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第1章
7.マジシャンズ・チョイス(5)
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近付いてくる唇を拒めなかった。
伸び上がって吸いついてくるべったり濡れたそれは強い化粧品の匂いがして、押し倒されてのしかかられて、ぼんやり見上げていたら繰り返し吸いつかれた。
「京ちゃん」
「……すみません、義姉さん」
うっとりした顔で呼びかけてきた恵子にまっすぐ天井を向いたまま、京介は呟いた。
「なぁに」
柔らかで熱をもった膨らみが胸に載っている。なのに、温かいとも感じられずに、ただただ重いと思った。
「吐きそうなんです」
「え」
「僕、吐きますけど」
いいですか。
「えっ」
慌てて飛び退いた相手に起き上がる。
「ど、どうしたの」
「なんか、僕」
ゆっくり立ち上がって相手を見下ろした。乱れた浴衣からはみだした脚がしっとりと光っているのが、まるで蛇がのたくっているように見えて、本当に吐き気がしてくる。
「今壊れたみたいで」
「……え?」
「このままだと義姉さんに対してとんでもなくスプラッタなことをしてしまいそうなんですけど」
いいですか。
淡々と続けると、恵子が大きく目を見開いた。
「きょ、京ちゃん」
嫌よ、何を言い出すの、脅かさないで。
引きつった顔で笑う相手に目を細める。
「別に脅かしていませんよ。ただ、あなたが来なければ、僕はそれを自分に対してやっただけで」
剃刀ってあそこの鏡台にありますか?
そう丁寧に聞いてやると、恵子はうろたえた顔で立ち上がった。そそくさと部屋を出ていきながら、疲れてるのよ、きっとそうよ、ねえもうおやすみなさい、と慌てて付け加えて姿を消す。
「…っ」
その姿が消えたとたんに、本当に強烈な吐き気がやってきて、京介は部屋を飛び出した。トイレに駆け込み、夕食全部と胃液を吐き戻して喘ぐ。
知っていたのか。
知っていたのに。
知っていて、あんな平気な顔で、僕の側に居られるのか。
ひょっとして、孝、のことも?
「まさか」
それで……孝と別れた、のか?
突然の符号に頭を殴られたような気がして、汚れた口をトイレットロールで拭いて、トイレからよろめき出る。
「まさ…か」
それを孝に言ったりしたのか、今京介にやったように、自分が優位に立ちたいがためだけに。
つまり、孝とうまく別れるため、だけに? だから孝はあれほど荒れたのか?
「う…っ」
欠けていたピースの一つがぴたりと嵌まって、視界が一気に潤んだ。
その詳細を恵子に話したのは、おそらくは大輔だ。
どうしてそんな酷いことができるんだ。
「く…そっ……」
溢れた涙が堪え切れず、しばらく顔を覆って泣き続け、やがて寒さに震えて泣き止んだ。へとへとになっていて、足下があやうくて、今にも倒れそうな気がする。口を何度もゆすいで歯ブラシまでして、何とか化粧品の匂いを押さえて、顔を上げると、廊下の向こうに伊吹の眠っている部屋が見えた。
ふらつきながらゆっくり歩いて、静まり返った部屋まで辿りつき、そっと襖を開ける。
伊吹は布団に入ってぐっすり眠っているようだ。
襖を閉めて、まっすぐ枕元に進み、
「伊吹さん」
呼び掛けた。
ぱちり、とふいに開いた瞳にどきっとしたけれど、何だかそれがわかっていたような気がして微笑む。
「眠れないんだけど」
もうくたくただ。部屋にも戻りたくない。朝までまた震えているぐらいなら、伊吹の側で震えていたい。罵倒されてもいい、布団に入れなくてもいいし凍えてもいいから、ここに居たい。
「だから?」
ぼそっとぶっきらぼうに返ってきた応えにまた微笑んだ。
「添い寝してほしいな」
「普通添い寝する方が夜這いに行くんじゃないですか」
「伊吹さん、こないじゃない」
ずっと、来てくれないだろうしね。このままじゃ、あそこで自殺しそうだよ、今の僕じゃ。
口に出せないことばを胸の中で付け加える。
そうしてもらってもいいですよ、なんて冗談にも言われたら、もうもたない。
