244 / 510
第3章
7.恋愛(1)
しおりを挟む
「ふぅ?」
ぎくりと大輔が動きを止める。
喉がからからだ。
ココアを取り上げる。
甘いものが欲しかったせいだが、
「まだ熱いですね」
一口含んで、自分が何をする気なのか、まるで早送りの映画を見るように脳裏に映像が浮かんだ。
なるほどね。
カップをそのまま持ち上げる。
美並の中の『闇』はひどく凶暴な性格らしい、そう他人事のように胸の中で苦笑した。
「何?」
大輔が京介を嬲るのを止めて、訝しげな視線を向けてくるのに微笑む。
「そんなの、簡単です」
「は?」
「いぶ…」
掠れた声で京介が呼んだ。
その声に煽られるのではなく、京介は今のこの状況をまだ認識できているのだと理解する。
ならばより簡単なことじゃないか。
美並の中の『闇』が笑った。
「京介は私のことが好きですから」
静かに大輔を見下ろす。
いくらでも声を聞かせてくれますけど?
「そんな無茶しなくても」
向けた視線の意味を京介は確実に感じ取った。大輔に拘束されたままで美並を見返し、目から唇、喉から胸元、腹から下半身へと視線が動いていくのに、
「あ…っ」
切ない響きの声を上げて、微かに跳ねた身体の動きが夕べの動きと重なりあう。股間を触れていた大輔がはっとしたように覗き込むのに自分の変化を自覚したのか、鮮やかな紅が一気に喉元から耳まで京介を染めた。
「京介」
呼び掛ける声に反応する顔は、懇願の色を宿している。
きて、みなみ。
望む声を無視して続ける。
「スーツはおあいこにしましょうね」
「……え…?」
「逃げなさい」
命じて、待った。
ぽかんとした京介が頬を紅潮させたまま、なぜ応じてくれないのかわからないという顔で戸惑い、やがて、ゆっくり瞬きして美並のことばを噛みしめるのがわかった。
逃げ、なさい?
唇がかすかに呟く。
逃げて、いい?
「……!」
ふいに何かに気づいたように、瞬きして見上げてくる、その目に応じて見下ろした。
ここへ、来なさい。
声ではないけど、聞こえたはずだ。
胸の奥にすがってきていたような切なさが、一瞬凍って砕け散るのを感じる。
「…っ」
次の一瞬、京介が落ちかけた崖から身を競り上がるように、顔を歪めて前のめりに美並の方に倒れてきた。
「そんなこと、で、」
その動きに気づいて瞬時に両腕で京介を抱え込もうとした大輔の、無防備に晒した顔めがけて、手にしたカップの中身を容赦なくぶちまける。
「う、あっっ!」
悲鳴を上げた大輔が顔を覆い、まともに目に飛び込んだらしいココアに激しく掌で擦り立てながら飛び退るのを冷やかに眺める。
たぶん、反撃は早いはず。
読み込んだ通りに、跳ね返るように戻ってくる大輔と、テーブルにしがみつくように崩れる京介を意識の両端に配して、美並はその中央に割って入る。
「何を、このっ」
「すみません」
さらりと謝り、頭を下げてみせた。もちろん、カップはさっさと手元に引き寄せ、如何にも大変なことをしてしまったと言うふうに慎ましく抱える。
「あんまり驚いたので、手がすべりました」
静まり返ったロビー、周囲の人間が何ごとがあったのか、これからどうなるのかと固唾を呑んで凍りついているのを、全開になった意識は苦もなく捉え切る。フロントの一人が電話に手をかけ、もう一人は警備員に異変を知らせるボタンに触れている。フロントに溜まっていた一群のスーツ姿の男達が、不審そうに不愉快そうに眉を顰めて、ある者は凝視し、ある者は小さな声で囁き交わしている。
そのやりとりの一つに、まさき、そう名前が響いたのに、大輔が微かに視線を揺らせ、振り返りかけたのをかろうじて自制しながら、それでも微妙にそちらに背中を向けたのに気づいた。
そう、あの中に知り合いが居るの。
それは、よかった。
『闇』が楽しげに呟く。
ぎくりと大輔が動きを止める。
喉がからからだ。
ココアを取り上げる。
甘いものが欲しかったせいだが、
「まだ熱いですね」
一口含んで、自分が何をする気なのか、まるで早送りの映画を見るように脳裏に映像が浮かんだ。
なるほどね。
カップをそのまま持ち上げる。
美並の中の『闇』はひどく凶暴な性格らしい、そう他人事のように胸の中で苦笑した。
「何?」
大輔が京介を嬲るのを止めて、訝しげな視線を向けてくるのに微笑む。
「そんなの、簡単です」
「は?」
「いぶ…」
掠れた声で京介が呼んだ。
その声に煽られるのではなく、京介は今のこの状況をまだ認識できているのだと理解する。
ならばより簡単なことじゃないか。
美並の中の『闇』が笑った。
「京介は私のことが好きですから」
静かに大輔を見下ろす。
いくらでも声を聞かせてくれますけど?
