『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

2.リフル・シャッフル(8)

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「牟田、相子、を知ってるよね?」
「牟田さん?」
「真崎さんとずっと付き合っていた」
「うん」
「彼女は……僕の幼馴染みで、今僕のところで働いている」
「岩倉、産業で…」
 とっさに美並の頭に浮かんだのは、牟田なら桜木通販のこの先の仕入れや流通の情報を手に入れるのはたやすかっただろうということ。まさかとは思うが、真崎への復讐のために、それらの情報を流したりはしていなかっただろうか。
 もし、そうならば、あまりにもぴったりと合った『Brechen』シリーズの立ち上げの謎が解ける。
「以前から、付き合っている男のことについて、時々相談を受けていた」
 大石はメインの魚をゆっくり切り分けながら続けた。
「会社では、人当たりがよくて切れ者で通っているけれど、プライベートでは向こうから誘いをかけてきたのに、付き合い出したらころっと人が変わって、家事一切を彼女にやらせて自分は外で新しい女をとっかえひっかえしている、と」
 なるほど、牟田の目からはそう見えていたのか。
 真崎が女性を抱けないとは思ってもいなくて、自分だけが求められないのだ、きっと他に女がいるのだと思い詰めていたということか。
「彼女が求めても応じないくせに、パスケースに入っていた兄の写真には嫉妬してしつこく聞いてくる、何がなんだかわからないと言っていた。そういう男は危ないんじゃないかと言ったら、その危ないところも好きなんだと言い張って聞かなかった。ずっと何度も喧嘩して、だんだん男が家に寄り付かなくなって、どこにいるのかわからない、飼ってた猫だけが執拗にまとわりついてくる。ある日、料理の最中にあんまりしつこく脚に絡みついてきて、あげくのはてには、エプロンにも爪をたてて飛びかかってくるみたいだったから、つい怖くてあっちへ行けと手を振ったら、包丁を持っていて猫を大怪我させたらしい」
 大石は不愉快そうに眉を寄せた。
「………相子は、小さい時に大きな猫に目の近くを引っ掻かれて怪我したことがあるんだ」
「……」
「その猫もずっと怖かったらしいけれど、我慢していたんだ。でも、その時は無理だったと言っていた。……動かなくなったら何だか頭が白くなって、もう部屋から出すことしか考えられなかったらしいよ。可哀想に」
 大石は魚を睨みつけながら手を止める。
「なのに、彼はそんな事情を聞きもしないで、相子をひたすら責めて追い回して、殴ろうとしたんだと。だから必死に逃げて、その後僕のところへ来て、どうしたらいいのかと相談されたんだよ」
 ひどい男じゃないか、たかが猫一匹のことで。
「確かに彼には辛い過去があったのかもしれない、けどだからといって、人を利用したり酷い目に合わせる権利はないはずだよ」
 大石のことばに美並は無言で食事を続ける。
 聞かされたことは相子の視点から見たあの事件、確かにそれはそれで辻褄は合っているのかもしれないが、と考えかけて、そんな前から相子とやりとりしていたのかと思ったとたん、疑問が湧いた。
「圭吾…」
「何だい?」
 美並にしては考え込んでいた故の無意識の癖で名前を呼んだ、それに嬉しそうに顔を上げた大石が、続いたことばに凍りつく。
「いつ、私が桜木通販に居ると知ったの?」
「えっ…」
 もしその話が本当なら、大石と相子は一年も前からずっと真崎の行状についてやりとりする機会があったことになる。
 一年は各種の企画を立ち上げてくるのに十分でないにせよ、有用な時間だ。もし、大石が真崎への不満に付け込んで相子から桜木通販の情報を得ていたとしたら、『Brechen』シリーズの一件を手配する十分な時間があったことになる。
 しかも、真崎のことについてあれこれ相談されていたら、この数カ月の美並とのことは当然耳に入っていたはずだ。美並が真崎と付き合いだしたということを、相子が話さなかったとは思えない。ましてや、相子はまだ、真崎の周辺を諦め切れずにうろうろしていると石塚が言っていた。真崎の動向は大石に筒抜けだった可能性が高い。
「それは」
「少なくとも……京介、と付き合っている、ことは知っていたんだよね?」
 今度は意識して名前を呼んだ。
 ぴくりと震えた大石が気まずそうに顔を背ける。
 さっきまで見えなかった薄暗い靄のようなものが、ふいに大石の頭や胸のあたりに漂って、美並はどきりとした。
「ひょっとして……私が結婚していなかったことも、わかってた?」
「……それは」
 口ごもる大石の周りに一層黒いもやが濃く広がる。
 その意味を美並はよく知っている。人が保身のために嘘を重ねるときに見えるもの、本心を覚られまいとする防御壁だ。
 いつもなら、隠されていることを執拗に暴こうとはしない、けれど今は、突然理解できたことを口にするしかできなかった。
「私が、奈保子さんに何を言われたか……………知ってたの?」
「………」
 大石は黙って魚を口にした。
「知って、たんだ?」
 返ってこないことばに美並の胸がきつく締めつけられる。
 知っていた。
 大石は、彼が自殺したと奈保子が美並を責めたことを知っていたのだ。
「どうして……?」
 声が震えそうになったのを堪えた。
「………知ってたのに……どうして…?」
 声が枯れるまで泣いた。眠れないまま夜明けを迎えた。何も食べたくなくて、それでも自分を気遣う家族や、自分を愛してくれた大石の記憶が、美並を引き止め続けた。
「どうして、もっと、早く、生きてる、って」
 美並は大石を苦境に陥れた、だから恨まれても仕方ないのかもしれない。美並も、もう一度付き合えるなんて思っていなかった、けれどせめて自殺は奈保子の嘘だと告げてくれていたら。
 のたうつようにしのいだ日々を、それだけの重荷を背負うと決めて見上げた夜明けの空を、これほど痛く思い出さずに済んだのに。
「君は」
 ふいに大石が低く唸った。
「僕を、振ったじゃないか」
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