京介の笑みをじっと見上げていた伊吹が、小さく吐息をついた。
「添い寝、してもいいですよ」
伸び上がって吸いついてくるべったり濡れたそれは強い化粧品の匂いがして、押し倒されてのしかかられて、ぼんやり見上げていたら繰り返し吸いつかれた。
「京ちゃん」
「……すみません、義姉さん」
うっとりした顔で呼びかけてきた恵子にまっすぐ天井を向いたまま、京介は呟いた。
「なぁに」
柔らかで熱をもった膨らみが胸に載っている。なのに、温かいとも感じられずに、ただただ重いと思った。
「吐きそうなんです」
「え」
「僕、吐きますけど」
いいですか。
「えっ」
慌てて飛び退いた相手に起き上がる。
「ど、どうしたの」
「なんか、僕」
ゆっくり立ち上がって相手を見下ろした。乱れた浴衣からはみだした脚がしっとりと光っているのが、まるで蛇がのたくっているように見えて、本当に吐き気がしてくる。
「今壊れたみたいで」
「……え?」
「このままだと義姉さんに対してとんでもなくスプラッタなことをしてしまいそうなんですけど」
いいですか。
淡々と続けると、恵子が大きく目を見開いた。
「きょ、京ちゃん」
嫌よ、何を言い出すの、脅かさないで。
引きつった顔で笑う相手に目を細める。
「別に脅かしていませんよ。ただ、あなたが来なければ、僕はそれを自分に対してやっただけで」
剃刀ってあそこの鏡台にありますか?
そう丁寧に聞いてやると、恵子はうろたえた顔で立ち上がった。そそくさと部屋を出ていきながら、疲れてるのよ、きっとそうよ、ねえもうおやすみなさい、と慌てて付け加えて姿を消す。
「…っ」
その姿が消えたとたんに、本当に強烈な吐き気がやってきて、京介は部屋を飛び出した。トイレに駆け込み、夕食全部と胃液を吐き戻して喘ぐ。
知っていたのか。
知っていたのに。
知っていて、あんな平気な顔で、僕の側に居られるのか。
ひょっとして、孝、のことも?
「まさか」
それで……孝と別れた、のか?
突然の符号に頭を殴られたような気がして、汚れた口をトイレットロールで拭いて、トイレからよろめき出る。
「まさ…か」
それを孝に言ったりしたのか、今京介にやったように、自分が優位に立ちたいがためだけに。
つまり、孝とうまく別れるため、だけに? だから孝はあれほど荒れたのか?
「う…っ」
欠けていたピースの一つがぴたりと嵌まって、視界が一気に潤んだ。
その詳細を恵子に話したのは、おそらくは大輔だ。
どうしてそんな酷いことができるんだ。
「く…そっ……」
溢れた涙が堪え切れず、しばらく顔を覆って泣き続け、やがて寒さに震えて泣き止んだ。へとへとになっていて、足下があやうくて、今にも倒れそうな気がする。口を何度もゆすいで歯ブラシまでして、何とか化粧品の匂いを押さえて、顔を上げると、廊下の向こうに伊吹の眠っている部屋が見えた。
ふらつきながらゆっくり歩いて、静まり返った部屋まで辿りつき、そっと襖を開ける。
伊吹は布団に入ってぐっすり眠っているようだ。
襖を閉めて、まっすぐ枕元に進み、
「伊吹さん」
呼び掛けた。
ぱちり、とふいに開いた瞳にどきっとしたけれど、何だかそれがわかっていたような気がして微笑む。
「眠れないんだけど」
もうくたくただ。部屋にも戻りたくない。朝までまた震えているぐらいなら、伊吹の側で震えていたい。罵倒されてもいい、布団に入れなくてもいいし凍えてもいいから、ここに居たい。
「だから?」
ぼそっとぶっきらぼうに返ってきた応えにまた微笑んだ。
「添い寝してほしいな」
「普通添い寝する方が夜這いに行くんじゃないですか」
「伊吹さん、こないじゃない」
ずっと、来てくれないだろうしね。このままじゃ、あそこで自殺しそうだよ、今の僕じゃ。
口に出せないことばを胸の中で付け加える。
そうしてもらってもいいですよ、なんて冗談にも言われたら、もうもたない。
京介の笑みをじっと見上げていた伊吹が、小さく吐息をついた。
「添い寝、してもいいですよ」
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