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かほ子は怒りに燃えた目で、両親を、続いてゆかりをにらみつけた。
「親切ぶって……偽善者の顔して…」
「じゃあ、死んで」
ゆかりが、手にしていたリンゴを置き、異様にはっきりした声で言った。
ことばの激しさに対照的な静かな表情で、かほ子を見つめ返す。
「そんなに生きていたくないなら、今すぐ死んで。拒食なんて生易しいことしてないで、さっさと死んで。方法はいくらでもあるでしょう」
ゆかりが立ち上がる。両手をかほ子の胸元にぐいと突き出して、いきなり叫んだ。
「さっさと死んで、その心臓、あたしにちょうだい!」
田賀が強くこぶしを握り締めた。岩崎が動揺するかほ子の両親を押さえた。井田がぽかんと口を開き、望美はただゆかりを見つめていた。
「あたしも『パセリが話した』ことがあるの。パセリだけじゃない、他の食べ物も、みんなあたしにこう言うの。頑張ってもそう長く生きられないお前なのに、おれ達を食うのか。自分さえ良ければいいんだな。そうやって、最後のときにも、誰かを身代わりにして生き延びるんだろう。ずるい奴だ、汚い奴だ。お前におれ達を食べる資格なぞない」
ゆかりは唇を震わせることさえなく、先を続けた。
「自殺しかけた。あたしが命を食べるより、もっと他の人が食べた方がいいんだって思って。いずれ死ぬのに、むやみに他の命を殺すことはないって。でも、そう考えてたとき、テレビで育児の番組を見たの。それまでお乳を飲んでた赤ちゃんが、初めて食べ物を口にしていく番組。じゃがいも、磨りつぶしているお母さん、あーん、て口を開けて待つ赤ちゃん。気がついたら泣いてた。あんなふうに育ててもらったんだろうなあって。ちょっとずつちょっとずつ、食べてきたものであたしは生きてきた……その、食べた命が全部あたしの中にあるんだなあって」
胸を突くような切ない声だった。
「食べた命も……食べさせたり飲ませたりしてくれた誰かの気持ちも……全部あたしの中にあるのに……今ここであたしが死んじゃったら、それが全部むだになっちゃう。あたし、誰にも、何にもしてあげなかったのに、命を食べただけで死んじゃう。それって……変よ? これから食べる命は大切だけど、食べてしまった命はむだにしてもいいの…?」
かほ子はことばをなくしてしまったようだった。迷子のような顔でゆかりを見上げている。自分の立っていた地面が突然がらがらと崩れていったような思いだろう。そして、その思いは、望美にとっても同じだった。
ゆかりは低いささやくような声で続けた。
「だから、あたし、ありがと、って言うんだ。偽善者かもしれない……けど、今まで食べた命をむだにしたくないから、お皿にのった命も、ありがと、って言って食べるの。いつか、あたしと一緒に役に立とうね、って。いつかきっと、あたしがあなたを生かしてあげるから、今は食べさせてね、ありがと、って」
言いながら、ゆかりは再び腰を下ろした。りんごを取り上げ、剥き始める。その悲鳴がまだ聞こえているように、軽く眉をしかめながら、ゆかりはりんごを剥いていく。
やがて、きれいに剥き終わった真っ白な実を、ゆかりは半分に割り、片方をかほ子に差し出した。魔法にかかったように、かほ子が手を伸ばし、りんごを包み取る。
ゆかりがナイフを置き、手にしたりんごにかっ、と歯をたてた。
かほ子もりんごを口元に持っていった。小刻みに震えながら、唇に当てる。そのひんやりした感触に怯んだように、一瞬投げ捨てそうになったが、ゆかりがじっと見て居るのに気がつくと、もう一度、口元へ近づけた。
乾いて白い唇を開く。目を閉じ、しくっ、と前歯を当てる。
その瞬間、かほ子は顔をくしゃくしゃにした。半分のりんごを抱き締めるようにして、一言小さくつぶやいた。
