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第3章
12.オープンエンディド(3)
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夕飯は食べていくでしょ、カレーにでもしようか。
伊吹の実家はいつもの電車路線からバスで30分ぐらいのところにあった。
「へえ……こっちには来たことがなかったな」
意外に近いんだね。
周囲を見回しながら歩く京介に、軽く咳払いされて振り向く。
「何?」
「行きましょう?」
「あ、うん」
いそいそと従って、ふいに背中に視線を感じて振り返ると、道端で顔を寄せあって立ち話中の中年女性二人と目が合う。
「?」
伊吹の知り合いか御近所か。そう考えた頭は素早く答えを出して、にっこり営業スマイルを返しながら会釈する。ぎくりとした二人が瞬きしながら慌てて頭を下げてきたので、また微笑み返してから顔を戻すと、伊吹が憮然としている。
「なに?」
「無駄に色気を振りまかないで下さい」
「はい?」
色気って何。
「僕、男だよ?」
「はいはい」
「何、そのはいはいって」
「いや自覚がないのは傍迷惑ですねってこと」
「自覚?」
別に脱いでもないし、迫ってもないよ、笑っただけでしょう。
「それが問題なんでしょう」
京介もちょっと村野さんに似てますね、と返されてむっとする。
「どこが」
「……説明するんですか」
「わかんないよ」
なんだ、伊吹さん、嫉妬してるんでしょ。
踏み込みすぎ、自惚れだとは思ったけれど、つい自分ばかりが好きな気がして悔しくて、京介が唇を尖らせると、
「してますよ」
「はっ?」
「嫉妬してます」
あっさり肯定されて呆然とした。
「だからあんまりそこら中の女に笑いかけないで下さい」
「わ…」
そんなこと、初めて聞いた。
嬉しい、と思ったとたん、顔が熱くなって無意識にへらりと笑いかけると、
「冗談です」
「うっ」
「嬉しかった?」
「美並っ」
ひどいよっ。
舞い上がった気持ちを叩き落とされてむくれながら、
「そんなこと言うと」
「言うと?」
「ここでキスしちゃうからね」
「……私の家の前で?」
「そう、家の前…ええええっ」
「………おい」
慌てて振り向くと、そこにのっそり立っていた明が目を据わらせている。
「人んちの前で何を恥ずかしいことやってんだ、あんたは」
「あぅ」
「姉ちゃんも京介をからかうな」
「からかわ…れたの?」
「俺に聞くな」
とにかく入れよ、と促されて、伊吹が楽しそうにくすくす笑いながら可愛いですね、と囁いてきたから、また顔が熱くなった。
「いらっしゃいませ」
優しい声が迎え入れた。
たぶん昔の建て売り分譲住宅の一つ、二階建てで一階には玄関とトイレと風呂場と居間、それにダイニングキッチン、二階は3~4部屋ある感じの半和風の家は、小さな庭を備えている。
綺麗に片付けられた玄関で迎えてくれた伊吹の両親は伊吹の気配からすると驚くほど普通な感じがした。
半白頭を丁寧に整え、シャツとざっくりしたセーターの父親はがっちりした顎の企業戦士風。母親はブラウスとタイトスカートに紺色のカーディガンで首までの髪をまとめてある。
「どうぞ」
やや低めの声で父親が促す。
「ありがとうございます」
父親は伊吹元也、地元の食料品卸しの営業マン、母親は伊吹ひとみ、専業主婦、頭で当たった情報を素早く確認して微笑みながら一礼する。
「真崎京介です。伊吹さんには御世話になっています」
「公私ともに、だろ」
靴を脱ぎながら明が混ぜ返し、これ、と母親が慌てたように制した。ちら、と鋭い視線を投げてくる父親の抵抗は計算内、無言で少し会釈して見せる。
「あがれよ、京介」
まんざら他人でもないんだしさ。
明がさっさと話を進めてしまおうとしているのは明らかで、それでもあまりにも露骨な物言いに、伊吹がじろりと明を見遣った。
気にした様子もなく明が促す。
「ほら、二人ともそんなとこに突っ立ってたら京介が入れないだろ。入れたくないの?」
