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第2章
1.美並(7)
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「あー、うまかった、ごちそうさまでした」
『きたがわ』を出た明が満足そうに微笑み、あ、と表情を改める。
「ところで、俺、名刺頂いてないですよね?」
こういう、隙がないところまでそっくりだよね。
京介は苦笑いしながら名刺を取り出す。
「桜木通販……? あれ?」
明が名刺を見つめて、ゆっくりと眼を上げる。
「これって、あのひょっとして、桜木通販ってそう幾つもないですよね?」
「そうだね」
「流通、管理課、課長……真崎、京介」
「うん」
「……俺、ひょっとしてまずい人に話した?」
明はきつい顔で京介を睨みつける。
「俺の覚えてる限りじゃ、今、美並が勤めてるの、桜木通販の流通管理課のはずですけど」
「伊吹美並さん、なら僕の部下だよ?」
「あ」
ちっ、と明は舌打ちした。自分が『姉』の名前を出してしまったのに気付いたらしい。
「引っかけたんですか」
「違うよ」
京介は微笑みながら、明の鋭さに静かに応じた。
「偶然」
「あなたがあいつの後ろに座っていたことも?」
「僕は知らなかった」
「あ~」
美並に怒られる。
うんざりした顔で天を仰いだ明が、溜め息まじりに肩を落とす。
「すいませんが」
「他言はしないよ」
そこまで暇じゃないからね。
京介が心得て約束するとほっとした顔になったが、すぐにまた何かを思いついたらしく、不安そうに眉を寄せた。
「じゃあ、あの、ひょっとしたら美並が結婚する相手って知りませんか?」
「は?」
伊吹が、結婚?
丁寧に造った顔が強ばった気がした。
「言ったでしょ、家中彼氏のことは心配してるって」
俺がぼつぼつまとまりかけてるんで、一層ってこともあるんですけど、と明は続けた。
「大石のことがあったし、このまま誰とも結婚しない気なんじゃないかって。ただでさえ抱え込んじゃう人だから、そんなこんな、人になんか負わせないつもりかもしれないし」
オヤジもおふくろも突っぱねて、何とか誰かとくっつけばって思って、アルバイト暮らしになってからも無理に家に戻ってこさせてないんだけど。
「ずっと心配してるんですよ、誰かが居てくれればねえって」
大石っていうのは、そういう意味じゃほんと大丈夫そうに見えたんだよ、とこれはぼそぼそと呟く。ちゃんと美並を守って支えてくれそうに見えたのに。
「結婚、するって、話してたの、伊吹さんは」
声が揺らがないようにするのに必死だった。
京介じゃない。
京介は、まだ恋人にさえなれていない。
婚約者だと騒いでいるのは京介だけだということぐらい、自覚している。それに付き合ってくれているだけだと。
「うん、ひょっとしたらそのうちに連れてくる人がいるかもしれないって。まあ、オヤジなんか、相手はいいから孫を連れてこいとか言っちゃってるんですけど」
そんな話は聞いていない。
胸の中に冷たいものが見る見る固まり立ち上がっていく。
伊吹の、子ども?
それってつまり、誰かに抱かれるつもりだってこと、だよね?
