、すまないねえ、と頷いて口をつけた。
「……ぷ……はぁ……っ」
「……それでここに?」
「ここをやってたフランシカ姐御ってのがまたさばけたお人でねえ、女が割を食うばかりで大人しくしていちゃいけない、男を使って踏み台にする器量を持ちなさい、って引き取ってやって」
一から十まで教えてやって。けど、それが気に入らないってのも居てねえ。
「今度は姐さんが槍玉にあがって」
ひっ攫われて惨いことがあったんだろうねえ、もうここには居られなくなったから、店をあげるって。
「どこに行っちまったかなあ」
綺麗な人だったから、どっかで気持ちよく暮らしてくれればいいんだけど、それもほら、気風が許さないってところもあるしねえ、また辛い思いをしてなきゃいいんだが。
ガイルは器からちくわを指ではさんでぱくりとくわえた。もぐもぐ呑み込んで、ふと思いついたように、
「話に聞く『斎京』のオウライカってのは豪儀な人らしい、『塔京』のカークを敵にしても引かねえ男気があると聞いた」
その人ぐらいが拾って囲ってやっててくれればなあ……。
ガイルの柔らかい溜息にルワンが妙な咳をした。
「………いろいろあるんだな、『塔京』も」
「ああ、いろいろあるよ、また近頃じゃ、上のカークってのがもう、そりゃ色狂いでさぁ」
「色狂い?」
相手のコップに酒を注ぐのを止めたせいで、おい、もっと、と促されてオウライカは徳利をゆっくり傾ける。
「ひでえらしいぜ、レグルを腹上死させただの、シュガットに足舐めさせてるだの」
「腹上死……」
女じゃないのか、とオウライカが呟いたのを聞き付けて、ガイルがくつくつ笑う。
「ネコらしい、だが、ただのネコじゃねえ、あれは化けネコよ」
『塔京』中央庁に棲みついた破滅もたらす魔性の猫、いやひょっとすると『竜』も喰らうような地獄の虎かも知れないねえ。
「『竜』……? 『塔京』に『竜』がいるのか?」
こんな下町にまで流れる情報ではない、とそこは素知らぬ顔で探ってみると、ガイルは今度は大根を口に運んで咀嚼しながら、横目で見た。
「噂だけどな、しかもそいつは100年に一人、人を喰うんだとよ」
都市伝説ってやつだがね、とガイルは酔いの回ってきた上機嫌さでぺらぺらしゃべった。
「おまけにぼちぼちその100年が巡ってきてて、カークはそのための人間を探してるんじゃないかともっぱらの評判だ。色狂いは実は隠れみので、カークがその餌の選定をしていてだな」
『竜』に気に入らないとなると自分で喰っちまうんだよ。となると、カークも100年に一度、いや、あれだけ派手にやってんだから50年に一度、人を喰わなくちゃならない『竜』なのかもな。
わははは、と大笑いするガイルにオウライカは引きつってしまった。
噂だとはいえ、それは的確に状況を言い当てているからだ。いや、噂だからこそ、人々の無意識の底に刻まれた都市の『竜』が常識の枠を外れて真実を蘇らせたと言うべきか。
ルワンもさすがに苦笑しながら昆布巻を口に放り込んで、そろそろ行きますか、と声をかけてきた。
「そうだな」
じゃあ代金はここに置こう、そう言った声をちゃんと聞き付けて、奥からシャイレンが戻ってきた。
「ありがとうございます……わあ、こんなにたくさん! いいんですか?」
「騒がせたな、おでん、おいしかった」
「ならよかったです」
にこにこ笑う明るい笑顔には悲惨な過去の影はない。
その笑顔に『斎京』で待つカザルのことをだぶらせた。
調べたところでは、カザルの過去も似たりよたりの酷いものだ。それでも失われなかったあの明るさは天性のものなのだろう。ならば、もうその明るさが曇ることのないようにしてやりたい。
レシンにそれとなくカザルを誘って仕事を教えてくれないかと頼んだのも、できることならオウライカに万が一のことがあっても、後50年あればそれなりにいい人生を全うできるだろう、そのために周囲を整えておいてやりたい、そう思ったからだ。
レシンにはいろいろと気づかってもらいよくしてもらった、その恩情に甘えっぱなしになってしまうが、カザルが側にいれば、それはそれで賑やかでいいかもしれない、とも思う。
後はライヤーがカークまで辿り着き、荒れている相手を宥めて押さえ、できればカザルの体にあるセンサーの解除方法を手に入れてもらえば、オウライカには思い残すこともない。
「さっき……」
「ん?」
お金を受け取ったシャイレンが嬉しそうな顔で片付けていた手をふと止めた。
「『竜』のこと、話してました?」
「……ああ、そうだな、都市伝説だと」
「……最新版、あるんですよ」
シャイレンは悪戯っぽい顔になった。
「どんなのだ?」
「『竜』は100年に一度人を喰らっていたら大人しくなるけど、今『塔京』はやばいんですって」
「どうやばい?」
「実は100年前、本当なら喰われるはずの人が、その人を大事にする人に匿われて喰われてなくて、そのまま『竜』は力まかせに押さえられてて、もう限界寸前だ、って」
普通なら聞き逃せもするその噂を、オウライカは目を見開いて聞いた。
「最近あれこれ物騒だから、かもしれないですけど! ………面白くなかったですか」
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オウライカはにこりと目を細めた。
「ごちそうになった、ありがとう」
「またどうぞ!」
またなー、あんちゃん。
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