「あ、そ、そうね、ごめんなさい」
はっとしたように母親が体を開いたが、父親が動かないまま見下ろしてくる。
これはさっそく一戦交えなくちゃならないのかな。
こちらの技量を計ろうとする視線には慣れている。一番怖いのは伊吹を失うことだし、伊吹が京介を拒まない限り、それは有り得ないとわかっているから、怯む気持ちは起こらない。
「上げて頂けますか?」
柔らかく尋ねると、父親はゆっくり京介を上から下まで顔を動かすように見た。これはたぶんにフェイクで、もちろんこんなことでびくつくような相手を認める気はないという意思表示だ。力を抜き、相手の観察するに任せる。
「おとうさん」
むしろ伊吹が不愉快そうな声を出したが、それに応じる気配もないあたり、なかなかどうしてしたたかな親父さんだと京介が考えていると、
「ここで済む話じゃないんだな」
ぼそりと唸るように呟かれて、さすがに明がおいおい、と戻ってきた。
「何だよ、とうさん。何を今さら」
京介が来るって結構楽しみにしてたくせに。
思わぬ内幕をばらされても、父親はまだ動じない。京介の瞳の中を探るようにじっと覗き込んでくる。
これはひょっとして、本当に一戦始まっちゃってるのかもしれない。
京介は笑みを深めた。
「済みますよ」
あっさり言い放って、側の母親と伊吹が固まるのをよそに続ける。
「美並さんと結婚したいんです」
許して下さい。
「お許しを頂いたなら、すぐにでも帰ります」
「か……きょう、すけ」
課長、そう言いかけた伊吹が珍しくおずおずとした口調で呼び掛けてきた。
「…かあさん」
父親がいきなり動いて側にあったジャケットを取り上げ、靴を履く。
「ちょっとこの人と出てくる」
「え、ちょっと、おとうさん」
「とうさんっ」
明が慌てたように父親の腕を掴もうとするのを、京介は制した。
「わかりました」
「京介、だって」
「お父さんは僕と話があるんだよ。そうですよね?」
「そうだ」
父親はさっさと玄関を出ていく。
「じゃあ、いってきます、伊吹さん」
微笑んだ京介に伊吹が不安そうに瞬いた。
「すぐ戻ってくるから」
「はい」
頷く伊吹に側の母親がそっと会釈してくる。
「じゃあ明くん、後で」
「あ、うん」
落ち着かない顔で見送る明にも笑って、京介は急ぎ足に父親の後を追った。
伊吹の実家はいつもの電車路線からバスで30分ぐらいのところにあった。
「へえ……こっちには来たことがなかったな」
意外に近いんだね。
周囲を見回しながら歩く京介に、軽く咳払いされて振り向く。
「何?」
「行きましょう?」
「あ、うん」
いそいそと従って、ふいに背中に視線を感じて振り返ると、道端で顔を寄せあって立ち話中の中年女性二人と目が合う。
「?」
伊吹の知り合いか御近所か。そう考えた頭は素早く答えを出して、にっこり営業スマイルを返しながら会釈する。ぎくりとした二人が瞬きしながら慌てて頭を下げてきたので、また微笑み返してから顔を戻すと、伊吹が憮然としている。
「なに?」
「無駄に色気を振りまかないで下さい」
「はい?」
色気って何。
「僕、男だよ?」
「はいはい」
「何、そのはいはいって」
「いや自覚がないのは傍迷惑ですねってこと」
「自覚?」
別に脱いでもないし、迫ってもないよ、笑っただけでしょう。
「それが問題なんでしょう」
京介もちょっと村野さんに似てますね、と返されてむっとする。
「どこが」
「……説明するんですか」
「わかんないよ」
なんだ、伊吹さん、嫉妬してるんでしょ。
踏み込みすぎ、自惚れだとは思ったけれど、つい自分ばかりが好きな気がして悔しくて、京介が唇を尖らせると、
「してますよ」
「はっ?」
「嫉妬してます」
あっさり肯定されて呆然とした。
「だからあんまりそこら中の女に笑いかけないで下さい」
「わ…」
そんなこと、初めて聞いた。
嬉しい、と思ったとたん、顔が熱くなって無意識にへらりと笑いかけると、
「冗談です」
「うっ」
「嬉しかった?」
「美並っ」
ひどいよっ。
