『パセリがつぶやく』

segakiyui

文字の大きさ
16 / 16

16

しおりを挟む
 数カ月後、かほ子は退院することになった。
 すぐに拒食傾向がなくなったわけではないが、それでも少しずつ食べられるようになって、体重もかなり増えた。
「結局、あたしはかほ子ちゃんに、何にもしてあげられなかったなあ」
 かほ子の退院ということで、内科病棟まで足を運んだ望美は、車椅子のゆかりと、かほ子とその両親が笑いながら話をしているのを、詰め所から見ながらつぶやいた。
 側に居た田賀がカルテを整理しながら、
「それが間違いかも、とよく思いますよ」
「何が?」
「患者さんに『何かしてあげる』っていう発想。本当は、何もできないんです。ただ、逃げないで、側にいるより他は…」
「そうかなあ…」
 望美は田賀に向けていた目を、かほ子達に戻した。
「もう少ししたら、あたしも退院するかもしれない。退院したら電話するから、おいしいケーキ、食べに行きましょ」
 ゆかりが明るく誘っている。
「うん、わかった」
 かほ子もにっこり笑って応じ、それから詰め所にいた望美と田賀に気づいて、両親ともども頭を下げた。
 慌て気味にお辞儀を返し、病棟の入り口を出て行く三人を見送ったままの姿勢で、望美は田賀に尋ねた。
「ゆかりちゃん、退院できるの?」
「患者のプライバシーに関してはお答えできかねます」
 田賀がさらりと受け流す。その表情に、望美は暗いものを読み取った。
「そっか…」
 車椅子をゆっくり動かして、病室へ戻って行くゆかりが、田賀と望美に気づき、胸のあたりで小さくを振って見せた。手を振り返してゆかりを見つめた後、望美は立ち上がった。
「さて……『本業』に戻ってきますか」
「そうですね。もうすぐ主任さんも会議から戻ってくるし」
 からかうような田賀のことばに、望美は肩をすくめた。
「悪い人じゃないけど、頑固なんだもん」
「誰がです?」
「うわ」
 岩崎がふいに姿を現し、望美はことさらおどけた声を上げて飛びのいた。相手がむっとするのに、くすくす笑って手を振る。
「はいはい。今消えるところです」
「そうして頂きたいわね、それほど暇じゃないでしょう?」
「そう、暇じゃない」
 望美は少し真面目な顔になった。
「やることはいっぱいある……まず、きれいで楽しい食事。それから、『命を十分に生かした』食事を考えなくちゃ、ね」
「かほ子ちゃんの例がうまくいったからって、浮かれないでね」
 岩崎が釘をさす。
「他の拒食の患者が同じ方法で何とかなるってわけにはいかないんですからね。患者は一人一人違うのよ……」
 いかめしく言った岩崎が、少し口調を和らげた。
「でも……頑張って」
「はいよ!」
 詰め所を出て行きながら、望美は大きな声で答えた。

 りんごは、あまかった。
 ざくって切られて、
 痛いって、悲鳴をあげたけど、
 それでも、やっぱり、あまかった。
 これは、命の味なんだ。
 あたしは、命を食べている。
 今日も、命を食べている。


                                                                    終わり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...