『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

4.ポーカー・フェイス(6)

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 戻ってきた伊吹に、自分が止め処なく甘えているのはわかった。くっついて、キスをねだって、抱き締めてもらって、細田と大輔からの電話で、自分がくたくたになってしまったのを改めて自覚して。
 着替えましょう、と促されて拒んだのは、少しでも離れると何もかも失いそうな気がしたから。このまま風邪が悪化すれば、ずっと伊吹が居てくれるかもしれない、本気でそう思ってしまった。
 けれど。
「着替えましょう、京介」
 いつかの夜、ベランダに居た京介に命じた声音が耳元で響いて、思わず体が震えた。
 この声は駄目だな。
 ずきんと切なくなる胸にそれでも未練がましく伊吹の肩に甘えたまま、視線を投げる。
 この声で命じられると抵抗できない、何でもしてしまいそうになる。けれど伊吹は命じてくれない、せっかくしがみついてキスしたのに、お行儀よく、それ止まり。だから誘惑する、瞳で、身体で、伝わる熱で、伊吹が欲しい、と。
「でないと、いろんなこと、できませんよ?」
 ようやく伊吹が囁いてくれてほっとした。
「いろんな…こと?」
 温かな肩を味わいながら尋ね返す。
「……さっきの続きとか」
 目を逸らせた伊吹が低い声で呟いて、一気に顔が熱くなった。
「……さっき…って」
 熱に浮かされたまま口走る。
「どれ……?」
 大輔との会話を聞いていたみたいだと思った。
 それなら何をしろって言うんだろう。大輔が望んだようなこと? それでもいい、京介、と呼んで命じてくれるなら、どこまでも従ってしまいそう。
 伊吹ならいい。伊吹だからいい。
「どれって」
 振り向いた伊吹が、どれでしょう、そう続けながら食い入るように見つめてくるのが嬉しくて、もっと見て欲しくて笑い返す。
「ねえ…どれ…?」
「どれならいいですか」
 淡々とした問いを揺らせたい。
「ネクタイ解いたところから…?」
「ずいぶん戻りましたね」
 伊吹は冷静、でも冷やかじゃないのが気持ちいい。
「じゃあ……シャツ……脱いだところ……?」
「脱ぐだけでいいんですか?」
 思わず目を見開いてしまった。
 もっと先ってこと? 伊吹はもっと先まで僕を欲しがってくれてるってこと? 
 唾を呑み込む渇いた喉が痛い。早く応えなくちゃと焦るのに、さっきからぐるぐる回ってる頭がもっと熱に塗れて視界が揺らぐ。
 ああ、こんな時に僕ってば、どうして風邪なんか引いちゃったんだろう。
「キス……してくれなかったでしょう?」
 悔しくて八つ当たりしてしまったのに、伊吹が微かに笑った。
「今したでしょ?」
 今って。今は僕からだったでしょう? 伊吹さんからくれなかったでしょう?
「僕……待ってたのに」
 誘ってみる。
「気付きませんでした」
 するりと躱される。
 堕ちたい、堕ちたいよ、伊吹さん。
「嘘つき…」
 これが邪魔なんだ、きっと、とパジャマに触れる。だってさっきはすぐに来てくれた。
 焦る自分がおかしくて、それでも少しでも早く、もう一度さっきのキスが欲しくて、パジャマのボタンを外し、襟を開いて見せつける。
「こんなのつけたくせに」
「そこからですか?」
 くら。
 特大のめまい。腰から崩れそうなほど、けれど甘くて熱くて、気持ちよくて、欲しいものを教えずにはいられない。
「京介」
 軽く手を添えて押し止められてどきりとした。
「はい」
 まずかった?
「元気になってから、しましょう」
 また一人先走ってしまったのか、そう考えかけて聞こえたことばを反芻し、京介は驚く。
「伊吹さん、あの、今なんて…?」
「元気になってから、しましょう」
 しましょう。
 しま、しょう?
「その、するって………あの、する……?」
「そう、その、する」
 伊吹が優しく繰り返して呆然とした。
「するの?」
「しないの?」
 本当に、する、って言ってるんだよね? 
 僕と、する、って。伊吹から。
「する」
「じゃあ……今はパジャマを着替えましょうね?」
 笑われて、それができなくちゃ、する、ってことにならないような気がして、京介は必死に体を起こして動きだした。
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