ふいに蘇ったのは、さっきの大石のことばだった。
『考えたい、ことが、でてきた』
大石ほどの男が既に動きだして新居まで選ぼうとしている結婚をためらう要因は、ひょっとして伊吹を見つけただけではなく、彼女との間に確かな約束を取り戻したからじゃないのか。
想い合って別れた二人が、巡り巡って再会して、今度こそ後悔するまいとお互いの人生を重ねようとしている、そういうことではないのか。
「僕は、知らないな」
応えた声が冷やかな気がして、慌てて微笑む。
「アルバイトだから、結婚話が出てるって上司にわかると困ると思ったのかもしれないね」
「あ、結婚後はアルバイト、だめなんですか?」
「いや、伊吹さんは優秀だから」
きっと結婚しても、彼女が望むなら来てもらうことになるんじゃないのかな。
微笑みながら続けた自分のことばが虚ろに響く。
「……よかった」
「え?」
明が嬉しそうに笑う。
「えーと、その、真崎さん、みたいな人が美並の上司で」
上司。
明のことばに京介は唇の端をゆっくり上げて目を細めた。
「僕も……伊吹さんのように有能な部下が居てくれて、嬉しいよ」
きっと、どこまでいっても。
「これからも姉をよろしくお願いします」
「わかりました」
ぺこりと頭を下げた明に京介は微笑みながら眼を閉じた。
『きたがわ』を出た明が満足そうに微笑み、あ、と表情を改める。
「ところで、俺、名刺頂いてないですよね?」
こういう、隙がないところまでそっくりだよね。
京介は苦笑いしながら名刺を取り出す。
「桜木通販……? あれ?」
明が名刺を見つめて、ゆっくりと眼を上げる。
「これって、あのひょっとして、桜木通販ってそう幾つもないですよね?」
「そうだね」
「流通、管理課、課長……真崎、京介」
「うん」
「……俺、ひょっとしてまずい人に話した?」
明はきつい顔で京介を睨みつける。
「俺の覚えてる限りじゃ、今、美並が勤めてるの、桜木通販の流通管理課のはずですけど」
「伊吹美並さん、なら僕の部下だよ?」
「あ」
ちっ、と明は舌打ちした。自分が『姉』の名前を出してしまったのに気付いたらしい。
「引っかけたんですか」
「違うよ」
京介は微笑みながら、明の鋭さに静かに応じた。
「偶然」
「あなたがあいつの後ろに座っていたことも?」
「僕は知らなかった」
「あ~」
美並に怒られる。
うんざりした顔で天を仰いだ明が、溜め息まじりに肩を落とす。
「すいませんが」
「他言はしないよ」
そこまで暇じゃないからね。
京介が心得て約束するとほっとした顔になったが、すぐにまた何かを思いついたらしく、不安そうに眉を寄せた。
「じゃあ、あの、ひょっとしたら美並が結婚する相手って知りませんか?」
「は?」
伊吹が、結婚?
丁寧に造った顔が強ばった気がした。
「言ったでしょ、家中彼氏のことは心配してるって」
俺がぼつぼつまとまりかけてるんで、一層ってこともあるんですけど、と明は続けた。
「大石のことがあったし、このまま誰とも結婚しない気なんじゃないかって。ただでさえ抱え込んじゃう人だから、そんなこんな、人になんか負わせないつもりかもしれないし」
オヤジもおふくろも突っぱねて、何とか誰かとくっつけばって思って、アルバイト暮らしになってからも無理に家に戻ってこさせてないんだけど。
「ずっと心配してるんですよ、誰かが居てくれればねえって」
大石っていうのは、そういう意味じゃほんと大丈夫そうに見えたんだよ、とこれはぼそぼそと呟く。ちゃんと美並を守って支えてくれそうに見えたのに。
「結婚、するって、話してたの、伊吹さんは」
声が揺らがないようにするのに必死だった。
京介じゃない。
京介は、まだ恋人にさえなれていない。
婚約者だと騒いでいるのは京介だけだということぐらい、自覚している。それに付き合ってくれているだけだと。
「うん、ひょっとしたらそのうちに連れてくる人がいるかもしれないって。まあ、オヤジなんか、相手はいいから孫を連れてこいとか言っちゃってるんですけど」
そんな話は聞いていない。
胸の中に冷たいものが見る見る固まり立ち上がっていく。
伊吹の、子ども?
それってつまり、誰かに抱かれるつもりだってこと、だよね?
ふいに蘇ったのは、さっきの大石のことばだった。
『考えたい、ことが、でてきた』
大石ほどの男が既に動きだして新居まで選ぼうとしている結婚をためらう要因は、ひょっとして伊吹を見つけただけではなく、彼女との間に確かな約束を取り戻したからじゃないのか。
想い合って別れた二人が、巡り巡って再会して、今度こそ後悔するまいとお互いの人生を重ねようとしている、そういうことではないのか。
「僕は、知らないな」
応えた声が冷やかな気がして、慌てて微笑む。
「アルバイトだから、結婚話が出てるって上司にわかると困ると思ったのかもしれないね」
「あ、結婚後はアルバイト、だめなんですか?」
「いや、伊吹さんは優秀だから」
きっと結婚しても、彼女が望むなら来てもらうことになるんじゃないのかな。
微笑みながら続けた自分のことばが虚ろに響く。
「……よかった」
「え?」
明が嬉しそうに笑う。
「えーと、その、真崎さん、みたいな人が美並の上司で」
上司。
明のことばに京介は唇の端をゆっくり上げて目を細めた。
「僕も……伊吹さんのように有能な部下が居てくれて、嬉しいよ」
きっと、どこまでいっても。
「これからも姉をよろしくお願いします」
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ぺこりと頭を下げた明に京介は微笑みながら眼を閉じた。
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