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9.月下魔術師
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「弾丸は、右側の肋骨に当たって少し逸れたようです。表皮を掠って……傷は派手だが、命に別条ありません」
駆けつけてきた医師は、特有の無神経さで、繰り返し生命の危機がないことを説明して帰って行った。あまり動かさない方がいいだろうと言うことで、急遽病室に変わった周一郎の部屋には、今、私服刑事が2人、お由宇に慈、とんできた高野が居る。ベッドの中には細身の躰を布団と枕に埋めるようにして、周一郎が眠っている。意識はまだ戻らなかった。少し開いた唇から、熱っぽい息を紡ぎ続けて、眠り出してからもう3時間が経っていた。その3時間が、俺にはひどく長く感じられた。
「………」
額の汗を拭ってやる。山羊髭の医者は、身体的にも精神的にも疲れ切っていたようですな、などと呟いて、傷の手当てをしただけ、後は安静と栄養、目が覚めたらこれを、発熱し始めたらこれを、と服薬指示を出し、何かあったらまたご連絡をと話していた。
「ん…」
「周一郎?」
声をかけたが目覚めはしなかった。少し呻いて眉を寄せ、ふと何かを夢の中で見つけたように枕を当てて吐息をつき、再び昏々と眠り続ける。
「……そう」
戸口に立っていたお由宇に一人の男が近づいて囁いたのが、視界の隅に映った。軽く頷いてお由宇が応じると、再びどこかへ姿を消す。
「志郎」
「ん?」
俺は振り返らずに答えた。
「『ルト』が犯人を見つけたそうよ」
「…」
俺はようやく、お由宇を振り返った。いつも平静なお由宇の瞳が、淡く煙って見えた。
「今、『叔父』が連行してくるわ」
「………」
ことばを続けたお由宇を、俺は無言で見つめ続けた。お由宇は目を逸らさない。俺は視線を移動させ、ベッドの周一郎を見下ろした。
3時間が長かったのは、周一郎が目覚めなかっただけではない。狙撃犯人を追った『ルト』が駆け戻り、あろうことか『厚木頸部』を引っ張って行ったからだ。
意図は明確だった。ルトは周一郎の命に従ったのだ、犯人を捕縛させろ、との命に。
そして、それがもう一つ、何を意味するのか、わかりきったことだった。
『朝倉周一郎は、ルトと何らかの方法で繋がっている、互いの意思を自分の意思として動けるほどに』。
(周一郎…)
ベッドの周一郎はまたもや眉根を寄せていた。サングラスを外した白い顔が、妙に幼く、痛々しい気がした。
「ふ…」
小さく息を吐き、ますます眉をひそめる。無意識らしい仕草で顔を背け、下唇を噛む。額には、再びじっとりとした脂汗が滲んでいる。
辛い夢を見ているに違いなかった。
仮面が外れていた。今まで他人の前で外したことのなかっただろう、朝倉周一郎の仮面が剥がれ落ちていて、それを拾い上げることすら出来ない周一郎だった。居た堪れない気がした。が、そこから立ち去ることは、それ以上に出来なかった。腰を下ろす。タオルを持つ。汗を拭った指先に、ぴくっ、と微かに周一郎は躰を緊張させた。
「…お由宇」
「うん?」
「……周一郎はどうなる?」
高野がぎくりと体を震わせた気配があった。
答えはなかった。重い沈黙が部屋の中に広がる。その中で、やや荒い周一郎の呼吸だけが響いている。
ふと、階下のざわめきが伝わってきた。私服の2人が目を見交わす。慈が沈黙に耐えられないと言いたげに口を開いた。
「帰って来られたようですね、見てきます」
ばたんとドアが閉まった音は、一層重く部屋に澱んだ。
駆けつけてきた医師は、特有の無神経さで、繰り返し生命の危機がないことを説明して帰って行った。あまり動かさない方がいいだろうと言うことで、急遽病室に変わった周一郎の部屋には、今、私服刑事が2人、お由宇に慈、とんできた高野が居る。ベッドの中には細身の躰を布団と枕に埋めるようにして、周一郎が眠っている。意識はまだ戻らなかった。少し開いた唇から、熱っぽい息を紡ぎ続けて、眠り出してからもう3時間が経っていた。その3時間が、俺にはひどく長く感じられた。
「………」
額の汗を拭ってやる。山羊髭の医者は、身体的にも精神的にも疲れ切っていたようですな、などと呟いて、傷の手当てをしただけ、後は安静と栄養、目が覚めたらこれを、発熱し始めたらこれを、と服薬指示を出し、何かあったらまたご連絡をと話していた。
「ん…」
「周一郎?」
声をかけたが目覚めはしなかった。少し呻いて眉を寄せ、ふと何かを夢の中で見つけたように枕を当てて吐息をつき、再び昏々と眠り続ける。
「……そう」
戸口に立っていたお由宇に一人の男が近づいて囁いたのが、視界の隅に映った。軽く頷いてお由宇が応じると、再びどこかへ姿を消す。
「志郎」
「ん?」
俺は振り返らずに答えた。
「『ルト』が犯人を見つけたそうよ」
「…」
俺はようやく、お由宇を振り返った。いつも平静なお由宇の瞳が、淡く煙って見えた。
「今、『叔父』が連行してくるわ」
「………」
ことばを続けたお由宇を、俺は無言で見つめ続けた。お由宇は目を逸らさない。俺は視線を移動させ、ベッドの周一郎を見下ろした。
3時間が長かったのは、周一郎が目覚めなかっただけではない。狙撃犯人を追った『ルト』が駆け戻り、あろうことか『厚木頸部』を引っ張って行ったからだ。
意図は明確だった。ルトは周一郎の命に従ったのだ、犯人を捕縛させろ、との命に。
そして、それがもう一つ、何を意味するのか、わかりきったことだった。
『朝倉周一郎は、ルトと何らかの方法で繋がっている、互いの意思を自分の意思として動けるほどに』。
(周一郎…)
ベッドの周一郎はまたもや眉根を寄せていた。サングラスを外した白い顔が、妙に幼く、痛々しい気がした。
「ふ…」
小さく息を吐き、ますます眉をひそめる。無意識らしい仕草で顔を背け、下唇を噛む。額には、再びじっとりとした脂汗が滲んでいる。
辛い夢を見ているに違いなかった。
仮面が外れていた。今まで他人の前で外したことのなかっただろう、朝倉周一郎の仮面が剥がれ落ちていて、それを拾い上げることすら出来ない周一郎だった。居た堪れない気がした。が、そこから立ち去ることは、それ以上に出来なかった。腰を下ろす。タオルを持つ。汗を拭った指先に、ぴくっ、と微かに周一郎は躰を緊張させた。
「…お由宇」
「うん?」
「……周一郎はどうなる?」
高野がぎくりと体を震わせた気配があった。
答えはなかった。重い沈黙が部屋の中に広がる。その中で、やや荒い周一郎の呼吸だけが響いている。
ふと、階下のざわめきが伝わってきた。私服の2人が目を見交わす。慈が沈黙に耐えられないと言いたげに口を開いた。
「帰って来られたようですね、見てきます」
ばたんとドアが閉まった音は、一層重く部屋に澱んだ。
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