『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

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1.大事故(1)

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「…では、次のニュースです。2日夜半、和野海岸道路で起こった大型トレーラーと小型乗用車による事故によって、崖下に転落した小型乗用車から行方不明となった滝志郎さんの捜索が続けられていましたが、滝さんは依然行方不明のままです。この辺りの潮流は複雑で、季節的にも水温が低く、また、同乗者の春日井あつしさんも事故の翌日亡くなられて発見されていることから、滝さんの生存はほぼ絶望的と見られ、今夜半、捜索が打ち切られました。次に、大海市で起こった…」


 突然で悪いが、俺は死んだ。
 いや、厳密に言えば『死んだことになっている』。
 10月2日、つまり、今から3日前に起こった事故は、稀に見る華々しい事故だった。
 和野岬をぐるりと回る和野海岸道路を、2日の夜、砂岐へ向かっていた小型乗用車が、反対車線を走っていたはずの大型トレーラーと危うく正面衝突しかけ、ハンドルを切り損ねて秋の海へとダイビングしたのだ。
 おまけに、運転していた春日井あつしと言うのが、最近騒がれている製薬会社のスパイ事件の源、春日井製薬の御曹司とあれば、ついでに持って、相手の大型トレーラーの運転手もなぜか行方不明とあれば、話題にならない方がおかしかった。
 スポーツ新聞の見出しは派手派手しく、『スパイ事件に巻き込まれたのか? 謎の交通事故?!』『口封じ? 事故? 追い詰められる春日井製薬』。
 記事には事故当時の春日井製薬の動きが付け加えられている。
 その頃、春日井製薬は、小沢薬品、鳴田薬物研究所と絡んだ、薬品のスパイ事件を引き起こしていた。当局はもう少しで証拠を突き止め、三者を法廷に引きずり出すところだったのだが、決定打となるものがどうしても見つからず、捜査は足踏み状態となっていた。春日井あつしがひょっとすると『もの』を持っていて、そのために消されたのではないかと疑われるのはもっともだ。
 俺、滝志郎の立ち位置は、ひょっとしたら身の危険を感じていたあつしが『もの』を渡していた相手かも知れず、またあるいは全く知らずに巻き込まれたのかもしれないと言う微妙な位置で、現在のところ確実なのは、俺は既に『死んでしまっている』と言うことだけだった。
 だが、現実には、俺は死んでいないのだ。

「ふぅ…」
 俺はちょっと切ない溜め息をついて、紙面を眺めた。
 春日井製薬社長、春日井忠義の談話は、息子の死を哀しみ、無実の罪を恨み、正義は必ず勝つ!式の感動物語だった。読んでいるだけでも、こちらの涙腺を刺激して視界を潤ませるような代物だ。
 で、もう1人の方は、と言うと。
「朝倉周一郎氏談。『特にお話しすることはありません』…かあ」
 やれやれ、相変わらずと言うか、なんと言うか。
 俺は新聞を折り畳んでソファへ投げながら、この辺りで一、二を争う高級マンションの一室から、外を眺めた。
 窓の外は一面、宝石を撒いたような美しい夜景になっていた。22時を過ぎているが、夜の空気を味わい街の灯りに酔う人々にとっては、まだ宵の口なのだろう。
 どうにも落ち着かなくて、ベッドサイドの電話を手に取る。
 朝倉家の番号を押したが、事故後2度目に掛けた時と同じように、1つのことばを繰り返すだけだった。
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません。もう一度お掛けになるか、番号をお確かめの上…』
「ちぇっ」
 少々乱暴にブルーグレイの受話器を置く。
 新聞にどんなコメントを載せていても、周一郎が心配してるんじゃないかと思って(何せ、あの事件の夜から俺は姿を消してしまっているのだから)、このマンションに入ってから何回か掛けているが、朝倉家はよほど立て込んでいるらしく、話し中が1回あっただけで、後は今と同様、繋がらなかった。電話番号を変えてしまったのかもしれない。
「やれやれ………ん?」
 溜め息をついてベッドに腰掛け、後ろに手を突いて指先に触れたものを引き寄せる。メタル・フレームの濃い緑色のサングラス。持ち上げて、部屋の明かりに透かしてみる。これを掛けてちゃ、確かに顔がわかりにくくはなる。部屋を見回す。サングラスの向こうに浴室へと続くドアが開いている。
「顔でも洗って寝るか」
 ベッドから立ち上がり、浴室に入り、洗面台の鏡を覗き込み……
「たはっ」
 引きつった。
 鏡の前に来るたびに毎回見てはいるのだが、未だに慣れない。何せ今の格好と言うのが、元々の俺を知っている奴が見れば必ず吹き出すだろうと言う代物なのだ。
 黒の革製のジャンパーとズボン、カーキ色のカッターシャツ、ポケットに鈍い金のキーホルダー、片手に例のサングラス。極め付けなのが前髪で、明るい褐色がかった金メッシュが入ってるときた。
「いつまでこんな格好をさせとく気なんだ」
 心細くなって、側に居ないお由宇に毒づいた。
 このマンションを契約しているのもお由宇なら、俺に姿を隠すように指示したのもお由宇だ。
 ここでの俺はちょっといいところの息子で、毎日暇を持て余してぶらぶら遊び暮らしていることになっている。
「大体、あいつと知り合った頃からおかしくなってきたんだよな」
 ぼやきながら、2日前のことを思い出した……。
 
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