『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

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4.模造品(4)

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◆◆「木田さん」
「何だ?」
「あの朝倉周一郎っていう人、木田さんの『恋人』なの?」
「ぶ!」
 思わず吹いた。いつかの悪夢が蘇る。
「よせ! 俺はその気はない!」
「だって今、流行ってるし」
「違うっ!!」
 流行り廃りでそんなことを決められてたまるか。
 ムキになる俺を、万里子はきらきらと潤んだ瞳で見つめていた。面白そうな様子になおも反論しようとした俺は、万里子の肩越し、角を曲がってきた軽トラックに目を惹かれた。どうしてそれが目についたのかはすぐにわかった。トラックは車線も何もかも全く無視して、次第にスピードを上げ、こちらに突っ込んできていたのだ。
「木田さん?」
「危ない! 春日井くん!」
 俺はとっさに万里子の手を引っ張った。振り返りかける万里子の頭を押さえて歩道を走る。周囲の人間が恐慌を起こして蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。視界の端で、トラックがゆっくり進路を変えるのが映る。間違いなく、俺達を狙っている。だが、狙われているのは誰だ? 俺か? 万里子か? 
 走る足元が危うくなる。何度も言うようだが、俺はハードボイルド向けではないのだ。逃げるぐらいしか能はない。が、そのたった一つの才能さえも、俺の足が裏切った。何かを踏んでずるっと足が滑った、そう思った時には、俺の体はちゃんと後ろへ倒れ込んでいた。
「べ!」「きゃあっ!」
 腕を掴んでいた万里子が巻き添えを食らってひっくり返る。ぱっとピンクのスカートの裾が広がる向こうに、突っ込んできていた軽トラックが何を血迷ったか、電柱に激突するのが見えた。
 ぐわっしゃ、どーん!
 俺達が急にこけたんで、運転が狂ったらしい。息を荒げていた俺はほっとして後ろに寝そべった。と、その数軒向こうの軒先で、マンガの立ち読みをしていた男がはっとしたようにこちらを向き、ひっくり返っている俺達を見るのが目に飛び込んできた。
「木…田……っ! 椎我さんっ!」
 声を震わせながら這い寄ってきた万里子が、俺の見ているものに気づき、小さく叫び声を上げる。
「なにっ?」
 跳ね起きようとする耳に、後ろの騒ぎが届く。
「運転手はどうしたっ」
「いないぞ!」
「乗ってなかったようにも見えたぜ」
「そんな……幽霊?!」
「おい! 警察が来たぞ!」
 響く声に、椎我が我に返って身を翻し、走り出す。
「んなろっ、この、人を狙っといてマンガなぞ読んでやが……って……?」
 跳ね起きて後を追おうとし、ぐっと服の裾を握られて止められた。恐る恐る万里子を振り返る。髪を乱し、座り込んで真っ青になっている万里子がジャンパーの裾をしっかり握っている。
「春日井くん?」
「や……置いてかないで…」
 がたがたと体を震わせながら、万里子が呟いた。
「あ、ああ…うん?…」
 俺の視線の意味を察して万里子は真っ赤になり、もう一方の手の甲で目の当たりを擦った。
「た…立てな…いんだもん…」
「え?」
 訳が分からず赤面した顔を見つめていたが、ふいとあることに気づいて、こっちも思わず赤くなった。
「あ…ああ…そうか…ごめん、気づかなかった」
「もう…やだ…」
 ジャンパーの裾から手を離し、両手で顔を覆う万里子に、俺はサングラスを外して渡した。慌てたように万里子がサングラスをかけるのに、さて、どうしようかと考える。
 このまま立っても……やっぱり……『跡』が残るだろうな……うん。
 と、その時、ジャンジャンジャンジャン、と派手な音がして、角を再びすごい勢いで曲がって来た車があった。
「火事はどこだ! え! 火事は?!」
「へ?」「え?」
 呆気にとられる俺達に構わず、慌ただしくホースを引っ張り出した消防士が、
「よし、放水、始め!!」
「わ! ばか! よせ! こら!」
 俺の抗議も無視してどうっと水が降り注ぎ、万里子が悲鳴を上げてしがみついて来た。
「うぐわあああ!」
 その水の中を何とか突っ切り、相手に掴みかからんばかりに喚く。
「どこに火事がある、どこに!」
「おや、火事は?」
 訝しげに放水を止めた相手が首を傾げる。
「知るか! 事故ならあったがな!」
「いやー、それなら通報間違いだろう、悪かった、悪かった」
 のうのうと笑う相手の顔に、どこか見覚えがあるような気がした。
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