『ドリーム・ウォーカー』

segakiyui

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12.グラン・ブルー(4)

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 数日後。
 僕は病室で、やっと面会謝絶の札が取れた春日のベッドの横に腰を下ろしていた。月曜日の昼間のせいか、見舞い客は少なくて、病棟は静かだった。
 春日はうとうとと眠っているようだ。長い前髪が目を覆い、枕に乱れている。頬はまだ白いけれど、それでも血の通った温みが感じられた。
 日差しは明るく病室に差し込み、柔らかい風が窓から入ってくる。

 朗は裁判を受けることになっていた。
 初めの傷害はたいしたものではなかったらしい。どちらかというと『巻き込まれた』と思われていて、情状酌量されるはずだったらしい。ところが、その後の逃走と春日達を襲ったやり方で、その望みは薄くなった。少年院送致だろうと言われている。
 でも、実にも僕にもわかっている。いつかは朗が戻ってくることを。
 そのとき、僕らは朗とどうなるんだろう。
 不安が募ると、僕は〇△□と繰り返す。
 家での生活がいきなり変わったわけじゃないけど、母さんも父さんも前ほど僕に命令しなくなった。都おばあちゃんは避けている。和樹は『悪くなった』とときどき言われる。それでもいいと思えるようにはなった。
 あの夢はただの夢だ。
 けど、ただの夢でも、あの恐怖は『本物』だった。
 だから、朗が戻って来たときにも、僕はあの夢で覚えたことを試すだろう。
 立ち止まって見極めること、襲ってくるものが本当は何なのか、それは僕に何をさせようとしているのかを確かめること。
 そして、たった一つでも考えるだろう、自分が死ななくていい方法を。できたら、相手も死ななくていい方法を。それが何かを変えることを信じて。
 今なら少し、春日がわかる。
 現実と夢が同じだという感覚も。
 夢の中で殺されても確かに現実では死なない。
 だからと言って、それが夢でも妄想でも、自分の内側の世界ででも、殺されるのが平気なわけじゃない。
 春日はいろんな『記憶』を持っている。
 それは、僕らにとっては夢のようなものだけど、春日にとっては幾つもの現実の記憶と同じなんだろう。その中で、春日は何度も殺されたことがあるんだろう。殺したこともあるかもしれない。何度もズタズタになったことが、あるに違いない。
 それでも春日は人と関わり、生きていく。
 傷だらけの自分を抱えたままで。

 ふ、と春日が目を開けた。
 僕がいるのを不思議がったふうはなかった。
 修羅場をくぐったことや、死にかけたことなんか、覚えていないという静かな顔だった。
「いい天気だな」
 まぶしそうに、眠たそうにつぶやいた。
「夢を見たか?」
「いつも見てるよ」
 春日は僕の問いをさらりと流した。目を閉じ、独り言のように、
「ときどき巻き込まれて、ひどい目にあう」
「春日でも?」
「誰だって同じさ」
 一瞬ためらったけどそっと口に出してみた。
「…僕の夢は変わったよ」
「ふうん」
「ずっと見ていた夢を見なくなったんだ」
 続けて、とうとうどんな夢を見たのか話さなかったな、と思った。
 春日はゆるやかに瞬きした。それから、
「楽になったかい?」
 ぽつんとそう言った。僕の胸を貫くような、脆い部分を抱くような、そんな深い声だった。
 ぐっ、と胸が詰まって一瞬ことばが出なかった。
「…ああ」
「じゃあ、『グラン・ブルー』も大丈夫だな」
 春日はぼんやりと応えて、再び寝息をたてだした。
 静かな幼い寝顔だった。日射しの中のその顔が、揺らめくようににじんで見えた。
 春日を起こさないように、僕はそっと部屋を出た。廊下で時計を確認する。午前の授業はもう終わりだ。
「午後は大西の国語、か」
 国語は嫌いじゃない。
 受けに行こう、と決めて、僕は廊下を歩いていった。


                                                                        おわり
                                                              
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