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第5章
8.ウォーク・イン・ポーカー(5)
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京介の前で、高崎と志賀が二人でホール・イベントの問題点やら検討やらを始め、他の仕事もあるんだけど、と言ってはみたが、冷ややかな視線で高崎に睨まれスルーされて数十分後、京介はようやく解放された。
「ちょっとやりすぎたか」
からかうつもりはなかったが、志賀が思った以上に初々しくて、たぶんこれは、『そういう関係』にはならなくとも、高崎とあれこれじっくり話し合ったのだろうと思うと、ついつい志賀の本音を確かめてみたくなった。
同時に一つの方針も固める。
もし『ニット・キャンパス』がうまく成功したなら、高崎に仕事を一つ任せてしまおう。望むなら『Brechen』への転職を視野に入れてもいい。桜木通販が無事に残る可能性はひどく少ない。その点、岩倉産業ならば、高崎の能力を十分に活かせるだろう、志賀ともうまく折り合うだろう。
「…残念だけどね」
小さく溜め息をつく。
貴重な人材をどのように育てるかもまた、トップの仕事だ。
「トップ、か」
上層部は誰が何人残るのか。高山は始末がつけば退くかも知れない。赤来は居なくなる、細田も怪しい。富崎は意外に残るかも知れない、初めて見せた裏の顔で、先の展開を面白がりながら。
伊吹は、どうする。
穏やかなノック。
「…」
京介はドアを振り向いた。
今度は誰かわかっていた。
「失礼します」
伊吹が断りながらドアを開け、京介と視線を合わせる。
昨夜は会えなかった。今夜は一緒だ。寂しさで体が疼く。
たぶん志賀に絡んだのも、伊吹の顔が見られなかったせいだ。早く時間が過ぎればいい。伊吹と一緒に居られる時間が、どんな時間よりも長くなってくれればいい。
それでは。
それなら。
「おはよう、伊吹さん」
「おはようございます、真崎課長。…どうぞ」
ことばが固いと思っていたら、その後ろに予想外の人間が続いて瞬きした。
「社長……渡来さん? …源内さんも」
続いた人間、その背後で続くシャッター音に蕩けかけた顔を引き締める。
これは単なるお遊びじゃない、立派な強襲だ。
「何の御用でしょうか」
ハルが京介をメディアに晒して喜ぶとは考えにくいし、第一伊吹が連れて来ない。
「ごめんなさい」
元子が静かに微笑んだ。
「報道のこともあって、『ニット・キャンパス』協賛企業を見て回りたいと希望されたの。他の部署も見て回られて、最後があなたなんだけど、進捗を報告して差し上げて」
ハルに対する敬語は、先日の『「ニット・キャンパス」ぶっ潰す騒動』のせいだろう。
「ああ、それは勿論です。ご心配おかけして申し訳ありません」
京介は手近の椅子を勧めながら、ドアを伺う。頷いた元子が、ここから先は企業秘密となりますので、と報道陣を引き離しにかかってくれる。伊吹が姿を消したところを見ると、お茶を準備してくれるつもりだろう。ぱたりと静かにドアを閉めた。
「別室でご説明しましょうか?」
「ここで」
ハルは言い放って、面倒そうに椅子に座った。
「疲れた」
「…まあ見ての通り、視察とは名ばかりで、何が起こってるのか、関係者から直接説明を聞きたいと思ったんだよ、できるだけ早く」
源内が苦笑いしながら、同じように椅子に座る。
「伊吹さんも戻ってくるだろう? 報道された内容はいろいろ耳にしてるし、そういう意味では確認したいことも幾つかあるが」
源内がぴたりと口を閉じると、伊吹がコーヒーを淹れて戻ってきた。それぞれの前にカップを置き、京介の前にはカフェラテを置いてくれる。嬉しくて早々に口をつけると、ハルにじろりと睨まれ、苦笑した。
「話せ」
命令形か。
「俺としては、俺の師匠がなぜ今回の件に関わっているのか知りたいね」
源内の問いに伊吹が視線を投げてくる。京介は説明した。
「源内さんに僕は合気道を習ってる……君も座って」
「課長がですか」
訝しそうに首を傾げながら、伊吹は京介の促しに腰を下ろした。
「それこそいろいろあってね。それで、源内さんの合気道のお師匠さんが羽折二木助って言う人で、二人のお孫さんが居て、お孫さんの一人を事故で亡くし、その供養というか、大恩仁寺と言うお寺に住み込まれたことを聞いた」
「……そんな」
伊吹がゆっくりと目を見開いた。ハルがちらりと物問いたげに見遣ったが、黙ったまま京介のことばを待つ。
「君は師匠の孫が触ったものが、道場にないかと聞いたな」
それは『指紋』に関係してるのか?