「甘い……」
「親切ぶって……偽善者の顔して…」
「じゃあ、死んで」
ゆかりが、手にしていたリンゴを置き、異様にはっきりした声で言った。
ことばの激しさに対照的な静かな表情で、かほ子を見つめ返す。
「そんなに生きていたくないなら、今すぐ死んで。拒食なんて生易しいことしてないで、さっさと死んで。方法はいくらでもあるでしょう」
ゆかりが立ち上がる。両手をかほ子の胸元にぐいと突き出して、いきなり叫んだ。
「さっさと死んで、その心臓、あたしにちょうだい!」
田賀が強くこぶしを握り締めた。岩崎が動揺するかほ子の両親を押さえた。井田がぽかんと口を開き、望美はただゆかりを見つめていた。
「あたしも『パセリが話した』ことがあるの。パセリだけじゃない、他の食べ物も、みんなあたしにこう言うの。頑張ってもそう長く生きられないお前なのに、おれ達を食うのか。自分さえ良ければいいんだな。そうやって、最後のときにも、誰かを身代わりにして生き延びるんだろう。ずるい奴だ、汚い奴だ。お前におれ達を食べる資格なぞない」
ゆかりは唇を震わせることさえなく、先を続けた。
「自殺しかけた。あたしが命を食べるより、もっと他の人が食べた方がいいんだって思って。いずれ死ぬのに、むやみに他の命を殺すことはないって。でも、そう考えてたとき、テレビで育児の番組を見たの。それまでお乳を飲んでた赤ちゃんが、初めて食べ物を口にしていく番組。じゃがいも、磨りつぶしているお母さん、あーん、て口を開けて待つ赤ちゃん。気がついたら泣いてた。あんなふうに育ててもらったんだろうなあって。ちょっとずつちょっとずつ、食べてきたものであたしは生きてきた……その、食べた命が全部あたしの中にあるんだなあって」
胸を突くような切ない声だった。
「食べた命も……食べさせたり飲ませたりしてくれた誰かの気持ちも……全部あたしの中にあるのに……今ここであたしが死んじゃったら、それが全部むだになっちゃう。あたし、誰にも、何にもしてあげなかったのに、命を食べただけで死んじゃう。それって……変よ? これから食べる命は大切だけど、食べてしまった命はむだにしてもいいの…?」
かほ子はことばをなくしてしまったようだった。迷子のような顔でゆかりを見上げている。自分の立っていた地面が突然がらがらと崩れていったような思いだろう。そして、その思いは、望美にとっても同じだった。
ゆかりは低いささやくような声で続けた。
「だから、あたし、ありがと、って言うんだ。偽善者かもしれない……けど、今まで食べた命をむだにしたくないから、お皿にのった命も、ありがと、って言って食べるの。いつか、あたしと一緒に役に立とうね、って。いつかきっと、あたしがあなたを生かしてあげるから、今は食べさせてね、ありがと、って」
言いながら、ゆかりは再び腰を下ろした。りんごを取り上げ、剥き始める。その悲鳴がまだ聞こえているように、軽く眉をしかめながら、ゆかりはりんごを剥いていく。
やがて、きれいに剥き終わった真っ白な実を、ゆかりは半分に割り、片方をかほ子に差し出した。魔法にかかったように、かほ子が手を伸ばし、りんごを包み取る。
ゆかりがナイフを置き、手にしたりんごにかっ、と歯をたてた。
かほ子もりんごを口元に持っていった。小刻みに震えながら、唇に当てる。そのひんやりした感触に怯んだように、一瞬投げ捨てそうになったが、ゆかりがじっと見て居るのに気がつくと、もう一度、口元へ近づけた。
乾いて白い唇を開く。目を閉じ、しくっ、と前歯を当てる。
その瞬間、かほ子は顔をくしゃくしゃにした。半分のりんごを抱き締めるようにして、一言小さくつぶやいた。
「甘い……」
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