『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

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4.模造品(2)

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 ひとしきり笑い合った後、少女はまだ笑みを唇に残したまま、
「もっと、こわいヒトかと思った」
「俺が?」
「うん、だって噂がすごかったんだもの。612の男は、毎日女を取り替えてるとか、かなりアブノーマルな趣味の持ち主だとか」
「は?」
「アブノーマルは当たってたけど。違う意味で。あたし、そんなところで、そんなに派手に転ぶヒト、初めて見た」
「あ、あのねえ…」
 俺はのそのそ立ち上がりながら引きつった。
「コーヒー、あたしが淹れてあげる。危なっかしくて見てられないもの」
「あ…どうも」
 いそいそと台所に少女が立つのに、ぺこりと頭を下げてソファに戻った。
 自分ではそんなにおかしいつもりはないのだが…やっぱり世間基準でいくとおかしいのか? 初対面に近い14、5の女の子が、世話を焼きたがるほど危なっかしいのか? 
 俺は少女がコーヒーを淹れて戻ってくるまでに、どっぷり自己嫌悪に落ち込んでいた。
「はい、どうぞ」
 カップも適当に使っちゃった、と少女は笑った。
「あ、どうも」
「あ、どうもしか言わないのね」
「あ、……どうも…」
 ぷっ、とまた少女は吹き出した。
 どうやら俺のドジですっかり気分が解れたらしい。
「ごめん…その……女の子と話すのが……あんまり得意じゃないもんで…」
 うろたえて弁解すると、少女は小首を傾げた。
「見たいね。でも、あの噂、どうしてかな……だから、てっきり、椎我さんだと思ったんだけど。手紙の住所もここだったし」
「それだ!!」
「!」
 少女はどきっとしたように、突然立ち上がった俺を見つめた。だが、俺はそんなことに構っていられなかった。
 そうだ、俺は何てバカだったんだ。この世界には素晴らしい制度があるじゃないか。郵便制度。あれなら、住所一つで、相手に物を伝えられる。朝倉家があそこにある限り、郵便物が届かないなんてことはない。それに、俺は周一郎が毎朝きちんきちんと郵便物を確かめるのを知っていた。
「便箋便箋……と、えい、レポート用紙でいい! それに封筒…と」
 俺はレポート用紙に、お由宇の指示で少しの間姿を隠していること、死んではいないから心配することはないこと、事が済めばすぐに帰ることなどを急いでまとめ、封筒に宛名を書いてレポート用紙に畳んで入れて封をした。封筒に差出人は書かなかった。
 手紙を書き上げ一息ついて、やり遂げた充実感と満足感を味わいながら、コーヒーカップを両手で包み込み、そこでようやく、ぽかんとこちらを見ていた少女に気づく。
「あ…ご、ごめん! どうしてもやっておかなきゃならないことを急に思い出して」
「…これから、驚かないことにします。アブノーマルだとわかっていれば、その辺は」
「誰がアブノ……え?」
 瞬きする。今とんでもないことを聞かなかったか。
「これから?」
「うん」
 にこりと少女は笑った。
「あたし、木田さんが気に入っちゃった」
「気に入っちゃった、って……噂を聞いてるんだろ?!」
「嘘だってわかったもの。アブノーマル除いて」
「あのねえ! 気に入ったからって……だいたい、俺は君の名前も何も知らないんだぞ!」
「あ、ごめんなさい」
 ペロッ、と少女は舌を出した。
「春日井万里子、15歳、市内の中学三年です」
「かー!!」
「え?」
「い、いや、何でもない何でもない」
 思わずじっとり滲んでくる冷や汗を拭った。
 見たことがあるはずだ、春日井あつしの妹じゃないか。一度、家族揃っての写真とやらで見たことがあるぞ、あれだ、あの女の子だ。となると、これは是非聞いておかなくちゃならないだろう。
「その…15歳の市内の中学3年生がどうして、その…しい…何とか言う男を捜してるんだ?」
「椎我義彦。25歳。家族と……お兄ちゃんの仇」
「!」
 きっぱりと言い切った万里子の目の奥に、哀しげな色が滲んでいた。
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