『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

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5.舞台裏(3)

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 がちゃり、と境にある周一郎の寝室のドアが開いた。主治医が出て来て、高野が従う。部屋の中はカーテンが引かれているのだろう、薄暗い。
 ソファから身を起こした俺に、高野が冷ややかな顔で向き直る。
「坊っちゃまは今、お薬でお休みになられました」
 さ、はよ帰れ、帰らんとどついて、いてもうたるぞ。
 副音声でそんな脅迫が聞こえる気がする。
 大切な坊っちゃまの静養の邪魔をする人間は、たとえ一国の太守であろうと追い出そうと構えている気配、俺の金メッシュの髪がさらに輪をかけて、佐野の名前を出してもなお、朝倉家にはふさわしくないと最終判断を下したようだ。
「では、寝顔だけでも」
 俺は粘った。
 もし、これから『どんちゃん騒ぎ』が始まるとすれば、ちょっとやそっとで周一郎を訪ねてくることなど出来なくなるだろう。そのうちには、俺の手紙も着くだろうが、それより前に直接言ってやりたかった、お前のせいじゃない、安心していい、と。
 周一郎が眠っているなら、それは自己満足に過ぎないだろうが。部屋にルトでも忍び込んでいれば、あいつから知らせてくれるかもしれない。
「佐野さんに様子を見てこいときつく言われているもので」 
 使い走りの軽い男よろしく、苦笑いをしながらへこへこする。
「お願いしますよ、怒られちまいます」
「……どうぞ」
 これ見よがしな深い溜息をついて、高野はドアの前から体を譲った。
「ありがとうございます」
 とりあえず礼を伝え、ゴキブリキャッチホイ入り袋はソファに置いたまま、部屋に入る。熱っぽく苦しそうな呼吸が聞こえていてどきりとする。
 ベッドに近寄って覗き込もうとした途端、背後のドアが開かれたままなのに気づいて振り返った。
 守護神高野。
 いや、そんな感じで高野が身じろぎもせずに立ってこちらを見つめている。
「あの」
「はい」
「2人にしてもらえないですか」
「は?」
「見られてると気になって。おかしなことなんかしませんし」
「…」
 むっとしたように高野が眉を寄せ、口を開いて物申そうとした矢先、お由宇の代理だということをぎりぎりで思い出したらしい。
「……ご随意に」
 ごごごごご。
 怒りと不審の気配を撒き散らしながら、それでもあくまで丁重に、高野は引き下がってドアを閉めていく。多分、賭けてもいいが、ドアの外に張り付くはずだ、俺が出ていくまで。
「さて、と」
 あまり高野に憤慨させて血圧をあげてやるのも気の毒だし、さっさと用件を済ませることにした。
「ルト? おい、居ないのか?」
 周一郎が起こさないように、そっと呼びながら見回してみる。
 だが、灰青色の毛玉はどこからも転がって来ない。どこかへ狩りにでも出かけているのだろうか。
 あいつが普通の小猫と違うところは、その獲物だ。あいつが探すのは食物でも異性でもない。人の心に巣食う闇、街のあちこちに滲む悪意を求めて出かけていく。
「…仕方ないな」
 溜息をついて、ベッドに近寄った。
 大きなベッドの中央部を窪ませて、周一郎は横になっている。部屋には小さな明かりが灯され、憔悴が目立つ顔立ちは、微かに苦痛を浮かべている。睫毛が黒々と影を落としている。対照的に頬が青白く生気がない。
(窶れてる)
 寝息が重苦しい。強制的に取らされた眠りの中で周一郎が寛げていないのは確かで、時々呻いて寝返りを打つ。眉間の皺はますます深く、唇を噛み、掛けものの下でぎゅっと体を竦めている。
 苦しんでいた。
 身動き一つ自由に出来ないほど、苦しんでいる。
「…」
 俺は無言で、そっと周一郎の頭に手を載せた。輾転としている顔に浮かんだ、追い詰められたような幼い表情が痛々しくて、堪らない。
「う…ん…」
 掌の下でびくっと体を震わせた周一郎が、怯えるように顔を強張らせる。
「大丈夫だよ」
 無意識にことばが口を突いた。
 大丈夫だよ。お前が気遣うようなことは何もないよ。俺は生きて、ここにいるだろ? 安心して眠ってていいんだ。
 だが、続きを口にするにはあまりにもキザすぎる気がして、俺は口を閉じた。そのまま無言で数回、そっと頭を叩く。
 バカだな。他人のことでそんなに傷つく奴があるか。お前は『氷の貴公子』だろ? 人のことなど気にしていないはずだったろ?
「…ふ…」
 ふいに周一郎が緊張を解いた。少し身動きし、それでも俺の手が離れることを恐れたように、息を詰めて体を縮め、やがてもう一度ゆっくりと体を伸ばした。眉が緩む。食いしばっていた唇が少し開いた。
「…」
 何かを呟いたようだったが、聞こえない。すぐに寝息が響き出した。さっきよりは楽そうな、気持ち良さそうな感じだ。俺はほっとした。
 コンコン。
 周一郎の頭から手を離すと同時に、ドアが静かに開いた。
「そろそろお時間かと」
 高野が静かに一礼する。お時間も何も10分経っていない。ストップウォッチででも測っていたのか、顔を上げてこちらを見た目が、依然冷たい。
 さっさと出て行きやがれ、この馬の骨。閃光をまとった文字が空中から飛んできそうだ。
 目は口ほどに物を言い、だよな。
「わかりました」
 もう一度周一郎を見る。
 うん、大丈夫だろう。これで俺の手紙が着けば、こいつのことだ、すぐに真相を見抜くだろう。
 にっこり笑ってはっとする。恐る恐る時計を確認すると、万里子と待ち合わせていた時間から遥かに過ぎている。
「う、うわっ」
「何か?」
「い、いえ、あの、これで、どうも、失礼しますっ」
 不信感を強めた表情の高野に送り出されるのももどかしく、俺は朝倉家から飛び出した。
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