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第3章
12.オープンエンディド(1)
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翌朝。
「美並、これでおかしくない?」
京介は鏡の中の男を繰り返し上から下まで眺めて振り返る。
「はい」
後ろに立っていた伊吹がくすぐったそうな顔で笑う。
「ちゃんとしてる?」
「はい」
「……かっこいい?」
「可愛い」
「え……」
それじゃあ駄目だよ、と不安になってネクタイを解こうとした京介の前に伊吹が回ってきて手を止める。
「どうして?」
「だって」
今日は伊吹の両親に初めて会う。
しっかりしたできる男だと思われたい。娘を任せるに十分な器量があると認められたい。可愛い男にそんなことを感じやしない。せめて。
「京介」
「う」
大石よりは優りたい、そう思った気持ちを見抜いたように伊吹が両手で頬を包んでくれて瞬きする。優しく微笑む唇が朝日に柔らかく光っている。その唇が夕べ京介のどこに触れていたか、どんなふうにキスしてくれていたかを思い出して、じわりと下半身に熱が動く。
「み、なみ」
「何?」
「キス、したい」
「ん…」
希望を伝えるより早く両手が動いて相手を抱き締めていた。小さく開く唇に、伊吹も京介を望んでくれている、そう読み取って夢中で啄む。さらりとした感触がだんだん甘味を帯びて唇に絡んでくるのに堪え切れなくて、伊吹の腰を強く引き寄せる。
「ふ、」
なんでだろう。
なんで伊吹とキスするのはこんなに気持ちよくて夢中になるんだろう。
唇という体の一部が触れているだけ。舌という器官が動いているだけ。
なのに、挟み込むと蕩けて消えそうな唇の柔らかさに我を忘れる。舌先で触れる場所が震えて波打つのにぞくぞくする。漏れる吐息が頬をくすぐって、薄目を開ければ伏せた睫が切なそうで、そっと吸いつくと怯えたように引かれる身体にくらくらする。
「みなみ…」
「……ん…」
囁いて薄赤く染まった耳に唇を触れるとぴくりと相手が震えた。首筋に華やかな色が滲み、つい誘われてそちらへ舌を伸ばしかけたとたん、
「っん」
背中を一番弱いラインで撫で上げられて、思わず軽く仰け反った。
「こら」
同時に押し付けたものに伊吹が睨み上げてくる。
「……僕のせいじゃないよ」
つい恨み言を零したが、掠れた声では甘えてるとしか取れなかったのだろう、伊吹が苦笑する。
「じゃあ誰のせいですか?」
「美並のせい…」
どうしよう、離れたくない。もう一度このままなだれ込んでもいいぐらい。
反応している半身をぴったりとあててくっつくと、伊吹も同じように京介の腰を抱き締めてくれて嬉しくなる。そのまま温かな感触に酔って、相手の肩に頭を載せて目を閉じて気付く。
そうか、僕は怖いんだ。
もし美並の両親に気に入られなかったらどうしよう、そう思ってる。
もちろん京介が伊吹の側に居られるのなら、誰が何をどう思おうと全く構わないけれど、ましてやこんな風に京介を抱き締めてくれるなら他に何もいらないけれど、それでも両親が京介のことを不快がった場合、板挟みになって伊吹が苦しむのは見たくない。
ただ京介は。
もう一人では居られない。伊吹なしでは生きていけない。
「美並…」
「はい」
「もし、美並が僕を嫌いになったら」
「なりませんよ」
「でももし、美並が僕を要らなくなったら」
「なりません」
「僕、自殺してもいい?」
「……だめです」
何を言い出すんですか、と呆れたような声に切なくなって続ける。
「じゃあ、僕を殺してくれる?」
「………殺しません」
「どうして?」
きっと僕、美並に付きまとうよ。困らせてしがみついて離れないよ。
「京介」
「美並が苦しんだり哀しんだり、他に好きな人ができたり」
脳裏を村野が過る。響子の再婚を知ったとき、村野はどうするだろう。今のように穏やかにいられるだろうか。
村野の静けさはきっと響子が自分から離れても、他の男のものにはなっていないからだ。手が届かない、そういう意味では他の男と同じ条件だと無意識に安心しているからだ。
「……大石は強いな」
「え?」
自分の大切な女が他の男のものになっていくのを間近で眺めていられる。
「僕には無理」
相手を傷つけるか、それとも自分を傷つけるしかないところに追い込まれてしまうだろう。
ハルの自信ありげな笑みが蘇る。
あの笑顔が伊吹に向けられて、その笑顔が伊吹を支えていくのだ、そう思うだけで。
「焼け尽きそう」
だから、もしそんなことになったら。
「僕を殺して、美並」
抵抗しないよ、その代わり。
「最後に一度だけ、抱いて」
「っ」
ぎく、と伊吹がふいに大きく震えて京介は目を開けた。
「……ありえる、か」
「美並?」
強ばった呟きに甘えていた体を起こすと、伊吹はどこか白くなった顔で眉を寄せている。
「でも……そうすると、誰だろう?」
「なに?」
「………京介」
「はい」
どうも風向きが違うと抱き締めていた手を解いて伊吹を覗き込む。
「一つ聞いていいですか?」
「うん」
「難波さんの好きだった人って、知ってますか?」
「孝?」
妙な問いに困惑したけれど、記憶を辿って首を振る。
「恵子の後は荒れてたから……いなかったと思うけど……でもなんでいきなり?」
