『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

2.リフル・シャッフル(9)

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「…は?」
「僕のプロポーズを、断ったじゃないか」
 歯ぎしりするような声で大石は繰り返した。
「僕は、必死だったのに、何の連絡もくれなかった」
 何を言っているのだろう。
 美並は瞬きする。
「同じことじゃないか」
 大石は追い詰められた顔で見つめ返す。
「僕は君と同じことをしただけだ」
「同じ…?」
「僕の気持ちをわかってほしかっただけだ」
 だから、君が気付くまで黙っていようと思った。君が真崎に魅かれていっても、そのうちに目が覚めて、僕のことを思い出してくれるだろうと思っていた。
「思い出して、いたよ、思い出していたけど」
 美並は唇を噛んで、泣きそうになったのを堪えた。
「思い出してたけど、探すわけ、ないじゃない」
「なぜ? 新しい男と付き合うのに忙しかったからか」
 大石が煽られたように受ける。
「前の男が自殺してるのに、次の男をすぐに見つけるなんて、そんな女だとは思わなかったから」
 最初、相子の話したことも信じなかった。
「けれど、本当だったんだね」
 君はすっかり変わってしまったんだ。
「っ」
 ぐ、とテーブルの下で握りしめた拳を、一気にどこかに叩きつけたくなって、美並は俯いた。
 何を言っているのだろう。
 何を責めているのだろう。
 何を怒っているのだろう。
 美並が何をしたというのだろう。
 自分のせいで自殺した、と知らされた相手を、どうして美並が捜しまわれるだろう。
 もうこの世にいないと信じたのだ。まさかそんな嘘を奈保子がつくとは思わなかったのだ。
 きっと大石の自殺で周囲も傷ついているに違いない、そんなところへ、のこのこ美並が顔を出せば、塞がりかけた傷までまた新たに血を流すに決まっている。傷つかなくてもいい部分まで傷ついて打ちのめされる人もいるはずだ。
 少なくとも、あの時の奈保子は、そう、見えた。
『返してっ。圭吾を返してっっ』
 化粧を流してしまうような涙。悲鳴のような叫び。
『……』
 無言で頭を下げた。
『あなたがいなければよかったのよ! そうすれば全部うまくいったのよ!』
 奈保子はこぶしを握り締めて叫び続ける。
 『さわやかルーム』の玄関で、周囲にはまだ職員も利用者も居る。その直中で奈保子は身を振り絞って泣き続ける。
『あなたと逢わなければ、圭吾は圭吾はっ』
 ずっと私のものだった、きっと幸せな未来があった、それをあなたが全て壊していった。
『二度と顔を見せないでっ』
 頭を下げたまま、茫然とする脳裏は真っ白で、ただただ自分が罪人なのだと思い知らされていた。
 そして、あの日。
『圭吾!』
『圭吾!』
『どこ、圭吾!』
 生きていた、そう真崎から聞かされて、体は勝手に走り出していた。
 同じことを何度もしたことがある。人混みの中で大石そっくりの後ろ姿を見かけて追いかけ腕を握り、驚かれたことがある。駅のホームで大石の横顔を見た気がして、乗らなくてはならない電車に乗れずに遅刻して、バイトを馘になりかけたこともある。
 思い出さなかったと?
 探さなかったと?
 どこにも居るはずはないのだと納得するまでにどれだけの時間がかかっただろう。
 どんなに探しても、もう絶対に会えないのだと理解するまでに、どれだけ街を走っただろう。
 奇跡などはないのだと、神様は優しくないのだと、雨に打たれながら泣き崩れた、そんな夜がなかったと?
 それでも。
 それだからこそ。
 自分が死ぬわけにはいかなかった。
 不安そうに電話をかけてくる明の声や、構わぬふうでそれでもそっと好きなものを用意してくれる両親の顔を見ると、これほど辛くて苦しい思いをさせるわけにはいかなかった。
 ならば生きるしかない、しのぐしかない、一歩も引くわけにはいかない。
 自分の能力を封じて、気持ちも封じて、二度とこんなことを引き起こさないように頑張るしかない。
 ああ、そうか。
 ふいにわかった。
 周囲を拒んで張り詰めていたのは真崎だけではない、美並も自分で気付かないだけで、ずっと張り詰めていたのだ。だからこそ見えた、だからこそわかった、真崎の崖っぷちの気持ちが。
 だから放っておけなくて、でも。
『見つかり……ません』
 訴えた美並に煙るような目をして、それでも真崎は言った。
『一斉放送を二度かけてもらったけれど、戻ってこなかった。さっき向こうの守衛に聞いたら、駐車場側を通って車で出て行ったらしい』
 風に揺れる髪、額をうっすらと湿らせて、きっと捜しまわってくれたのだ、美並のために、自分の恋敵になる相手を。見つかれば終わってしまうかもしれない自分の気持ちを堪えて、美並を支えようとしてくれた、その深くて優しい強さ。
 しがみついたのも美並の勝手、泣いているのも他の男のため、けれど。
『……課に戻れば、連絡先はわかる』
『今うちと取り引きし始めているし、担当が大石、さん、だったから、この先…』。
『この先、何度でも逢うチャンスはある』
 そんなことは考えたくなかっただろうに。揺れている美並に付け込む隙を真崎京介が見逃すわけもなかったろうに。
『大丈夫だよ』
『誠実そうないい人だった。仕事内容もよかった』
『顔色もよかったし、どこも悪くなさそうだった』
 大石のことをちゃんと伝えようとしてくれた。
 抱き締めてくれた腕の確かさを、美並は今も覚えている。
「……でも、もう終わりにしよう」
 大石が静かに言った。
「お互い変な意地を張ってても仕方がないだろう」
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