『パセリがつぶやく』

segakiyui

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 早く立ち直ったのは田賀の方で、にっこり笑いながら望美を促す。
「何をですか?」
「う…ん。ま……その…どうして、かほ子ちゃんにテコ入れする気になったのかな、って思ってさ」
「いいかげんに、逃げるのをよそうと思って」
「え?」
「……ゆかりちゃん、という子がいます。十七歳で心臓病……」
 きょとんとした望美に、田賀は話し出した。
「心臓移植しか治療の手立てがないんですが……いろんな状況から考えて…間に合わない、かもしれません」
「死んじゃうって…こと?」
 田賀はうなずいた。まっすぐに望美の視線を受け止める。
「今度の入院が最後かも……。その子が『パセリが話す』体験をして拒食になったことがある、と話してくれました。かほ子ちゃんの話を聞いて、自分なら何か役に立てるかもしれないって」
「ああ、だから、さっき…」
 望美はうなずいた。田賀もうなずき返す。
「ゆかりちゃん、何か役に立ちたいって言うんです。もうここから出られないかもしれないから、ここで役に立ちたいって」
 望美はそのことばの持つ意味に気づいて、思わず口をつぐんだ。
 その望美の目を通して、遠いどこかを見るような目で、田賀は言った。
「どんなに看護師が頑張っても、どんなに医師が頑張っても、どうにもならないときがあるって、頭ではわかってたけど、実際にその現場に立つと、今まで信じてたものが何も信じられなくなるんです。人間が何をしても、たった一人の患者さんさえ救ってやれないなら、そこに私達がいるどんな意味があるんだって」
 田賀の声は静かだった。
「医師が居ても看護師が居ても、それでも死ぬ患者は死んでいく。それは誰にも止められない。ならば、なぜ、私は看護師でいるんだろうって考えて、考えながら少しずつ、患者さんから身を引いていた。それをゆかりちゃんに指摘されました、逃げないで、って」
 望美は、田賀の目がどんどん澄んでいくような気がした。静かで感情を波立てないその目が、深く広く澄んでいく。
「……私の母は病気がちで、いつも医師や看護師に囲まれていた人間です」
 田賀は柔らかく続けた。気を呑まれている望美を思いやる口調で、
「ゆかりちゃんに『逃げないで』って言われたとき、忘れていた光景を思い出しました。ある夜、原因不明の関節痛があって、医師が来るのが遅かった。母がひどく苦しんでいたとき、一人の看護師さんが母の側にいてくれました。『痛いね、苦しいね、もう少しだよ、頑張って』って、繰り返し繰り返し言いながら、母の体をさすってくれていた……あの姿が、看護師、かもしれない。少なくとも、あの人は患者さんから離れなかった、自分が無力だと知っても」
 田賀は少し目を伏せた。それから、再び目を上げ、望美に笑いかけた。
「そこへあなたが飛び込んだ、かほ子ちゃんのところへ。殴りつけられたみたい。私、ほんとに、患者さんから離れていた……」
「そんなご大層なもんじゃないのよ」
 望美はため息をついた。
「岩崎さんの言うことも、もっとも。あの井田っていうのが言ったことも一理あったわね……さっき、かほ子ちゃんに怒鳴ってわかったの。あたし、かほ子ちゃんのため、なんて思ってなかったんだ。本当はこの病院で、自分がやってることを評価してほしかったのよね、それも、あたしが考えたメニュー、あたしの働きかけで、患者が『奇跡的な回復』をとげることで。サイッテイ。だから、あなたが、それほど感動することじゃないの、悪いんだけど」
「でも……波は起こしてしまったわけだし……責任は取ってもらいます」
「取らせてもらいましょうよ、あたしの馘ぐらいなら」
 売りことばに買いことば、言い切った望美に、田賀は嬉しそうに笑った。
「意気投合してるところに朗報」
 岩崎がひょいと戻ってきて言った。
「かほ子ちゃんの両親と井田先生に納得してもらったわ。ご両親は『ディスコ』に行った事も知らなかったし、かほ子ちゃんから『パセリが話すこと』も聞いた事がなかったそうよ。かえってそちらでショックを受けられてね、話し合いの場所に同席させてほしいって」
「でも…」
 望美は岩崎の目を見返した。
「かほ子ちゃん、両親にも話してなかったことで拒食になってるなら、両親が居るところで話すかな…」
「難しいけど…」
 田賀が考え込みながら言った。
「それしかできないのなら……何か工夫しないと…」
「任せるわ」
 岩崎は吐息をついた。
「こっちはもう一つ、大仕事」
「何です?」
 岩崎に望美が問いかけると、相手は肩をすくめて見せた。
「師長さんの説得。田賀さん、プランがまとまったら知らせてちょうだい。さて、大目玉をもらいに行ってきますか」
 くるりと身を翻す。
 廊下の対面にある師長室に入って行く岩崎の姿を目で追いながら、田賀が低くつぶやいた。
「主任さん、無理してくれたんだ」
 きょとんとして田賀を見る望美に、相手は複雑な笑みを返した。
「ここの看護体制はチームナーシング。患者に対するどんな細かな看護計画も、責任者である師長を通してから実行することになってます。一人の看護師の中途半端なケアでは、結局患者を混乱させ悪化させることの方が多いから……話し合って計画がまとまれば、師長と主任のチェックを受ける。その後でようやく患者に働きかけられる。今回のような微妙な計画なら一層です。でも、検討を繰り返している間に問題が変わったり、計画が実施できなくなったりすることもあります」
 田賀はうなずいた。
「今回のこと、あえて、主任さん、患者さんの方に先に働きかけて計画を動かしてくれたんです」
 望美はもう一度、師長室に消えた岩崎の姿を振り返った。そのドアの向こうで叱責されているだろう相手を思った。ゆかりという少女やかほ子のことを考えた。勤務中に患者の死にでくわして立ち竦んだだろう、目の前の田賀の胸の中を想った。
 失敗は許されない。
 望美はいまさらながらそう思った。
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