『パセリがつぶやく』

segakiyui

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 ゆかりとかほ子の話し合いは、かほ子の病室で行われた。
 まだ自由な歩行が許されていないゆかりは、車椅子に乗ったまま、田賀に押されてかほ子の病室に入った。続いて望美、井田、岩崎、かほ子の両親が続く。
 ただし、岩崎以下は入り口のカーテンで病室と区切られた場所に立ち、かほ子に姿を見せないようにした。
 かほ子は突然入ってきたゆかりに驚き、望美に明らかな不快を示した。おかげで、続いて居た岩崎や両親の気配は、それほど気づかれなかったようだ。
「こんにちは、えーと、山野かほ子、さん」
 ゆかりが先手を打って声をかけた。ほほ笑みながら、田賀と望美を置き去って車椅子を手で動かしながら、かほ子のベッドに近づく。
 田賀と望美はゆかりの後を追ったが、彼女の少し後ろで立ち止まった。
「あたし、高田ゆかり。この間入院してきたの。最も、ここに入るのは、もう六度目、だけど」
 かほ子は近づいたゆかりにどう対応したものかと迷った視線を田賀に投げたが、次のゆかりのことばに大きく目を見開いた。
「心臓病でね……もう心臓移植しか、助からないって」
 体を強ばらせたのは、かほ子だけではない。おそらく部屋に居た者すべてだっただろう。
 ゆかりはそうした周囲にかまった様子もなく、くるくると辺りを見回した。
 見舞い客が持ってきたのか、それとも母親の切ない願いからか、床頭台の上、花瓶の陰に隠すようにして、りんごが一個置かれてあった。
 ゆかりは無造作にそのりんごを取り上げ、かほ子に言った。
「おいしそうなりんごだね。剥いてあげる、一緒に食べよう」
 りんごを見つけて体をすくめたかほ子は、さっと青ざめた。内側から何かの力で押し出されるようにますます大きく開いた目で、ゆかりの手の中のりんごを食い入るように見つめる。が、唇は開かれない。
 ゆかりは、そのかほ子の表情が目に入っていないように、鼻歌でも歌いそうな気軽さで言った。
「ナイフ…ナイフ……ないのかな?」
 望美はごくりと唾を呑んでポケットを探った。部屋で何か食べ物を切ってみる、と言ったゆかりが、もし部屋にないと困るからと、望美に果物ナイフを持っているよう、あらかじめ頼んでいたのだ。汗がにじんだ手でナイフを握り、ポケットから出してゆかりに渡す。
 聞かされていなかった展開に、背後のカーテンの後ろで、かほ子の両親が狼狽する気配があった。
「ありがとう、谷さん」
 ゆかりはことさら鮮やかに笑って望美の手からナイフを受け取った。いつも白い肌がわずかに上気している。
 凍りついたようにゆかりの仕草を見つめているかほ子に向き直り、りんごの皮にナイフの刃をあてる。かほ子が唇を開いた、が、まだ声は出ない。
 ゆかりはためらうこともなく、ざくり、とりんごに刃を切り込ませた。
「きゃああああっ…」
 何かが切れたようにベッドのかほ子が悲鳴を上げた。両親と井田が浮足立つ。望美や岩崎の体も硬直した。
 だが、田賀とゆかりはたじろいだ様子はなかった。
 ゆかりは静かに、悲鳴が聞こえなかったような穏やかさで、ゆっくりとりんごの皮を剥いていく。
「いやあっ、やめてっ、やめてよっ、やめてえっ」
「かほ子ちゃん」
「いやああああっ」
「かほ子ちゃん!」
 りんごを剥く手を止めて、優しく声をかけたゆかりが、一転、吐くような叫びを上げた。
 ぐっ、と喉を鳴らして、両耳をふさいで身悶えしていたかほ子が動きを止め、口をつぐむ。耳を押さえていたかほ子の手がわずかに緩んだ。
 その沈黙の間を逃さず、ゆかりは再び静かな声で言った。
「痛い、って言うんでしょ、りんごが」
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