「もう一つ聞いていい?」
微笑みながら伊吹が言ったことばに京介は絶句した。
「京介は私が嫌いになったら殺しますか?」
「美並、これでおかしくない?」
京介は鏡の中の男を繰り返し上から下まで眺めて振り返る。
「はい」
後ろに立っていた伊吹がくすぐったそうな顔で笑う。
「ちゃんとしてる?」
「はい」
「……かっこいい?」
「可愛い」
「え……」
それじゃあ駄目だよ、と不安になってネクタイを解こうとした京介の前に伊吹が回ってきて手を止める。
「どうして?」
「だって」
今日は伊吹の両親に初めて会う。
しっかりしたできる男だと思われたい。娘を任せるに十分な器量があると認められたい。可愛い男にそんなことを感じやしない。せめて。
「京介」
「う」
大石よりは優りたい、そう思った気持ちを見抜いたように伊吹が両手で頬を包んでくれて瞬きする。優しく微笑む唇が朝日に柔らかく光っている。その唇が夕べ京介のどこに触れていたか、どんなふうにキスしてくれていたかを思い出して、じわりと下半身に熱が動く。
「み、なみ」
「何?」
「キス、したい」
「ん…」
希望を伝えるより早く両手が動いて相手を抱き締めていた。小さく開く唇に、伊吹も京介を望んでくれている、そう読み取って夢中で啄む。さらりとした感触がだんだん甘味を帯びて唇に絡んでくるのに堪え切れなくて、伊吹の腰を強く引き寄せる。
「ふ、」
なんでだろう。
なんで伊吹とキスするのはこんなに気持ちよくて夢中になるんだろう。
唇という体の一部が触れているだけ。舌という器官が動いているだけ。
なのに、挟み込むと蕩けて消えそうな唇の柔らかさに我を忘れる。舌先で触れる場所が震えて波打つのにぞくぞくする。漏れる吐息が頬をくすぐって、薄目を開ければ伏せた睫が切なそうで、そっと吸いつくと怯えたように引かれる身体にくらくらする。
「みなみ…」
「……ん…」
囁いて薄赤く染まった耳に唇を触れるとぴくりと相手が震えた。首筋に華やかな色が滲み、つい誘われてそちらへ舌を伸ばしかけたとたん、
「っん」
背中を一番弱いラインで撫で上げられて、思わず軽く仰け反った。
「こら」
同時に押し付けたものに伊吹が睨み上げてくる。
「……僕のせいじゃないよ」
つい恨み言を零したが、掠れた声では甘えてるとしか取れなかったのだろう、伊吹が苦笑する。
「じゃあ誰のせいですか?」
「美並のせい…」
どうしよう、離れたくない。もう一度このままなだれ込んでもいいぐらい。
反応している半身をぴったりとあててくっつくと、伊吹も同じように京介の腰を抱き締めてくれて嬉しくなる。そのまま温かな感触に酔って、相手の肩に頭を載せて目を閉じて気付く。
そうか、僕は怖いんだ。
もし美並の両親に気に入られなかったらどうしよう、そう思ってる。
もちろん京介が伊吹の側に居られるのなら、誰が何をどう思おうと全く構わないけれど、ましてやこんな風に京介を抱き締めてくれるなら他に何もいらないけれど、それでも両親が京介のことを不快がった場合、板挟みになって伊吹が苦しむのは見たくない。
ただ京介は。
もう一人では居られない。伊吹なしでは生きていけない。
「美並…」
「はい」
「もし、美並が僕を嫌いになったら」
「なりませんよ」
「でももし、美並が僕を要らなくなったら」
「なりません」
「僕、自殺してもいい?」
「……だめです」
何を言い出すんですか、と呆れたような声に切なくなって続ける。
「じゃあ、僕を殺してくれる?」
「………殺しません」
「どうして?」
きっと僕、美並に付きまとうよ。困らせてしがみついて離れないよ。
「京介」
「美並が苦しんだり哀しんだり、他に好きな人ができたり」
脳裏を村野が過る。響子の再婚を知ったとき、村野はどうするだろう。今のように穏やかにいられるだろうか。
村野の静けさはきっと響子が自分から離れても、他の男のものにはなっていないからだ。手が届かない、そういう意味では他の男と同じ条件だと無意識に安心しているからだ。
「……大石は強いな」
「え?」
自分の大切な女が他の男のものになっていくのを間近で眺めていられる。
「僕には無理」
相手を傷つけるか、それとも自分を傷つけるしかないところに追い込まれてしまうだろう。
ハルの自信ありげな笑みが蘇る。
あの笑顔が伊吹に向けられて、その笑顔が伊吹を支えていくのだ、そう思うだけで。
「焼け尽きそう」
だから、もしそんなことになったら。
「僕を殺して、美並」
抵抗しないよ、その代わり。
「最後に一度だけ、抱いて」
「っ」
ぎく、と伊吹がふいに大きく震えて京介は目を開けた。
「……ありえる、か」
「美並?」
強ばった呟きに甘えていた体を起こすと、伊吹はどこか白くなった顔で眉を寄せている。
「でも……そうすると、誰だろう?」
「なに?」
「………京介」
「はい」
どうも風向きが違うと抱き締めていた手を解いて伊吹を覗き込む。
「一つ聞いていいですか?」
「うん」
「難波さんの好きだった人って、知ってますか?」
「孝?」
妙な問いに困惑したけれど、記憶を辿って首を振る。
「恵子の後は荒れてたから……いなかったと思うけど……でもなんでいきなり?」
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