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第5章
8.ウォーク・イン・ポーカー(4)
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「…課長」
緊張した顔で高崎が動き、京介が部屋を出て行くのか、志賀に迫るのか、何れを選んでも道を塞ごうとする。
「こいつは」
「高崎くん」
「はいっ」
険しい顔で睨み返してくる。
「そんな怖い顔をされると脅されそうでどきどきするなあ」
「えっ」
「僕はコーヒーね」
「は?」
「志賀さんは?」
「え、あの…」
不安そうに顔を上げた志賀が戸惑って答えを探す。
「コーヒー…で」
「じゃあ高崎くん、よろしく」
「え、何ですか、俺が買いに行くの?」
「君のも買って来ていいから」
「ありがとうござ…じゃなくて、今っ?」
「そう今」
さっさと行け、と視線で促すと口を尖らせながら部屋を出て行く。
後ろ姿を寄り添いたい気持ちも露わに、志賀が視線でドアを出て行く高崎の背中を追う。
「…改めて、志賀さん」
「はい」
京介が向き直ると、志賀は顔を強張らせて向き合った。
「この度は………?」
再び頭を下げようとした相手に微笑み、首を振る。
「謝罪し、礼をいうのはこちらです」
「え…?」
「高崎もいずれ知りますが、あなたには貴重な情報を伝えてもらったことを感謝しなくてはならない。その上で、再びご迷惑をお掛けする可能性があることを先に謝らなくてはならない」
すみません。
居住まいを正し、頭を下げる。
「僕の方こそ、個人的な事情で『ニット・キャンパス』開催を危機に陥れている人間です。あなたや大石さん、岩倉産業の方々にもご心配とご迷惑をおかけしています。この件が済んだら、相応の責任を取るつもりがあります」
「…どういう、ことですか」
志賀の口調が変わった。
「まさか…」
察したのだろう、京介が静かに顔を上げると、志賀が少し青ざめていた。
「赤来課長が、何か」
京介は無言で微笑んだ。
「っ」
志賀が息を呑む。高崎が出て行ったドアを見やり、すぐに京介に目を戻す。
「高崎は、察してます」
囁くような声で続けた。
「あなたに何があったのか知って、あなたが高崎にどう思われてるかまで心配してたら動けなくなるからって、自分は信じて欲しいからって、だから」
「…そうですか」
なるほど、高崎のこれ見よがしな『気にしていない』宣言は、志賀だけではなく京介にも向けられていたのか。自分を蹂躙した同じ性別の人間に囲まれて、上司部下で働かなくてはならない京介の苦痛を思い、少なくとも自分は性的なものを仕事に持ち込まないとアピールしたのか。
良かった。
胸に今まで感じたことのない安堵が広がる。
僕の目は間違っていない。
信頼した部下が確かにその評価にふさわしいと知らされるのは、これほど誇らしいものなのか。
多くの成果を挙げてきたし、会社に貢献してきた。社外の評価も上々、自分の能力が叩き出した恩恵は十分に受け取ってきたけれど、こういう嬉しさは初めてだ。
「『最後の砦』」
「……はい」
ふわりと志賀が笑みを零した。目元を潤ませるほど華やかに笑い、
「あいつはいつも、『最後の砦』です」
全幅の信頼を響かせる。
その幸福を、京介もまた知っている。
背中をいつも守る姿。自分がどんな姿になろうとも、受け止めてくれる確かな存在。
闘え、と囁かれる。
進むべき道を塞ぐ矮小な噂など、躓く石にもならない。
闘え、弱さも脆さも狡さも全て抱えたままで、踏みとどまるべき場所を信じて。
ドアを出て行った高崎もまた、同じことを志賀に対して感じていると伝えてやったら、この笑顔はなお華やぐだろう。
「あなたにとっても」
「……は、い」
一瞬強張った顔は誤解している。
「僕にも『最後の砦』があります」
京介は笑った。
「骨は拾ってやるから炎の中に飛び込んで来いと命じるような人ですが」
胸の奥が温まる。
「僕の命を支えてくれる人です」
志賀が大きく目を見開いた。薄赤く染まる顔に瞬きを繰り返す。
「あの…」
「はい」
「あんまり、そういう顔を見せない、方が」
喉に絡んだような声で続けた。
「……いろいろと、まずい、感じが」
「襲われそう?」
ちろっと舌を出して笑う。
「伊吹さんにも言われました」
「っ」
がこん!
