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第1章
7.マジシャンズ・チョイス(4)
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一瞬伊吹が来てくれたのかな、と無邪気に思って苦笑する。
「京ちゃん?」
ああ、あんたか。
なるほど、そういや来てくれとか言ってたよね、すっかり忘れてたよ。
一人ごちながら、濡れた目を擦った。
「何」
「……起きてたの?」
不満そうな声で言いながら、恵子は背後で襖を閉めてやってくる。拒む間もなく、ぺたりと布団の側に座られて、半身起こしたまま振り向いた。
「今起きた。何の用?」
「何の用って」
恵子は不思議そうに首を傾げたが、すぐ、ああ、と頷いてくすくす笑った。
「子ども達は寝たの、安心して」
それを待っててくれるうちに眠っちゃったのね、と指を伸ばされて、わずかに身を引く。
「安心どころか、目一杯不安」
「どうして?」
「なんで恵子さんが来たのかわからないから」
ひんやりと言い放つと、相手は戸惑ったように手を降ろした。やがて静かに溜め息をつく。
「大人げないわよ、京ちゃん」
「何が」
「放っておくしかなかったじゃない、大輔が居るから」
「は?」
「私だってあなたの側に居たいけど、子ども達も居るし」
そんなに拗ねないで、と囁かれて呆気に取られた。
「誤解だ」
「京ちゃん」
「伊吹さん、連れてきたでしょ」
「同僚だって言ったわ」
恵子は微笑む。
「大輔へのカムフラージュでしょ」
そこまで気づかってくれたのは嬉しいけど、あの人の気持ちもちょっとは考えてあげないと。
軽く肩を竦めてちら、と伊吹の部屋を伺う恵子にぐらぐらした。
「恵子さん」
「恵子、でいいわ、二人なのよ」
「恵子、さん」
にじり寄る相手にもう少し体を引く。
伊吹のことを思って疼いていた熱が、急激に引いていって寒かった。それだけではなくて、わけのわからぬ見えない網にどんどん絡まれ包み込まれていくような不安に、自分が竦んでいくのがわかった。
「僕、伊吹さん、好きなんだ」
「いい人だわ」
まっすぐで素直な感じよね。まささんもあったかい人ですねえって言ってたわ。
「京ちゃん、ああいう人も好みなの?」
無邪気なほど軽い問いかけ。
「色っぽいのとはほど遠いから」
確かに友達として付き合うには楽しいわよね、映画とかショッピングとか。
「でも、一緒に暮らすのは」
ふ、と唇を尖らせてみせる。
「違うもの」
「一緒に」
迫られて、布団から滑り出して、仰け反ってしまいそうになった姿勢を立て直しながら、とっさに言ってしまった。
「暮らしてる」
「え?」
「ずっと、一緒に」
暮らして。
瞬間体を走った切ない傷みに胸が詰まった。
ずっと、一緒に暮らして。
ほし、かった。
でも。
「でも」
まるで自分の内側の声をなぞられたような気がして、京介は硬直した。
恵子は目を細めて笑った。
「お風呂の間待たされてたんじゃないの?」
「え」
わかってるんだ、とふいに気付く。
恵子は、京介が伊吹と付き合ってないこと、少なくとも一緒に暮らすような関係ではないことに気付いている。気付いているからこそ、そういう人間をわざわざ実家へ連れてきたのは、他ならぬ大輔への牽制であって、京介の本心は自分にあるのだ、と言っている。
「私、少し話したのよ、京ちゃんのこと」
くすくす、と恵子は笑って座り直した。唇に指を当て、上目遣いに笑みを深める。
「あの人、京ちゃんのこと、なぁんにも知らないのね」
「それは」
これからどんどん知り合っていく途中だから。反論しかけた京介に、恵子が静かに付け加える。
「大ちゃん、とのことも」
「っっ」
今度こそ、本当に茫然とした。大輔のこと、ではなく、大輔とのこと、と言った。しかも、大ちゃん、というのは、そういうときに呼ぶように言われた呼び方で。
恵子は、京介に何があったのか、知っているのだ。
知っていて。
「女だからわかるけど」
