『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

12.オープンエンディド(2)

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「京介?」
「……」
「いつまで拗ねてるんですか?」
「………」
「京介」
「だってっ」
 ひどいよ、美並。
 かあっと頭が熱くなって泣きそうになりながら京介は訴える。
「僕が美並を殺せるわけないのにっ!」
「……声が大きいです」
「あ…」
 一瞬静まり返ったバスの中で京介は慌てて俯く。
「ごめん」
「………まあ、そう、ですよね」
 伊吹が引きつった顔で呟いて、くすぐったそうに笑う。
「ごめんなさい、おかしなことを聞きましたね」
「ん」
 そっと絡められた指先にほっとして顔を上げると、伊吹はやはりどこか険しい顔でじっと通り過ぎる景色を見つめている。
 誰に会ってきたの?
 昨日、伊吹が買ってきたサンドイッチを食べながらそう尋ねると、ためらいもなく明です、そう応えてくれた。
 何となく安心して、その後京介はとらくんと会ったんですよね、どんな用だったんだんですか、そう問い返されて、宣戦布告されちゃった、と笑ったけれど。
 はあ、そうですか。
 微妙な顔をした伊吹はゆっくり苦笑して、大変でしたね、と頬にキスしてくれて、響子のことは話せなかった。
 それを伊吹はどこかで感じているんだろうか、京介が故意に何かをごまかしていると。
 だから関係ない孝の好きな人のこととか言い出して。
 京介が伊吹を嫌いになったら殺すかなんて、ひどいことを聞いてきたんだろうか。
「……」
 本当に、関係ない、だろうか。
 自分の指に絡んでいる伊吹の指をじっと眺めて、さっき想像したのはそこに嵌める指輪のことだったけれど、今は別のことが浮かび上がってくる。

 孝の死に様。
 ラブホテルのベッドで絞殺されていた。
 いや厳密に言えば、首を締められて死んでいた。
 呼び出されて金を受け取って寝る。そういう仕事の繰り返しをしていた身体は、いつの間にか細くて妙に頼りなげなものになっていて、一瞬孝だと感じなかった。
 始めは殺人事件かと疑われたが、そのうち首を締めて快感を得る、そういうプレイの最中に行き過ぎたのか、自殺だったのではないかと言う話になったのは、首筋に指の食い込んだ跡が残っていたことと部屋の造りによった。
 特殊な造りの部屋だったらしい。いわゆるSMプレイを楽しめるようになっていて、いたるところに手摺や柱、拘束具や紐鎖などがあって、ホテルの従業員の話によると、孝は結構瀕回に現れていたようだ。
 SMプレイを楽しんで、客が帰った後で眠ろうとしたか死にたくなって睡眠薬を呑み、不安定になって発作的に自殺を試みたのではないか。死にきれずに首に紐を巻いて自分で締めようとしたところで、足を滑らせたか体勢を崩したかしてきっちり締まったのではないか。もともと自殺企図があったことは、手首にあった幾つもの傷が証拠となると説明された。
 覚醒剤を使っていた可能性もあって、そちらもあたるからと孝の死の真相を突き止めるよりは覚醒剤の捜査に重点が置かれた、それも孝の事件を曖昧にした。
 都会の闇に呑まれた男が一人、人生を早くに終えた。
 そういうところでおさまった事件に、京介が引っ掛かっているのは、その姿に自分が重なるせいだろう。
 孝は自分だったかもしれない。
 たまたま自分は大輔から離れた場所で仕事を見つけ、それに夢中になることができ、それなりの地位を得て自分の闇も封じてこれた。それが溢れ零れ落ちそうになったときに伊吹と出会って、暴かれ開かれ確かめられて、受け止められ愛され満たされた。
 もし、京介が桜木通販ではなく、孝のように夜の街で生きることを選んでいたら。
 誘いがなかったわけではない。特に勤め始めた頃は大輔の記憶から逃れるのに必死で感情を全て殺していたような状態だったから、クールで卒ない遣り口はホスト向きだと囁かれたこともある。外見の華やかさを生かして大金を稼がないかと持ちかけられたこともある。
 大輔から離れて、女性と付き合って、それでも燻る炎に眠れなくなって煮詰まった頃に一度、本当にそちらへ進もうかと考えたこともある。
 所詮汚れて腐っている中身だ、崩れ落ちるまで欲望に晒してしまっても惜しくない。
 ただ、孝の死の真相だけは知りたい。
 ならばいっそこの身体を餌に突っ込んでしまうか、大輔を身体で操って、相子を笑顔で動かして。急速に自分は濁っていくだろうけど、もう何もかもどうでもよくなりつつもあって、いずれ眠れずに狂っていくなら、いっそ孝の跡を追い掛けて、闇の底まで沈むかと考え始めていた。
 けれども、穏やかに微笑みながら仕事をこなしていく京介の病んだ内側を、桜木元子は気付いていた。
『駄目よ、真崎くん』
 廊下を通りすがりざまに制された。
 はい、と訝しく振り向くと、突然伸ばされてきた指に顎を押し上げられて固まった。
『確かに十分色っぽいけどね』
 反らせた喉のあたりに視線を這わされた瞬間、微かに自分の中の何かが蠢いた。
『……駄目よ』
 もう一度、今度は冷たい目で吐き捨てるように続けられた。
『そんな男は誰も欲しがらないわ』
 女は贅沢なの、と元子は目を細めた。
『捨てるつもりの身体なんか要らないのよ』
 ぞくりと体を震わせた京介が身を引くと、元子はどこか哀れむ口調で付け加えた。
『待ちなさい』
 あなたをちゃんと受け止められる人がきっと居る。
 シンデレラですか、僕は。
 苦笑しながら当たり障りなくさらりと流すと、眠れる森の美女ってとこね、と元子は応じた。
『棘だらけのイバラを切り開いて近付くには、それなりの覚悟がいるからね』

