『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
284 / 510
第3章

12.オープンエンディド(1)

しおりを挟む
 翌朝。
「美並、これでおかしくない?」
 京介は鏡の中の男を繰り返し上から下まで眺めて振り返る。
「はい」
 後ろに立っていた伊吹がくすぐったそうな顔で笑う。
「ちゃんとしてる?」
「はい」
「……かっこいい?」
「可愛い」
「え……」
 それじゃあ駄目だよ、と不安になってネクタイを解こうとした京介の前に伊吹が回ってきて手を止める。
「どうして?」
「だって」
 今日は伊吹の両親に初めて会う。
 しっかりしたできる男だと思われたい。娘を任せるに十分な器量があると認められたい。可愛い男にそんなことを感じやしない。せめて。
「京介」
「う」
 大石よりは優りたい、そう思った気持ちを見抜いたように伊吹が両手で頬を包んでくれて瞬きする。優しく微笑む唇が朝日に柔らかく光っている。その唇が夕べ京介のどこに触れていたか、どんなふうにキスしてくれていたかを思い出して、じわりと下半身に熱が動く。
「み、なみ」
「何?」
「キス、したい」
「ん…」
 希望を伝えるより早く両手が動いて相手を抱き締めていた。小さく開く唇に、伊吹も京介を望んでくれている、そう読み取って夢中で啄む。さらりとした感触がだんだん甘味を帯びて唇に絡んでくるのに堪え切れなくて、伊吹の腰を強く引き寄せる。
「ふ、」
 なんでだろう。
 なんで伊吹とキスするのはこんなに気持ちよくて夢中になるんだろう。
 唇という体の一部が触れているだけ。舌という器官が動いているだけ。
 なのに、挟み込むと蕩けて消えそうな唇の柔らかさに我を忘れる。舌先で触れる場所が震えて波打つのにぞくぞくする。漏れる吐息が頬をくすぐって、薄目を開ければ伏せた睫が切なそうで、そっと吸いつくと怯えたように引かれる身体にくらくらする。
「みなみ…」
「……ん…」
 囁いて薄赤く染まった耳に唇を触れるとぴくりと相手が震えた。首筋に華やかな色が滲み、つい誘われてそちらへ舌を伸ばしかけたとたん、
「っん」
 背中を一番弱いラインで撫で上げられて、思わず軽く仰け反った。
「こら」
 同時に押し付けたものに伊吹が睨み上げてくる。
「……僕のせいじゃないよ」
 つい恨み言を零したが、掠れた声では甘えてるとしか取れなかったのだろう、伊吹が苦笑する。
「じゃあ誰のせいですか?」
「美並のせい…」
 どうしよう、離れたくない。もう一度このままなだれ込んでもいいぐらい。
 反応している半身をぴったりとあててくっつくと、伊吹も同じように京介の腰を抱き締めてくれて嬉しくなる。そのまま温かな感触に酔って、相手の肩に頭を載せて目を閉じて気付く。
 そうか、僕は怖いんだ。
 もし美並の両親に気に入られなかったらどうしよう、そう思ってる。
 もちろん京介が伊吹の側に居られるのなら、誰が何をどう思おうと全く構わないけれど、ましてやこんな風に京介を抱き締めてくれるなら他に何もいらないけれど、それでも両親が京介のことを不快がった場合、板挟みになって伊吹が苦しむのは見たくない。
 ただ京介は。
 もう一人では居られない。伊吹なしでは生きていけない。
「美並…」
「はい」
「もし、美並が僕を嫌いになったら」
「なりませんよ」
「でももし、美並が僕を要らなくなったら」
「なりません」
「僕、自殺してもいい?」
「……だめです」
 何を言い出すんですか、と呆れたような声に切なくなって続ける。
「じゃあ、僕を殺してくれる?」
「………殺しません」
「どうして?」
 きっと僕、美並に付きまとうよ。困らせてしがみついて離れないよ。
「京介」
「美並が苦しんだり哀しんだり、他に好きな人ができたり」
 脳裏を村野が過る。響子の再婚を知ったとき、村野はどうするだろう。今のように穏やかにいられるだろうか。
 村野の静けさはきっと響子が自分から離れても、他の男のものにはなっていないからだ。手が届かない、そういう意味では他の男と同じ条件だと無意識に安心しているからだ。
「……大石は強いな」
「え?」
 自分の大切な女が他の男のものになっていくのを間近で眺めていられる。
「僕には無理」
 相手を傷つけるか、それとも自分を傷つけるしかないところに追い込まれてしまうだろう。
 ハルの自信ありげな笑みが蘇る。
 あの笑顔が伊吹に向けられて、その笑顔が伊吹を支えていくのだ、そう思うだけで。
「焼け尽きそう」
 だから、もしそんなことになったら。
「僕を殺して、美並」
 抵抗しないよ、その代わり。
「最後に一度だけ、抱いて」
「っ」
 ぎく、と伊吹がふいに大きく震えて京介は目を開けた。
「……ありえる、か」
「美並?」
 強ばった呟きに甘えていた体を起こすと、伊吹はどこか白くなった顔で眉を寄せている。
「でも……そうすると、誰だろう?」
「なに?」
「………京介」
「はい」
 どうも風向きが違うと抱き締めていた手を解いて伊吹を覗き込む。
「一つ聞いていいですか?」
「うん」
「難波さんの好きだった人って、知ってますか?」
「孝?」
 妙な問いに困惑したけれど、記憶を辿って首を振る。
「恵子の後は荒れてたから……いなかったと思うけど……でもなんでいきなり?」
「もう一つ聞いていい?」
 微笑みながら伊吹が言ったことばに京介は絶句した。
「京介は私が嫌いになったら殺しますか?」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教師と生徒とアイツと俺と

本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。 教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。 そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。 ★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。 ★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。 ★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

巨×巨LOVE STORY

狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ…… こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...