「……はい」
伊吹が頷く。
「…どういうことか、説明してもらおうか」
「…では、私から」
伊吹が口を開くのに、初めは奇妙な顔をしていた源内も、話が進むに連れて、そそけ立ったような薄寒い顔になっていった。
伊吹が話し、京介が補足する。その間、ハルは一言も口を挟まない。
「だから今、私たちが必要なのは、赤来課長の指紋です。それも、赤来課長に知られずに取る必要があります」
今はまだ逃げる気配はないけれど。
「逃げない、とは言い切れない」
伊吹が厳しい顔になる。
「…ちょっと、待ってくれ、これはその、現実の話、なんだよな?」
源内が深く溜め息をつく。
「どこからどう、絡んでるのか、何が何だかわからないって言う事しか言えないが」
困惑した顔は、敬愛する師匠の過去の闇を覗いてしまったからだろうか。
なぜか黙ったままのハルを見遣り、考え込むように口を噤んでしまう。
詳細を聞いてもハルは口を開かない。静かな瞳はうろたえもしていない。
源内からの情報や報道で、何か察するところがあるのか、京介の凝視にも淡々としている。
「コーヒー、淹れ直してきますね」
伊吹が心配そうな顔で立ち上がった。
「頼む」
源内はもう一度溜め息を重ねた。
「ちょっとやりすぎたか」
からかうつもりはなかったが、志賀が思った以上に初々しくて、たぶんこれは、『そういう関係』にはならなくとも、高崎とあれこれじっくり話し合ったのだろうと思うと、ついつい志賀の本音を確かめてみたくなった。
同時に一つの方針も固める。
もし『ニット・キャンパス』がうまく成功したなら、高崎に仕事を一つ任せてしまおう。望むなら『Brechen』への転職を視野に入れてもいい。桜木通販が無事に残る可能性はひどく少ない。その点、岩倉産業ならば、高崎の能力を十分に活かせるだろう、志賀ともうまく折り合うだろう。
「…残念だけどね」
小さく溜め息をつく。
貴重な人材をどのように育てるかもまた、トップの仕事だ。
「トップ、か」
上層部は誰が何人残るのか。高山は始末がつけば退くかも知れない。赤来は居なくなる、細田も怪しい。富崎は意外に残るかも知れない、初めて見せた裏の顔で、先の展開を面白がりながら。
伊吹は、どうする。
穏やかなノック。
「…」
京介はドアを振り向いた。
今度は誰かわかっていた。
「失礼します」
伊吹が断りながらドアを開け、京介と視線を合わせる。
昨夜は会えなかった。今夜は一緒だ。寂しさで体が疼く。
たぶん志賀に絡んだのも、伊吹の顔が見られなかったせいだ。早く時間が過ぎればいい。伊吹と一緒に居られる時間が、どんな時間よりも長くなってくれればいい。
それでは。
それなら。
「おはよう、伊吹さん」
「おはようございます、真崎課長。…どうぞ」
ことばが固いと思っていたら、その後ろに予想外の人間が続いて瞬きした。
「社長……渡来さん? …源内さんも」
続いた人間、その背後で続くシャッター音に蕩けかけた顔を引き締める。
これは単なるお遊びじゃない、立派な強襲だ。
「何の御用でしょうか」
ハルが京介をメディアに晒して喜ぶとは考えにくいし、第一伊吹が連れて来ない。
「ごめんなさい」
元子が静かに微笑んだ。