舞い上がった気持ちを叩き落とされてむくれながら、
「そんなこと言うと」
「言うと?」
「ここでキスしちゃうからね」
「……私の家の前で?」
「そう、家の前…ええええっ」
「………おい」
慌てて振り向くと、そこにのっそり立っていた明が目を据わらせている。
「人んちの前で何を恥ずかしいことやってんだ、あんたは」
「あぅ」
「姉ちゃんも京介をからかうな」
「からかわ…れたの?」
「俺に聞くな」
とにかく入れよ、と促されて、伊吹が楽しそうにくすくす笑いながら可愛いですね、と囁いてきたから、また顔が熱くなった。
「いらっしゃいませ」
優しい声が迎え入れた。
たぶん昔の建て売り分譲住宅の一つ、二階建てで一階には玄関とトイレと風呂場と居間、それにダイニングキッチン、二階は3~4部屋ある感じの半和風の家は、小さな庭を備えている。
綺麗に片付けられた玄関で迎えてくれた伊吹の両親は伊吹の気配からすると驚くほど普通な感じがした。
半白頭を丁寧に整え、シャツとざっくりしたセーターの父親はがっちりした顎の企業戦士風。母親はブラウスとタイトスカートに紺色のカーディガンで首までの髪をまとめてある。
「どうぞ」
やや低めの声で父親が促す。
「ありがとうございます」
父親は伊吹元也、地元の食料品卸しの営業マン、母親は伊吹ひとみ、専業主婦、頭で当たった情報を素早く確認して微笑みながら一礼する。
「真崎京介です。伊吹さんには御世話になっています」
「公私ともに、だろ」
靴を脱ぎながら明が混ぜ返し、これ、と母親が慌てたように制した。ちら、と鋭い視線を投げてくる父親の抵抗は計算内、無言で少し会釈して見せる。
「あがれよ、京介」
まんざら他人でもないんだしさ。
明がさっさと話を進めてしまおうとしているのは明らかで、それでもあまりにも露骨な物言いに、伊吹がじろりと明を見遣った。
気にした様子もなく明が促す。
「ほら、二人ともそんなとこに突っ立ってたら京介が入れないだろ。入れたくないの?」
「あ、そ、そうね、ごめんなさい」
はっとしたように母親が体を開いたが、父親が動かないまま見下ろしてくる。
これはさっそく一戦交えなくちゃならないのかな。
こちらの技量を計ろうとする視線には慣れている。一番怖いのは伊吹を失うことだし、伊吹が京介を拒まない限り、それは有り得ないとわかっているから、怯む気持ちは起こらない。
「上げて頂けますか?」
柔らかく尋ねると、父親はゆっくり京介を上から下まで顔を動かすように見た。これはたぶんにフェイクで、もちろんこんなことでびくつくような相手を認める気はないという意思表示だ。力を抜き、相手の観察するに任せる。
「おとうさん」
むしろ伊吹が不愉快そうな声を出したが、それに応じる気配もないあたり、なかなかどうしてしたたかな親父さんだと京介が考えていると、
「ここで済む話じゃないんだな」
ぼそりと唸るように呟かれて、さすがに明がおいおい、と戻ってきた。
「何だよ、とうさん。何を今さら」
京介が来るって結構楽しみにしてたくせに。
思わぬ内幕をばらされても、父親はまだ動じない。京介の瞳の中を探るようにじっと覗き込んでくる。
これはひょっとして、本当に一戦始まっちゃってるのかもしれない。
京介は笑みを深めた。
「済みますよ」
あっさり言い放って、側の母親と伊吹が固まるのをよそに続ける。
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「とうさんっ」
明が慌てたように父親の腕を掴もうとするのを、京介は制した。
「わかりました」
「京介、だって」
「お父さんは僕と話があるんだよ。そうですよね?」
「そうだ」
父親はさっさと玄関を出ていく。
「じゃあ、いってきます、伊吹さん」
微笑んだ京介に伊吹が不安そうに瞬いた。
「すぐ戻ってくるから」
「はい」
頷く伊吹に側の母親がそっと会釈してくる。
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