志賀が口をつぐんだ途端、ドアが蹴り開けられる。
「かーちょー」
平坦な声が響いた。
「あんた、火に油を注ぐってことば、知ってますか?」
憮然とした高崎は両手にカップを持ったまま、鬱陶しそうに目を細めた。
「人の心配をなんだと思ってんすか」
緊張した顔で高崎が動き、京介が部屋を出て行くのか、志賀に迫るのか、何れを選んでも道を塞ごうとする。
「こいつは」
「高崎くん」
「はいっ」
険しい顔で睨み返してくる。
「そんな怖い顔をされると脅されそうでどきどきするなあ」
「えっ」
「僕はコーヒーね」
「は?」
「志賀さんは?」
「え、あの…」
不安そうに顔を上げた志賀が戸惑って答えを探す。
「コーヒー…で」
「じゃあ高崎くん、よろしく」
「え、何ですか、俺が買いに行くの?」
「君のも買って来ていいから」
「ありがとうござ…じゃなくて、今っ?」
「そう今」
さっさと行け、と視線で促すと口を尖らせながら部屋を出て行く。
後ろ姿を寄り添いたい気持ちも露わに、志賀が視線でドアを出て行く高崎の背中を追う。
「…改めて、志賀さん」
「はい」
京介が向き直ると、志賀は顔を強張らせて向き合った。
「この度は………?」
再び頭を下げようとした相手に微笑み、首を振る。
「謝罪し、礼をいうのはこちらです」
「え…?」
「高崎もいずれ知りますが、あなたには貴重な情報を伝えてもらったことを感謝しなくてはならない。その上で、再びご迷惑をお掛けする可能性があることを先に謝らなくてはならない」
すみません。
居住まいを正し、頭を下げる。
「僕の方こそ、個人的な事情で『ニット・キャンパス』開催を危機に陥れている人間です。あなたや大石さん、岩倉産業の方々にもご心配とご迷惑をおかけしています。この件が済んだら、相応の責任を取るつもりがあります」
「…どういう、ことですか」
志賀の口調が変わった。
「まさか…」
察したのだろう、京介が静かに顔を上げると、志賀が少し青ざめていた。
「赤来課長が、何か」
京介は無言で微笑んだ。
「っ」
志賀が息を呑む。高崎が出て行ったドアを見やり、すぐに京介に目を戻す。
「高崎は、察してます」
囁くような声で続けた。
「あなたに何があったのか知って、あなたが高崎にどう思われてるかまで心配してたら動けなくなるからって、自分は信じて欲しいからって、だから」
「…そうですか」
なるほど、高崎のこれ見よがしな『気にしていない』宣言は、志賀だけではなく京介にも向けられていたのか。自分を蹂躙した同じ性別の人間に囲まれて、上司部下で働かなくてはならない京介の苦痛を思い、少なくとも自分は性的なものを仕事に持ち込まないとアピールしたのか。
良かった。
胸に今まで感じたことのない安堵が広がる。
僕の目は間違っていない。
信頼した部下が確かにその評価にふさわしいと知らされるのは、これほど誇らしいものなのか。
多くの成果を挙げてきたし、会社に貢献してきた。社外の評価も上々、自分の能力が叩き出した恩恵は十分に受け取ってきたけれど、こういう嬉しさは初めてだ。
「『最後の砦』」
「……はい」
ふわりと志賀が笑みを零した。目元を潤ませるほど華やかに笑い、
「あいつはいつも、『最後の砦』です」
全幅の信頼を響かせる。
その幸福を、京介もまた知っている。
背中をいつも守る姿。自分がどんな姿になろうとも、受け止めてくれる確かな存在。
闘え、と囁かれる。
進むべき道を塞ぐ矮小な噂など、躓く石にもならない。
闘え、弱さも脆さも狡さも全て抱えたままで、踏みとどまるべき場所を信じて。
ドアを出て行った高崎もまた、同じことを志賀に対して感じていると伝えてやったら、この笑顔はなお華やぐだろう。
「あなたにとっても」
「……は、い」
一瞬強張った顔は誤解している。
「僕にも『最後の砦』があります」
京介は笑った。
「骨は拾ってやるから炎の中に飛び込んで来いと命じるような人ですが」
胸の奥が温まる。
「僕の命を支えてくれる人です」
志賀が大きく目を見開いた。薄赤く染まる顔に瞬きを繰り返す。
「あの…」
「はい」
「あんまり、そういう顔を見せない、方が」
喉に絡んだような声で続けた。
「……いろいろと、まずい、感じが」
「襲われそう?」
ちろっと舌を出して笑う。
「伊吹さんにも言われました」
「っ」
がこん!
志賀が口をつぐんだ途端、ドアが蹴り開けられる。
「かーちょー」
平坦な声が響いた。
「あんた、火に油を注ぐってことば、知ってますか?」
憮然とした高崎は両手にカップを持ったまま、鬱陶しそうに目を細めた。
「人の心配をなんだと思ってんすか」
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