『ドリーム・ウォーカー』

segakiyui

文字の大きさ
5 / 48

2.襲ってくる白雪姫(2)

しおりを挟む
「パステルまじりのポップカラーの平面的な奴がさー」
 リカは無理にはしゃいだような声で続けて、くつくつ笑った。
「何か、うん、すごいカンジ、だよね、それ」
 しかたなしに、僕も調子を合わせてみる。
 口に出して見ると、確かにそういう気がしてきた。
「どうして、白雪姫が襲ってくるんだろ。白雪姫って、襲われて殺される方だよね? それが七人の小人連れてなんて、えーと、なんだか映画にあったな、そうそう、スター・ウォーズの『帝国の逆襲』にひっかけて、『白雪姫の逆襲』、とか、タイトルつけられそう」
 ぺらぺらしゃべって、次の瞬間、凍りつく。
 ぴたり。
 そんな感じで、リカが突然黙り込んでしまったから。
 きらきらブラウンの長い髪を払いのけながら笑っていた、リカの指が空中で浮いている。指に、光をはねている髪の毛が、まるでこれから投げつけようとするクモの糸みたいにひっかかっている。そして、その向こうから、闇の世界に続くような、真っ暗な目が僕を見つめている。
 表情がなくなって、半開きの唇がみるみるひび割れて、髪も白く乱れてしわが増え、それこそ魔法使いの老婆のようになっていきそうな、リカの目。
 この目を僕は知っている。
 見てはいけない部屋の扉を、とっても不作法に無造作に思いっきり開け放ってしまった、その向こうにいた誰かが振り返ったときの目。
 見ぃたぁねぇ。
 目はそうつぶやく。怨念を秘めて、呪いをこめて。
 白雪姫の継母が、鏡に向かって憎しみをぶつけていたときに声をかければ、こんな目をして振り返ったはず。
 僕は、何か、取り返しのつかないことをしてしまった。
 ざわざわとした不安が沸き起こる。
 なのに、同時にこうも思った。
 一体、それは何なんだろう。
 いつも沸き起こる禁断の好奇心。踏み入れてはならないとわかっているのに、花から立ちのぼる香りに幻惑される虫のように近寄ってしまう。
 花はたいていは食虫植物、だったりするのに。
 リカがカタリ、と椅子を鳴らして立ち上がった。僕を見ずに、うつむいたまま教科書を片付けにかかる。
「リカ?」
「問三、わかったんなら、後は解けるよ」
 うつむいたままのリカの顔は長い髪が隠していて、どんな表情をしているのかはわからない。声は静かに淡々としていて、怒っているようには聞こえないけど、あっという間に宇宙の果てにでも飛び去ったような、手の届きそうにない距離を感じる。
「リカ」
 僕は声をかけた。
 リカは答えない。
「リカ」
 教科書を鞄にいれている白い指。神経質そうに中身の配置を整え直す、せかせかした動き。まるで、僕の一言が彼女の中の秩序をうんと乱した、ように。
「ごめん」
 何も見ていないよ。
 僕は心の中で付け加えた。
 そうだ、僕は何も見ていない。
 リカ、君の中に何があってもいい。
 リカ、だから、側にいて。
 僕の側に。
「和樹クン」
 リカの声に僕は我に返った。
「ごめん、ごめんね」
 急いで繰り返し、今にも立ち去ってしまいそうなリカの手をとっさに握って引き留める。
「何か、バカなこと、いったんだよね? ごめん、悪かったよ」
 びく、と体をすくめたリカはゆっくりと顔を上げた。
 真っ白になった顔に、ぽっちりと赤い唇が、真っ暗な穴になった目と一緒に不安定に浮かんでいる。
「…わかってないのに、謝らないでよ」
「あ…」
 ひんやりとした拒否の声が響いて、僕は手の力を緩めた。リカがするりと手を抜いて、鞄を持って体を引く。それをぼんやりと見ながら、まただ、と胸の中でつぶやいた。
 僕はときどきこういうことをしてしまう。
 それまで笑って相手をしていてくれた人が、いきなり体中を強ばらせて警戒心を漲らせ、僕から急いで身を引くようなことを。まるで僕がすべての災難の源であったのかと突然気づいたみたいに。
 たぶん、開けてはいけない扉を開いてしまったのだろう。けれど、僕には、それがどこにあったのか、いや、扉があったことさえわからなかったりする。
 だけど、相手はそうは思わない。
 まるで僕が、とてつもない悪意をもって嫌がる相手の心の中に無理やり踏み込んでいったように、僕を拒む。今のリカのみたいに。
 そして、僕は困惑と不安に取り残される。
 それまで遊んでいた相手が目の前で霧になって消えたような気分。
 いったい、僕が何をしたって言うんだろう。
 何がいったいいけなかったって?
 一所懸命に考えてはみるが、答えはいつも見つからない。
 そのまま背中を向けかけたリカは、ぼうっとしてしまった僕がさすがに気になったのだろう、途中で動きを止めた。
「今度の土曜…」
「え?」
「だめ、だと思う」
「土曜の…映画?」
「うん」
 ふいに、一大決心をしたみたいにリカは振り向いた。さっきまで光を吸い込んで真っ黒に見えていた目が、何だろう、ふいにきらきらと、内側から光を放ち出したみたいに見える。
 その輝く瞳でまっすぐに僕を見た後、リカはにっこり、笑った。
 潤んで光る大きな目、触れると散る花びらのような唇、光るうぶげ。写真よりも誇らしげで、自信ありげで、まばゆいほどはっきりした笑み。
 デートを断られたっていうのに、思わず口を開いて見惚れてしまった。
 なんて、きれいなんだろう。
 リカって、なんて、きれいなんだろう。
「でもね」
 あんまり僕が情けない顔をしていたせいか、リカは少し眉をあげて、
「日曜はオッケー。うんとオシャレしてくから、楽しみにしてて」
「日曜?」
「だめ?」
「だめなんてことない、絶対ないよ」
 僕は急いでうなずいた。
「あ、それから」
 思い出したみたいに鞄を開けて、リカは青い表紙の本を取り出した。
「これ、よかったよ。写真集だけど。海のなの。よかったら。続いて借りない?」
「ここの?」
「うん。実はもう、期限切れてて」
 リカはちろっといたずらっぽくピンクの舌を出した。
「返してくれるとうれしいな」
「わかった、うん、返すよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...