震える京介の腕にそっと手を載せて、恵子が嗤った。
「そういう男って、気持ち悪いんじゃないかしら」
「京ちゃん?」
ああ、あんたか。
なるほど、そういや来てくれとか言ってたよね、すっかり忘れてたよ。
一人ごちながら、濡れた目を擦った。
「何」
「……起きてたの?」
不満そうな声で言いながら、恵子は背後で襖を閉めてやってくる。拒む間もなく、ぺたりと布団の側に座られて、半身起こしたまま振り向いた。
「今起きた。何の用?」
「何の用って」
恵子は不思議そうに首を傾げたが、すぐ、ああ、と頷いてくすくす笑った。
「子ども達は寝たの、安心して」
それを待っててくれるうちに眠っちゃったのね、と指を伸ばされて、わずかに身を引く。
「安心どころか、目一杯不安」
「どうして?」
「なんで恵子さんが来たのかわからないから」
ひんやりと言い放つと、相手は戸惑ったように手を降ろした。やがて静かに溜め息をつく。
「大人げないわよ、京ちゃん」
「何が」
「放っておくしかなかったじゃない、大輔が居るから」
「は?」
「私だってあなたの側に居たいけど、子ども達も居るし」
そんなに拗ねないで、と囁かれて呆気に取られた。
「誤解だ」
「京ちゃん」
「伊吹さん、連れてきたでしょ」
「同僚だって言ったわ」
恵子は微笑む。
「大輔へのカムフラージュでしょ」
そこまで気づかってくれたのは嬉しいけど、あの人の気持ちもちょっとは考えてあげないと。
軽く肩を竦めてちら、と伊吹の部屋を伺う恵子にぐらぐらした。
「恵子さん」
「恵子、でいいわ、二人なのよ」
「恵子、さん」
にじり寄る相手にもう少し体を引く。
伊吹のことを思って疼いていた熱が、急激に引いていって寒かった。それだけではなくて、わけのわからぬ見えない網にどんどん絡まれ包み込まれていくような不安に、自分が竦んでいくのがわかった。
「僕、伊吹さん、好きなんだ」
「いい人だわ」
まっすぐで素直な感じよね。まささんもあったかい人ですねえって言ってたわ。
「京ちゃん、ああいう人も好みなの?」
無邪気なほど軽い問いかけ。
「色っぽいのとはほど遠いから」
確かに友達として付き合うには楽しいわよね、映画とかショッピングとか。
「でも、一緒に暮らすのは」
ふ、と唇を尖らせてみせる。
「違うもの」
「一緒に」
迫られて、布団から滑り出して、仰け反ってしまいそうになった姿勢を立て直しながら、とっさに言ってしまった。
「暮らしてる」
「え?」
「ずっと、一緒に」
暮らして。
瞬間体を走った切ない傷みに胸が詰まった。
ずっと、一緒に暮らして。
ほし、かった。
でも。
「でも」
まるで自分の内側の声をなぞられたような気がして、京介は硬直した。
恵子は目を細めて笑った。
「お風呂の間待たされてたんじゃないの?」
「え」
わかってるんだ、とふいに気付く。
恵子は、京介が伊吹と付き合ってないこと、少なくとも一緒に暮らすような関係ではないことに気付いている。気付いているからこそ、そういう人間をわざわざ実家へ連れてきたのは、他ならぬ大輔への牽制であって、京介の本心は自分にあるのだ、と言っている。
「私、少し話したのよ、京ちゃんのこと」
くすくす、と恵子は笑って座り直した。唇に指を当て、上目遣いに笑みを深める。
「あの人、京ちゃんのこと、なぁんにも知らないのね」
「それは」
これからどんどん知り合っていく途中だから。反論しかけた京介に、恵子が静かに付け加える。
「大ちゃん、とのことも」
「っっ」
今度こそ、本当に茫然とした。大輔のこと、ではなく、大輔とのこと、と言った。しかも、大ちゃん、というのは、そういうときに呼ぶように言われた呼び方で。
恵子は、京介に何があったのか、知っているのだ。
知っていて。
「女だからわかるけど」
震える京介の腕にそっと手を載せて、恵子が嗤った。
「そういう男って、気持ち悪いんじゃないかしら」
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