『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

文字の大きさ
12 / 31

4.模造品(3)

しおりを挟む
「あたし…本当はお兄ちゃんと血は繋がってないの」
 エレベーターで1階へのボタンを押しながら、万里子は話し出した。一刻も早く手紙を出したいと言う俺に付き合ってくれたのだが、本当は男の人が合わせるべきなのよ、と笑った。
 お兄ちゃん、春日井あつしはそうしてくれる人間、優しすぎるほど優しい、妹思いの人間だった。家族のことを話すときも、誰よりも多く誰よりも先に妹のことを話した。その時の奴は、いつものどこか悟ったようなアルカイック・スマイルじゃなかった。本当に愛おしそうに、話すことさえ無上の喜びであると言いたげに、妹のことを話した。この世に兄妹として生まれてきた絆を、何よりも感謝したい、そう呟いたこともあった。
「知ったのはね、中1の時。……お兄ちゃん? 知らなかったと思う。私は、冬の雪の日に、春日井家の前に捨てられてたんだって。雪の日なのに周りに足跡が一つもなくて、たぶん、捨てられた後、雪が降ったんだよね……どこからきたのかわからない子だからと言って……万里の彼方より来た子と言う意味で、万里子……」
 エレベーターが微かな浮遊感を伴いながら、俺達を階下へ運んで行く。
「ほら、よく、学校の宿題にね、自分の名前がどうしてつけられたかを調べて来なさいって言うのがあるでしょう? あの時、おかあさんったら、何て答えたと思う? 万里の彼方にある幸せも手に入れられる子……だから万里子、だって……ふふっ……おかしいの」
 万里子は小さな笑い声を上げて、背を向けたまま、肩を竦めて見せた。
「おんなじ、万里の彼方でも、大違いなのにね」
「…」
「それでね、私が自分が捨て子だって知ったのはね」
 万里子はふいに固い声になった。
「中1の頃、アルバイトするのになかなか許してくれないから、つい冗談で、『やっぱり、あたしはここの家の子じゃないんだ』って言ったの……そうしたら、おかあさんもおとうさんも、一瞬真面目な顔になって黙り込んじゃって……その後、すぐにごまかしたけど、そんなのってわかるじゃない? あたし、しつこく何度も聞いたの。おかあさんは違うの一点張りだし、おとうさんはバカな事を言うなとしか言ってくれない。お兄ちゃんだけは、そんな事があるわけないって怒ってくれたけど、あたし、本当の事が知りたかった……ううん、たぶん知りたかったけど、知りたくなかった。それ以上知ったら、あたしの居場所がなくなるような気がして…」
 クン、と軽いショックの後、エレベーターのドアが開いた。入れ違いに入っていく2人連れのOLが、俺と万里子の組み合わせを興味津々で見つめながら通り過ぎる。横目で眺めた万里子はそっと手を伸ばし、俺の腕を掴んだ。どきりとする間も無く体を寄せてくると、不愉快そうに眉を寄せた女性2人に一言、
「オバン」
「まあっ!」「何よっ!」
「おいっ」 
 ヒステリックなOL達の声はすぐに閉まったドアに遮られて、俺は冷や汗を流した。
「何を言うんだ、ほんとに」
「うふっ、だって、木田さんをモノホしそうに見てたんだもの」
「物欲しっ」
 思わず絶句する。
 なんて怖いことを言うんだ、最近の中学生は。
 ひきつる俺の腕に平然と片腕を絡ませて、万里子は俺をマンションの玄関へ導いた。管理人が眼鏡の奥から睨みつけるのも気にした様子もない。それでも、通りへ出ると、さすがに歩きにくかったのか体を離し、万里子は話を続けた。
「にせものでも……良かった。にせものの家族でも……。でも、おとうさんの秘書の椎我さんが、知りたがって焦れていたあたしに、あたしが捨て子だって教えてくれたの。ショックで…みんなが信じられなくて……不良になってやろうと思った。だから、椎我さんが重役の1人と話しているのを立ち聞きしていて見つかった時椎我さんが『おとうさんに話してもいいよ』って言っても話さなかったの。……だけど、そのせいで…あんなことが起こったわ」
「あんなこと?」
「お兄ちゃんも殺されて…おとうさんは警察に追い回されて」
 俺はぎょっとした。
「おかあさんはノイローゼになって……みんな……あたしのせいで」
 もしこの子の言っていることが本当なら、万里子はとんでもない秘密を知っている生き証人ということになるんじゃないのか。まだ、誰にも知られていないだけで。
 ぎゅうっと万里子は俺の手にすがって来た。体を震わせながら、遅れまいと付いてくる。
 俺は速度を落とし、一所懸命に目を見張って涙を零すまいとしている万里子の歩調に合わせた。しばらく黙り込んでいた万里子は、前方にポストを見つけると、顔を明るませて俺を振り仰いだ。
「ポスト!」
 笑んだ瞳のあたりに淡く光を放つものがあるのを、俺は素知らぬふりをした。
「出して来てあげる!」
「頼む」
 封筒を受け取り、万里子はいそいそとポストに駆け寄っていく。
 その後ろ姿を見ながら、ふと、あつしは、万里子と血が繋がっていないことを知っていたような気がした。でなければ、兄妹の絆を結んでいることにあれほど固執するだろうか。事あるごとに、あつしは「妹の万里子が」と言った。「万里子」と言う時には、必ず「妹の」をつけていた。初めは俺への説明の為かと思ったが、家族構成を呑み込んだ後でも、必ず「妹の万里子が」と口にするのに、どことなく不審を覚えていた。まるで、自分に言い聞かせているようにも聞こえたからだ。
(あつしも万里子に魅かれていたかも知れないな)
 魅かれていることを隠す為に、兄妹の絆を喜んだ。出会って離れてしまう恋人ではなく、いつまでも愛し続けられる兄妹の絆を喜んだ。そう考えるのは、あつしを美化し過ぎだろうか。
 肌寒い風にピンクのスカートの裾を翻らせながら、万里子は走って戻ってくる。その笑顔を見ながら、そう考えるのが、あつしの独特のアルカイック・スマイルに一番似合っているような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...