「……王子、か」
 思わず苦笑して横目を使う。
 確かに伊吹は幾重にも巡らせた防壁を軽々と破って踏み込んできた。
 そして今隣で年齢に不似合いなほど厳しい顔で風景を見ている女性は、また京介の闇の別な部分を静かに押し開いてくれようとしているのかもしれない。
 なら僕は。
「……美並」
「はい?」
「ハルくんに美並を諦めろって宣戦布告された」
「うん」
「ハルくんは美並の唯一の相手なんだって」
「……そう」
 また微妙な顔になった伊吹が軽く溜め息をつく。
「美並を返せって」
「それで?」
「嫌だって言った」
「うん」
「……よかったよね…?」
 なら京介は、何もかもを伊吹に晒す。
 不安も傷みも恐怖も快感も。
 伊吹に全て差し出して、その指先に自分を委ねる。
「…辛かったですね」
 ちゅ。
 バス亭についてざわめく人々が立ち上がる隙に、小さな音をたてて伊吹が唇を重ねてくれた。
「ん…」
 目を閉じて、受け入れる。
「それから」
 御褒美もらったしね、と京介は急いで続きを口にする。
「はい」
「響子さんに会って」
「……『MURANO』の?」
「そう、響子さん、別な人からプロポーズされて悩んでるって」
「……ああ」
 何か納得したように伊吹が頷いた。
「でも、村野さんとはよりを戻さない、そう言ってませんでしたか?」
「どうしてわかるの?」
「……村野さんはみんなに優しい人ですから」
 びっくりすると伊吹は困ったように微笑んだ。
「みんなに優しくすることが好きなら……結婚するのは無理ですね」
 考え込みながら呟く伊吹の心に誰が蘇っているのか不安になると、ひょいと京介を見上げて伊吹が笑う。
「で、どうして『MURANO』に?」
「え、ああ」
 指輪を買おうと思って。
 黙って勝手に動いたのが居心地悪くてぼそぼそ応じると、伊吹が一瞬花が綻ぶように笑って見愡れる。
「京介」
「ごめん、でも、とにかく今日お許しもらったら、帰りでもいいから指輪買おう?」
 ねだると伊吹がそっと頷いてくれて京介は安堵した。
 
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