『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

文字の大きさ
16 / 31

5.舞台裏(2)

しおりを挟む
「高野さん…」
 主治医は高野の迫力に押されたように唖然とした顔になった。相手の沈黙に気づいた高野がはっと我に返り、慌て気味に顔を伏せる。
「申し訳ありません、つい…」
「いいよ。君がそれほど取り乱すなら、何かあるんだろうが…」
「…実は坊っちゃまにお尋ねしたことがあるのです、どうしてそれほどお仕事を為さるのですか、滝様が亡くなられたのですと、と」
 高野は少し顔を上げたが、表情はなお苦しげなものになっている。
「思慮が浅かったのです。私もまた、滝様が気に入り始めておりましたし……つい、ことばにしてしまったのですが、坊っちゃまは窘められることもなく、黙って背を向けられて、ぽつりと『自制できる自信がない』とおっしゃいました」
「…」
「私が黙っておりますと、肩越しに視線を返されて、『大悟の時は悲しかったけれど、するべきことがあった。今度は……滝さんが死んでしまったのに、僕は何をすればいいのかわからない……何かして居ないと、自分をコントロールする自信がないんだ、高野』と微笑まれて……私が知っている中で、あれほど頼りなげな坊っちゃまを見たのは初めてです」
「…『氷の貴公子』が」
 主治医は信じられないと言いたげに首を振った。
「滝君と言うのは、彼にそこまで言わせる人間だったのか?」
「少なくとも、坊っちゃまにとっては、どなたよりも失われたくない方でした。もっとも、一般的にいえば、滝様と言う方は」
 高野は少し息を吸い込んだ。
「厄介な方でした」
 ずん、と真上から『厄介』の2文字が落っこちてきて、俺はアスファルトにめり込んだ。
 おい、高野、ちょっとそれはないんじゃないか。そりゃ、確かに……幾分かはドジだが。
 俺の代わりに主治医の方が崩れかけ、かろうじて持ち直して、淡々としている高野に引きつり笑いを返した。
「それは…また…」
「けれども」
 高野は平然とことばを継いだ。
「大悟様以外で、ただ1人、坊っちゃまを子ども扱いされた方でした。……そして、大悟様がされなかったこと、子どもの義務だけでなく、権利をも、坊っちゃまに与えられた唯一の方でした」
「子どもの義務と権利?」
「子どもは年相応の部分を残しておくべきであり、それは社会を作っている大人に従うところにあると大悟様はお考えでした。けれども滝様は、子どもは甘えてもいいのだ、大人の庇護下にあっても良いのだと坊っちゃまにおっしゃいました」
 俺はキョトンとした。
 前者と後者、何がどう違いがあると言うのだろう。俺にはどちらも同じことのように聞こえる。大人の作った社会の中で、大人は子どもを守ってやらなくてはならないと言うことだろう?
「それで……応えたのか、彼は」
「応えようと為さっておいででした……ほんの少しずつ」
 主治医はしばらく考え込んでいたが、ふいと再び屋敷の方へ足を向けた。
「先生…?」
「今の話を聞いてみるとね、どうしてももう一度、彼を診ておく必要がありそうだな。まずくすると、今が崩れ始めている時かも知れん」
「私も、それを心配しているのです。倒れられた時のうわ言も気にかかりますし」
「『滝さん…僕のせいだ』と言うことばだね?」
「たとえ、そう考えておられても、普段の坊っちゃまならば、口に出されるはずがございません」
 周一郎、お前、まさか。
「あの」
 朝倉家の中へ戻ろうとした2人に、俺はつい、声をかけてしまっていた。
「え?」
 訝しげな顔で振り返る高野に、しまった、と思う。できるだけ他の人間を巻き込まないようにと、お由宇に言われていたのを、今更思い出した。
『周一郎1人なら、私が何とか相手をするけど、他の人間があなたが死んでいないことを知ると、ちょっと色々面倒になるでしょ』
 いたずらっぽいお由宇の笑みが脳裏に浮かぶ。もちろん、俺の性分を知り尽くしている人間だから、こんな風に俺が、お節介にも『生きてますよぉ』なんて化けてでたがるのを察しての忠告だったのかもしれないが。案の定無駄になったのね、と苦笑するのが想像できる。
 けれど、周一郎のうわ言なんて聞かされれば、黙ってなどいられない。お前のせいじゃない。お前が責任を感じることじゃないと言い聞かせてやりたい。
「あなたは…」
「あ、そ、その……佐野さんの代理で、朝倉さんのお見舞いに…」
「……」
 高野は俺を上から下までじろじろと眺めた。どこかで聞いた声だがと悩むように顔をしかめたが、前髪の金メッシュに露骨に嫌な顔をすると、一言応じた。
「ゴキブリキャッチホイをもって、ですか」
「ええ、まあ」
 へらへらと笑う。サングラスを通して見える高野が、ますます不機嫌そうな顔になるのに、
「何なら、佐野さんに確かめて下さい。木田史郎と言います」
「…佐野様のご友人、ですね?」
 あとで確実に身元調査されるだろうが、そこはお由宇がうまくやるだろう。
「はい、ぜひ、朝倉さんのお見舞いをと」
「……では、こちらへ」
「どうも」
 高野はもう一度物言いたげに俺の抱えた袋を見たが、それ以上は失礼に当たると考え直したのか、丁重に俺を門の中に招じ入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...