『闇を闇から』番外編

segakiyui

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『その男』(4)

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 「よう!」
 ぱん、と派手な音をさせて背中を叩き、こともあろうに大学構内で馴れ馴れしく肩を組んできた大輔に苦笑する。
「やめろって」
 体育会系じゃないんだから。
 柔らかく詰って、そっとその手を外した。
「わかってるって」
 けれど、経済学部なんて柄じゃない、そうだろ?
 本人は快活に笑っているつもりなんだろうが、にやにやと細める眼の奥に蠢くものは露骨だ。
「そろそろ、だよな」
「ああ」
「今度はどんなのが居る?」
「好みだと思う」
「人選は任せた」
「期待しててくれ」
「ああもちろん」
 バツン、とまたどやしつけるように肩を叩き、じゃあなと去っていく相手の後ろ姿に筋肉馬鹿と書いてある。
 脳ミソも筋肉質の部分があるとTVで言ってただろうか? 下半身でしか物事を考えない男は表舞台に踊らせておくのにはちょうどいい。
 馬鹿すぎるのも困りもの、距離の取り方は難しいが。
「資金も必要だし」
 大輔はああ見えても実家に資産がある。立ち上げたばかりの『赤』の為にも、この先のサークル運営のためにも、もう少しあの男は自由に主人面しておいてもらった方が何かと都合がいい。
「……おとなしく、目立たず」
 手にしていた新聞をゴミ箱に捨てる。
 合コンを看板に女学生を食い物にしていた男達が哀れな末路を辿った事件、それが氷山の一角であることは皆知っている。記事にならないだけ、事件にならないだけの同じ類の出来事が、どこにも必ず転がっている。
「人当たりよく、親切で」
 卑劣で許し難い犯行。
 口を極めてののしられているそれと、もう何度目か企画されているサークルのイベントがどう違うのかと聞かれたら、情報管理と応えるだろう。あるいは、末端は中心のことを知らなくていい、と。
 大輔はわくわくと毎回楽しくそれに参加している。
 まさか企画者側までDVDに納められているとは気づかないし、想像もしないところが筋肉馬鹿たる所以だ。
「意外にいい奴、か」
 気づいてくすくす笑った。
 よかったな、大輔。
 友人は大切にするものだ、そうだろ?
 少なくとも裏切られてるかも、なんて疑わせちゃ悪い。
 優しいよな?
 あのDVDは保険だ。
 たった一人いつも映っていない人間、毎回お楽しみを外されている可哀想なやつが、将来一番安全だなんて考えもしないんだろう。
 つまり、そういうことには関わらないのが強いんだというのが結論なんだよ。
 缶コーヒーを買って、片手に経済白書とレポートを手にベンチに座る。
 穏やかな日差し、まばゆい木漏れ日。
「京介!」
 走って次の授業に出たはずの大輔が、覚えのある名前を呼びながら目の前を横切った。
「おい、待て!」
 走った先で掴んだのはひょろりとした細身の少年。いや、高校生ぐらいにはなっているか。
 一瞬見えた横顔が大輔と全く似ていない。
 ははん、あれか、ひょっとして?
 大輔の、抱き飽きないおもちゃ。
「…」
 静かな視線で相手をねめつける表情はきつい。削いだような頬の線、無理させてるんだろう、どうせ。
 大輔がいやらしい顔で覗き込むのに、相手がうっとうしそうに眉を潜めたとたん、闇に開く薔薇を思った。
「へえ」
 大輔はそっちは言うほど馬鹿じゃない。あの女好きの大輔の、あれほどの執着を煽るものが、確かにありそうだ。
 ベッドでは違うんだろう。そんな無表情を剥ぎ落として、大輔の揺さぶりに応じているんだろう。
 それでも、いつか見かけた孝とか呼ばれてたやつとは根本的に違っている。
 瞳の冷ややかな色が。唇を歪めた不快感が。凍りついたように静かな表情が。
 全身で大輔を拒否し侮蔑している気配、それがあの馬鹿を煽ってるとは気づいていないあたりが、お子様だが。
「ほら来い」
「離せ」
「孝をそっとしておいてやりたいよな?」
「…」
「せっかく彼女ができたんだぞ?」
「……」
 白い顔になって顔を背けたまま、それでも逃げずに大輔に従う背中が綺麗だった。
 初めて興味が動いた、男を抱くことに。
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