『ドリーム・ウォーカー』

segakiyui

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10.ドリーム・ウォーカー(1)

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 燃え上がるような熱い闇の中を逃げていた。後ろから、刺激的に瞬く〇△□が追いかけてくる。
 ああ、またあの夢だ。
 夢だとわかっているのに、立ち止まれもしないし、目覚めもできない。息を切らせてあえぎながら、ひたすら僕は逃げ続ける。
 助けて。
 助けて。
 誰か助けて。
 心の中で叫びながら、誰も助けてくれないんだ、と思っている。
 誰も助けてくれやしない。
 僕は『まずい』んだから。僕は『困った』奴だから。春日さえ見放すような奴だから。
 そう思うと、前方の高みに、ぽうと今まで見たことのないものが浮かんだ。
 白い光。
 熱くてうだるようなこもった闇の世界に、それはひどくひんやりと清浄に見えた。
 何だろう?
 逃げながら僕は思った。
 その光は何か人のように見える。白い人が何かを指さすように見える。気づいたとたんに、くっきりと光の中に一本の指が見えた。
 それは僕の後ろを指している。振り向け、と言っているようだ。
 そんなこと。
 そんなこと、できるわけがない。
 振り向いたが最後、僕は〇△□に追いつかれてしまうに決まっている。追いつかれて、そして……。
 そして?
 大きな『?』マークが胸の中に突然鋼鉄のような塊になって現れた。
 追いつかれて、どうなるんだろう?
 僕は〇△□に何をされるんだろう?
 殺されるのか?
 でも、どうやって?
 挑発的に点滅している、〇と△と□。
 けれども、それは、僕をどうするんだ?
 考えついたことが、今まで一度も考えたことのないものだと気づいて戸惑った。
 白い光は消えている。
 後ろを示した指もなくなっている。
 僕はもう一つのことに気づいた。
 呼吸の音が聞こえる。はあはあと荒く響く音が闇の中に広がっている。
 逃げている。
 そうだ、僕はやっぱり逃げているんだ。
 ドウシテ?
 胸の中の『?』が尋ねた。
 ドウシテ、ニゲテル?
 〇△□が追いかけてくるからに決まってる。
 ドウシテ、同ジこーすヲ走ッテル?
 だって、それしか道がないから。
 ドウシテ、ソウワカッテル? 試シタコトモナイクセニ。
 そうじゃない、試したんだ。
 僕は走りながら弁解した。
 これ以外のコースがあるかも知れないと思って、試したことがあったんだ。けど、気がつくと、結局はいつもこの四角いコースに戻っていた。まるで、僕の選んだコースなんて、存在さえしなかったみたいに。
 ジャア、タチドマッテ、ミロヨ。
 だめだ、そんなこと。
 そんなことをしたら、追いつかれる。
 追イツカレルト、ドウナル?
 〇△□に、僕は…。
 僕は。
 考えはくるりと回って戻ってきた。
 試シタコトモナイクセニ。
 そうだ、確かに立ち止まるのは試したことがない。
 ドウシテ、試サナイ?
 怖いんだ。取り返しのつかないことになりそうで、とても怖い。
 夢ナノニ?
 『?』はとても不思議そうに言った。
 夢ナノニ? コワイノカ?
 そうだ、これは夢なんだ。
 夢は現実じゃない。たとえ夢の中で殺されても僕は死なない。
 あの武士と僧侶の夢で僕は海に落ちて死んだけど、現実の僕は死んでやしないように。
 ナノニ、ナゼ試サナイ?
 そうだ、なぜ試さないんだろう。
 ああ、だから。
 つるりと『?』の小さなかけらが溶けた気がした。
 だから、逃げてないような気がしてたんだ。
 本当に〇△□から逃げたいなら、これまでと違うことをやってみればいい。これは夢だ。何をしようと、目が覚めれば終わりになる。
 僕は〇△□に追いかけられ続けて、悲鳴を上げ続けている。誰か助けてくれ、と願い続けている。
 けれど、助けなんて来やしない、誰かが僕を助けられるわけがない。これは『僕の』夢なんだから。
 これは夢なのに、僕はなぜ、ほかの何かをやってみようとしないんだろう。立ち止まって、どうなるか試してみることだってできるはずだ。反撃だってできるかもしれない。
 けれど。
 けれど、怖い。
 立ち止まろうとするたびに、体が機械仕掛けのものに変わったように、前へぽおんと飛び出して、結局逃げ続けてしまう。条件反射を仕込まれた犬のように。
 どうする。
 どうする。
 ジャア、コノママ逃ゲ続ケルシカナイナ。
 胸の『?』はそうつぶやいてふいと消えた。
 オイカケッコヲ、楽シミナ。
 楽しむ?
 楽しめやしない。足はもうガクガクだし、かろうじて立っているぐらいなのに。
 これは夢だ。
 これは夢なんだ。
 僕は唇をきつく噛んだ。
 夢だ、所詮夢でしかない。通り過ぎれば消えて行く幻、だから何をやってもかまわない。
 立ち止まらなくても、せめて、あの指が示した方向を振り返れれば。
 僕は初めて走る速度を落とした。凍りつくような思いで振り返った。
 ぱあん。
 唐突に、闇の中で花火が上がった。
 ぱあん、ぱあん、ぱあん。
 わあああっ、という歓声。聞き覚えがある、と思った。
 そう、これは運動会の声だ。
 上がった花火の光に照らされて、〇△□の点滅が弱まった。
 その瞬間。
 僕は声を限りに悲鳴を上げた。
 〇△□は形じゃなかった。
 全身黒い服を着た三人の人間。それぞれが胸にマークをつけているのだ。
 そして、そのマークの上に乗っている顔は。
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