「報道のこともあって、『ニット・キャンパス』協賛企業を見て回りたいと希望されたの。他の部署も見て回られて、最後があなたなんだけど、進捗を報告して差し上げて」
ハルに対する敬語は、先日の『「ニット・キャンパス」ぶっ潰す騒動』のせいだろう。
「ああ、それは勿論です。ご心配おかけして申し訳ありません」
京介は手近の椅子を勧めながら、ドアを伺う。頷いた元子が、ここから先は企業秘密となりますので、と報道陣を引き離しにかかってくれる。伊吹が姿を消したところを見ると、お茶を準備してくれるつもりだろう。ぱたりと静かにドアを閉めた。
「別室でご説明しましょうか?」
「ここで」
ハルは言い放って、面倒そうに椅子に座った。
「疲れた」
「…まあ見ての通り、視察とは名ばかりで、何が起こってるのか、関係者から直接説明を聞きたいと思ったんだよ、できるだけ早く」
源内が苦笑いしながら、同じように椅子に座る。
「伊吹さんも戻ってくるだろう? 報道された内容はいろいろ耳にしてるし、そういう意味では確認したいことも幾つかあるが」
源内がぴたりと口を閉じると、伊吹がコーヒーを淹れて戻ってきた。それぞれの前にカップを置き、京介の前にはカフェラテを置いてくれる。嬉しくて早々に口をつけると、ハルにじろりと睨まれ、苦笑した。
「話せ」
命令形か。
「俺としては、俺の師匠がなぜ今回の件に関わっているのか知りたいね」
源内の問いに伊吹が視線を投げてくる。京介は説明した。
「源内さんに僕は合気道を習ってる……君も座って」
「課長がですか」
訝しそうに首を傾げながら、伊吹は京介の促しに腰を下ろした。
「それこそいろいろあってね。それで、源内さんの合気道のお師匠さんが羽折二木助って言う人で、二人のお孫さんが居て、お孫さんの一人を事故で亡くし、その供養というか、大恩仁寺と言うお寺に住み込まれたことを聞いた」
「……そんな」
伊吹がゆっくりと目を見開いた。ハルがちらりと物問いたげに見遣ったが、黙ったまま京介のことばを待つ。
「君は師匠の孫が触ったものが、道場にないかと聞いたな」
それは『指紋』に関係してるのか?
「……はい」
伊吹が頷く。
「…どういうことか、説明してもらおうか」
「…では、私から」
伊吹が口を開くのに、初めは奇妙な顔をしていた源内も、話が進むに連れて、そそけ立ったような薄寒い顔になっていった。
伊吹が話し、京介が補足する。その間、ハルは一言も口を挟まない。
「だから今、私たちが必要なのは、赤来課長の指紋です。それも、赤来課長に知られずに取る必要があります」
今はまだ逃げる気配はないけれど。
「逃げない、とは言い切れない」
伊吹が厳しい顔になる。
「…ちょっと、待ってくれ、これはその、現実の話、なんだよな?」
源内が深く溜め息をつく。
「どこからどう、絡んでるのか、何が何だかわからないって言う事しか言えないが」
困惑した顔は、敬愛する師匠の過去の闇を覗いてしまったからだろうか。
なぜか黙ったままのハルを見遣り、考え込むように口を噤んでしまう。
詳細を聞いてもハルは口を開かない。静かな瞳はうろたえもしていない。
源内からの情報や報道で、何か察するところがあるのか、京介の凝視にも淡々としている。
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