「そんな無茶しなくても」
向けた視線の意味を京介は確実に感じ取った。大輔に拘束されたままで美並を見返し、目から唇、喉から胸元、腹から下半身へと視線が動いていくのに、
「あ…っ」
切ない響きの声を上げて、微かに跳ねた身体の動きが夕べの動きと重なりあう。股間を触れていた大輔がはっとしたように覗き込むのに自分の変化を自覚したのか、鮮やかな紅が一気に喉元から耳まで京介を染めた。
「京介」
呼び掛ける声に反応する顔は、懇願の色を宿している。
きて、みなみ。
望む声を無視して続ける。
「スーツはおあいこにしましょうね」
「……え…?」
「逃げなさい」
命じて、待った。
ぽかんとした京介が頬を紅潮させたまま、なぜ応じてくれないのかわからないという顔で戸惑い、やがて、ゆっくり瞬きして美並のことばを噛みしめるのがわかった。
逃げ、なさい?
唇がかすかに呟く。
逃げて、いい?
「……!」
ふいに何かに気づいたように、瞬きして見上げてくる、その目に応じて見下ろした。
ここへ、来なさい。
声ではないけど、聞こえたはずだ。
胸の奥にすがってきていたような切なさが、一瞬凍って砕け散るのを感じる。
「…っ」
次の一瞬、京介が落ちかけた崖から身を競り上がるように、顔を歪めて前のめりに美並の方に倒れてきた。
「そんなこと、で、」
その動きに気づいて瞬時に両腕で京介を抱え込もうとした大輔の、無防備に晒した顔めがけて、手にしたカップの中身を容赦なくぶちまける。
「う、あっっ!」
悲鳴を上げた大輔が顔を覆い、まともに目に飛び込んだらしいココアに激しく掌で擦り立てながら飛び退るのを冷やかに眺める。
たぶん、反撃は早いはず。
読み込んだ通りに、跳ね返るように戻ってくる大輔と、テーブルにしがみつくように崩れる京介を意識の両端に配して、美並はその中央に割って入る。
「何を、このっ」
「すみません」
さらりと謝り、頭を下げてみせた。もちろん、カップはさっさと手元に引き寄せ、如何にも大変なことをしてしまったと言うふうに慎ましく抱える。
「あんまり驚いたので、手がすべりました」
静まり返ったロビー、周囲の人間が何ごとがあったのか、これからどうなるのかと固唾を呑んで凍りついているのを、全開になった意識は苦もなく捉え切る。フロントの一人が電話に手をかけ、もう一人は警備員に異変を知らせるボタンに触れている。フロントに溜まっていた一群のスーツ姿の男達が、不審そうに不愉快そうに眉を顰めて、ある者は凝視し、ある者は小さな声で囁き交わしている。
そのやりとりの一つに、まさき、そう名前が響いたのに、大輔が微かに視線を揺らせ、振り返りかけたのをかろうじて自制しながら、それでも微妙にそちらに背中を向けたのに気づいた。
そう、あの中に知り合いが居るの。
それは、よかった。
『闇』が楽しげに呟く。
0
あなたにおすすめの小説
教師と生徒とアイツと俺と
本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。
教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。
そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。
★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。
★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。
★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
巨×巨LOVE STORY
狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ……
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる